09:救出
急ぎで馬車を走らせているソフィア。
このペースでは馬が潰れる可能性もあるのだが、相方の命には代えられない。
私は移動の最中に情報を集めておく。
「中の様子は?」
「石造りの壁、その先が自然の洞窟に繋がっていた。
敵は妖魔系が多かったな」
「相方さんはどうやって?」
「自然の洞窟に入った後に岩が崩れてきた。
しかし崩れるような造りではなかったと思うからたぶん罠なんだと思う」
相方さんが斥候をしていて、離れたところを落石で分断されたと言うことだが……
「奥側に閉じ込められたと言うことは危ないわね」
「ああ、もう半日過ぎている」
とても悲痛な声だ。
問題の遺跡までは、かなり急いだが馬車で六時間ほど。到着したのはすっかり夕暮れ時だった。
普段の私ならば夜に行動したりしないのだが、人命の掛かる今回はそんなことも言っていられない。
「入るわよ」
「すまない」
私が【
「凄いな、ランタンがいらないんだ」
「魔法は初めて?」
「ああ、魔法を使える人なんて見たこともないよ」
魔力がここまで薄けりゃ、そりゃあ魔法使いなんてやってられないのだろうね。
遺跡の中は、妹を先頭に、ソフィア、私の順で進む。
なぜこの順なのかと言えば、道案内役のソフィアは騎士風の全身鎧に大盾装備の為、斥候として役に立たないから。対してエルフは人より数段感覚が鋭敏で身も軽く、斥候として超一流。
妹になら安心して先頭を任せることができる。
なお今回は探索ではなく人命救助なので、行き先は口頭で告げて貰いその通りに歩くだけだけどね。
さて言われるままに進み─半日ほどしか経っていないので魔物もほぼいなかった─、石壁が終わり情報通りに自然の洞窟に繋がった。
「止まって」
「はあい」
「どうした、まだ先だぞ」
「この遺跡は変だわ。
ここから少しだけ魔力が増えている」
「ええっ!? もしかして帰れる!?」
「残念だけどそこまででは無いわね……」
そっか~と妹をガッカリさせてしまっておねーちゃんは悲しいです。
魔力が増したと言っても、0.1が0.2とか0.3になったと言う話で、元の大陸の1.0に比べれば全然足りてない─この程度では自動回復も復帰しないようだ─。
しかしこの発見は、私たちに少しだけ希望を見せたのは確かだろう。
後ろ姿だけど、妹の仕草には嬉しさがにじみ出ているように見えるよー
しかし魔力が増したと言うことは、同時に魔物が強くなると言う意味なので、より慎重に進んだ。
なお現れた魔物は妹とソフィアの共闘で難なく倒されましたー
私はもしもの時の為に回復するよ!!
いまんとこ出番ないけどね!!
焦って二重遭難は洒落にならない。
私は焦るソフィアを諌めて、ちゃんと休憩を挟ませつつ進んだ。そして二時間ほど掛かって、ついに崩れたと言う現場にたどり着いた。
マジでどうやって崩れたのか、通路を完全に塞ぐように大きな岩を含んだ土砂が道を閉ざしていた。
「イーネス! 聞こえるかイーネス!!」
ソフィアは何度も何度も大岩を叩きながら叫んでいた。
『ぐっぅ、ソフィア……?』
やっと反応があったのだが、壁の向こうから聞こえる声に力が無いような気がする。
「ああそうだ、助っ人を連れてきた、もう大丈夫だ!!」
『す、ま……、不覚を、……よ』
力ない声が壁の向こうから断片的に聞こえてきた。
「すぐに掘り返す! まってろ!」
ソフィアが持ち込んだツルハシを力一杯何度も振り下ろす。しかしこの崩れ方だ、人力で何とかするのは不可能だろう─ソフィアに大岩を壊すほどの力があるとも思えない─。
「どいて」
「し、しかし!」
「いいから、ほらっあとはお姉ちゃんに任せて」
岩から離れようとしないソフィアを、妹が強引に下がらせてくれた。
さて、MPが尽きる前に掘れるかが第一関門。第二関門は掘った後に
派手な魔法はMPの消費が激しいので、軽めの魔法を使うことにする。
「【
ただし普通に移動させても崩れて元に戻る可能性があったので、【
大岩の下敷きになった砂の中心がへこみ、まるで砂時計の砂のようにサァーっと量を減らしていく。いつもならばすべての土砂を移動させてしまうのだけど、今回は五〇センチほどの穴ができた辺りで魔力をセーブした。
「これで通れるでしょ」
「ああ良かった。イーネス、ほらこっちだ」
しかし隙間の向こうにイーネスの姿は見えなかった。
「怪我が酷くて起き上がれないんじゃないかなぁー
ちょっとあたし行ってくるよ」
止める間もなく妹が穴を抜けていく。
ここで私が行かないのは、動いて魔法の集中が切れると穴が崩れる可能性があるからだ。
維持している間も私のMPはゴリゴリと減っている。だから今は、妹を説得する時間さえも惜しい。
そんな暇があればイーネスを拾ってさっさと帰ってこいってもんだよ!
「よいしょっと。
うわわっ!!」
「どうしたの!?」
悲鳴に驚き一瞬だけ集中が乱れて穴が揺らいだがグッと堪えて維持し直した。
「お姉ちゃん大変! イーネスさんの怪我すごく酷いよ!
どうしよう、動かしていいのかな……」
「僕が行く!」
「待ちなさい! いいから貴女は落ちついて!
薬は持ってるわよね、それを飲ませて少しでも治してからこっちに連れてきて」
「わ、わかった」
妹が連れ帰ったイーネスの状態は想像以上に酷かった。
体中に大小さまざまな傷があり、特に左脚の傷は深い。止血のために布を巻き、短剣で絞ってあるのに彼女のズボンは多量の血で赤黒く濡れている。出血量からみて、太い血管をやられたのかもしれない。
「大丈夫かイーネス!」
ソフィアはすぐに駆け寄ると、血で染まったズボンを短剣で裂いていく。そのほんの少しの振動でイーネスがうめき声を漏らす。さらに血で張り付いたズボンをゆっくりとめくるとうめき声はより増したが、こればっかりは我慢してもらうしかない。
やがて傷口が露わになった。彼女の脚には穴があった。落盤の怪我ではない、これは魔物だ。槍か爪か、刺し貫かれたのだろう。
「血が足りてない。薬じゃ無理だわ」
そう言いながら私は顔を顰めた。
薬では血は回復しない。だから魔法以外に彼女を救うことはできない。しかし一晩寝ればいけるだろうけど、今これを治すにはMPがない……
「お姉ちゃん……」
普段ならすぐに動く私が、何もせずに顔を顰めているのに気づいた妹は心配そうな声を漏らした。
────────────────────
名前:イーネス
種族:人族
年齢:28
称号:ファイター
HP: 52↓/179
MP: 0/ 0
ST:322/322
状態異常:部位欠損によりHPが徐々に減少
────────────────────
『ファイター』
戦士
物理攻撃強化
────────────────────
「ひとまず薬で騙すしかない……」
傷がふさがりこれ以上の出血は抑えられるだろうけど……
「済まない。イーネスもう少し頑張ってくれ!」
意識を失えば危ないとわかっているのだろう、ソフィアは先ほどからずっと声を掛け続けている。それを聞きながら【魔法の袋】からありったけの回復薬を取り出して並べていく。まさか私が回復を薬に頼る日が来るとは思わなかったから、手持ちの量は少なく心もとない。
まず一番の負傷部分である脚に回復薬を掛け、口からも摂取させようとした。しかしイーネスにはもう飲む力が無かったのでソフィアが口移して薬を飲ませる。
あれ? さっき妹はどうやって飲ませた!?
今がそんな場合じゃないのは知っている。でも一度気になるとどうしても頭を離れなくてダメだ。
しかし聞けば人命より大切なものなんてないでしょ! って嫌われるかも。
ああぁ~おねーちゃんは一体どうしたらいいの!?
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってば!!」
「えっ、あ、なに?」
「薬は全部使ったよ」
「そう、容態は……」
私はイーネスの状態を素早く確認すると、妹にイーネスに声を掛ける役を代わってもらい、ソフィアを離れた場所に呼んだ。
「どうだろうか」
あちらが気になっているのだろうしきりにチラチラと視線を送っている。
「傷口はふさがり血は止まったわ。さっきよりはマシだけど、ごめん。明日は迎えられないと思うわ」
「やはりか……、すまない。こんなことに君たちを巻き込んでしまった」
「でも一つだけ手があるわ」
「ほんとうか!?」
それを聞いたソフィアの顔に希望が蘇った。
「幸い貴女には、この土地の人にしては珍しくMPがあるみたい。
それを私に譲ってくれれば、何とか回復魔法が使えるわ」
「判った譲ろう」
「即答ありがとう、でも良く聞いて、貴女のMPを全部取らないと足りない。
そうすると貴女は気絶するわ、そして私もすべてのMPを使わないと魔法が使えない。だから私も一緒に気絶ね。
目が覚めるまでの間に魔物に襲われたら死ぬ、それでもいい?」
「むしろ僕が聞きたい、自分も死ぬかもしれないのに君はそれでいいのか?」
「私は妹を信じてるからきっと死なないわ」
「じゃあ僕も君の妹を信じよう。
さあ早くやってくれ、いまは少しの時間さえ惜しいんだろう」
「分かったわ。では遠慮なく【
「うっ……、グゥッ。あとは、たのむ、よ」
そう言ってソフィアは倒れた。
ごめんねソフィア。妹から貰うと言う手もあったけど、何の関係もない人を助けるために妹を─たとえ精神的とはいえ─傷つける訳にはいかないのよ。
「ちょっとどいて、それからごめん! あとはお願い!
【
イーネスが眩い光に包まれていく、欠損していた箇所がうにょうにょと増殖するように穴を塞ぐように治っていく。その映像を最後に、私の意識はブツッと切れた。
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