05:真のエルフと偽の森エルフ

 私がだらしなく、部屋で船酔いと戦っている間も、船は順調に進み目的の半島の上陸場所である南部の海岸へ辿り着いていた。


 半島が見えたぞーという船乗りの声を聞いて、ついでに新鮮な空気を吸いに甲板に上がり、一望して目に入ったのは一面の緑色だった。

 まぁ海面は青だけど。

 ついでに言えば、島の上空を暗雲が立ち込めているから、上から順に黒緑青かな?

 それにしてもあの雲、なんだか某魔王の島を思い出すねー


「あの雲がこっちに来たら船を戻すからな」

 海底が浅くて、所々に岩礁が突き出ているらしく、波が高くなると船底に穴が開くかもと言われりゃ、好きなだけ戻ってくれとしか言いようがない。

 そして船はマジで戻った……


 はい一日伸びた~!



 そんなわけで二日目の昼。

 本来なら上陸していたはずが上陸できていないので、この日は食事がない。

「ぐっと我慢するか、保存食を食べるかどっちにする?」

 私には最初から奴らと一緒に食べるっつー選択は無し。

 厄介ごとに巻き込まれに行く必要はない!


 と言うのも、私は兎も角、妹は長年森で暮らしてきた生粋の森エルフなので、食べられる野草やキノコの知識もあるし、弓を使った狩猟もお手の物。ここで保存食に手を付けても、上陸した先で食料を手に入れる可能性は決して低くはないはずと踏んでのことだ。


「お姉ちゃんは厄介ごとに巻き込まれたくないんだよね?」

「まぁありていに言えばそうね」

「だったら船員さんに部屋に持ち帰って良いか聞いてみるね」

 おおぅなんと社交的な妹だろうか。

 任せたわ~とやや船酔いの残る体をベッドに横たえて、私は妹を送り出した─あの子の腕っぷしは私より強いんだもん!─。


 妹は大体三〇分ほどで、うっすいスープと小さな手のひらサイズのパンを一つ持って帰ってきた─これが一人分で二セットだ─。

「これは酷い……」

「二人で銀貨一枚だってさ」

「マジ酷い!」

 陸地で銀貨一枚も出せばこの五~六倍の質か量が食べられるぞ!?


「でも船の上の限りある食料だから我慢しようね」

 ダメな姉は、可愛い妹に諭されて美味しく頂きました!

 でも仮眠から覚めたら継続していた船酔いで全部吐いたわ……



 ラッキーなことに? 延期したのは一日だけでその翌日には無事半島へ上陸することができた。

 ううぅ~体がふわふわするよ~


 全員が降りた所で船乗りから最後の説明があった。

「ここから西にいった岩山に集落がある。一度立ち寄ってみるといいだろう」


 ここは数多の魔物の棲む土地だ。

 危険なのは承知の上だが、少しでも何とかしようと、先達が力を合わせて砦っぽい物を造ったそうだ。その集落が西にあるぞって話らしいね。

 なお船の着くここじゃなくて、山の方にあるのは、そこが守りやすい土地だったからだそうだね。



 遺跡に入って運よく何かを見つけて帰れば一獲千金も夢ではないが、この島での人族の生存率は二割から三割と聞いている。

 何とも酷い数字だよね……


 ここで無理をすればその代償は命で支払われると分かっているからこそ、冒険者は堅実に、その集落に向かい徐々に範囲を広げていくのだろう。


 一週間ぶりの船を降りたのは百人ほどの冒険者またはならず者の集団だ。

 ちなみに私たちはただの迷子だよ?


 集団のうち半数ほどがぞろぞろと西側の山を登り始めている。残りのうちのさらに半分は西に行こうか~と相談中で、もう半数はイケイケなのか、それとも天邪鬼なのか東に向かって進んでいた。


 ちなみに私たちはと言うと……

「ここにも魔力ないねー」

 妹のボヤキを受けて、

「海岸はアウトっぽいね。中心部の方へ向かっていこうか」と返す。

「はーい」

 そのどちらにも従わず、誰も選択しなかった真っ直ぐ森を突っ切るコースをとった。


 大小は置いておいて、二つの集団から別れて、さっさと森に入っていく私たちの背に、「お、おい! 待てよ!」と慌てた声が掛かった。


 さすがにこの声は覚えた。

 どうせあいつだろうと振り返り、短く「なに?」と問いかける。


 予想通り声を掛けてきたのは頬に傷がある野蛮な男だった。

 これで三度目だ。


「お前ら、町にはいかないのか」

「行かないよ」と素っ気なく妹が返す。

 愛想が無くない方の態度でもこんなんだけど、これでいいのか人間よ?


「俺は冒険者だ。その経験上、この島はヤバいってのが分かるつもりだ。

 悪いことはいわねぇからひとまず町に行こうぜ」

「確かに雰囲気がまるで違うわね。

 でも大丈夫、魔王の棲む島に比べればまだマシだから」

「なんだそりゃ、まるで魔王にあったことがあるみたいな言い方だな」

「会ったことがあると言ったらどうする?」

 小馬鹿にするかのようにニッと嗤ってやった


「エルフってのは長命らしいから、まぁ無いこともないのか?

 そんなのはどっちでもいい。ここで無理すんなって、ひとまず足場を固めようぜ」

 当たり前だけど欠片も信じていない声が返って来たよ。


「忠告ありがとう。でも私たちは大丈夫だから。

 じゃあね」

「マジかよ……。忠告はしたからな!」

 第一印象は最悪だったけれど、話してみれば思ったよりも親切な男だったなーと、私はもう会うこともない男の評価を少しだけ上にあげた。




 森の木々は背が高くて陽の光は少ししか感じられない。

 そんな薄暗い森なので地面は湿っている。歩くたびにぐじゅぐじゅと靴を湿らせるのは不快だ。

 対して森に入った妹は森エルフらしく楽しげだ。

「うわぁ大きな樹~、なんだかいいキノコが生えそうだねー」

「どうせ毒キノコばっかりじゃない?」

 不快感から嫌味風な答えを返してしまい、妹が少し悲しそうな表情を見せた。

 ごめん。おねーちゃん反省しますね……


「ほんとお姉ちゃんってエルフっぽくないよねー」

 もとは人間ですからそりゃそうですよ~とは間違っても言えない。私は「そうかな?」とはにかんで笑っておいた。


 異世界転生したことで、精神がエルフではない私は、生まれは森エルフなのに妹とは違って森で迷う。おまけに森エルフなら誰でも使えるはずの【森魔法】もやっぱり使えない。

 まぁ代わりに前世の記憶とやらで特殊な魔法や称号を持っていたりするから、差し引きはきっとゼロだろうね。


 エルフなのに森に迷うんだもん~と昔を思い出してコロコロと笑う双子の妹。

「悪かったわね!」と少し不満気に返してやると、「お姉ちゃんごめーん」と言って決まって彼女は抱きついてくる。

 甘えん坊の妹の頭をよしよしと心を込めて撫でてやった。

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