03:噂の光と陰のエルフ

 ここは大陸と半島を結ぶ船がある、トゥリンドベリと言う港町だ。


 大陸と南西にある半島の間には高い山脈と深い崖があり、翼でもなければ行き来することは不可能。大陸に存在する魔力も低いので【飛行フライ】も危険となれば、唯一の行き方はここで船に乗り対岸へと渡る以外にない。


 半島に渡って深い森を抜けると旧文明の残した数々の遺跡があると言われている。


 半島に渡る者が多いのに、その話が噂止まりなのは、往くものより戻るものが圧倒的に少ないからに他ならない。

 その証拠とばかりに、半島は〝魔物の島〟とか、〝封印されし土地〟などと言った、何とも不吉な二つ名で呼ばれているのだ。


 今日もまた船が半島に向かって出航する。覚えのある冒険者や、一獲千金を狙うお調子者が、この町から船に乗り半島へ渡っていった。



 トゥリンドベリの港町にある宿のうち八割ほどが質の悪いキリの方で、数少ないピンの方の宿屋にはとても珍しい客が泊まっていた。

 この大陸では特に珍しい、長命種のエルフ族。


 魔力がすっかり失われた大陸ゆえに、精霊と密接な存在であるエルフなどと言うものは希少な存在だ。

 もちろん居ないわけではない、しかし人族が一生のうちに一度も出会わないのもザラと言うほどには希少だ。

 そんなエルフがなんと二人も現れて、おまけにどちらも見目麗しい美少女だとか!

 好奇心と娯楽を求めた男たちは、こぞってその宿を目指した。







 宿屋の一階にある酒場に降りると今日はほとんどの席が埋まっていた。

 昨日はこうではなかったのだけど、噂が広がったのかしら?


 私は混み合っている方を一瞥し、宿泊客用に確保された席の方へ移動した。

「待ってよお姉ちゃん~」

 妹がトントンと遅れて降りてくると、酒場の客から、「ヒュ~」と気分を害する後ろ上がりな口笛が聞こえてきた。

 それに反応して妹が顔を露骨に顰めて、酒場の客を睨みつける。

「放っておきなさい」

 どうせこちらには来られないんだから目くじら立てる必要なんてないんだ─酒場の客と宿泊用の客の席は明確に仕切られているのだ─。


 私と妹が席に座ると口笛も止まった。

 無視したのではやし立てる行為は終わり、今度は値踏みに移行したらしい。

「あれが伝説のエルフってやつか、どっちもすげー美人だな」

「ただなぁ~愛想がないのが残念だな」

「ばーか。エルフってのは孤高の種族だってんだからあれが普通なんだろ?」

「なぁエルフってのは煌びやかっていうけどよぉ。片方は本当にエルフなのかねぇ」

「お前しらねーのか、光とかげの色をした二人組のエルフがそこらじゅうの遺跡を荒らしまわってるって噂。きっとあいつらのことだぜ」

 最後の方はぼそっと呟いた声だったが、残念ながらエルフの耳は地獄耳、ハッキリと聞こえてる。

 同じく聞こえていた我が妹は、切れ長の瞳で呟いた男を睨みつけた。




「放っておきなさい」

 先ほど〝光〟と称されたのは妹だ。彼女は普通のエルフと同じく、クリーム色に近い金髪に明るめの青い瞳を持っている。

 対して〝かげ〟と称されたのは私の方。

 金色の妹と一緒にいると辛うじて金銀・・・・・・と称されることもあるが─もしくは金と質の悪い銀だ─、光沢を失くした灰色の髪と灰色の瞳はおおよそエルフには見えない。

 前の大陸でも言われ慣れているし、私は望んでこうなったのだからそんな事はとっくに気にしていないのだけどねー


 まだ不満気な顔を見せる妹にメニューを差し出しながら、「何にする?」と笑顔で問いかける。

「うー、海が近いからお魚が食べたいな」

「じゃあ私は野菜とお肉にするから半分こしましょうね」

 やったーと笑顔を見せる妹。

 何とも単純だが、どうやら機嫌が直ったらしい。



 注文を終えて一息つく。

 妹は水の入ったグラスを一口飲み、うぇっと顔を顰めた。私も一口、何かの香料の風味が口の中に広がる。

 うん、不味い。

 味の方はまだ慣れないのだけど、水の方には何とか慣れたらしく最近ではお腹を壊すこともなくなった。

 最初の頃はほんときつかったわ……



「ねえお姉ちゃん。さっさとこんな町出ようよ。

 こんな小さな町じゃ噂がすぐに広がって仕方がないよー」

「そうしたいのは山々だけどね。

 残念ながら次の船が出る日程が未定なのよ」

 一昨日の夕刻にここに入って宿を取った。翌日は朝から港に出向いて船便を確認したら、『前の船が戻っていないから未定だ』と軽くあしらわれた。

 なお本日も未定のままで、明日の予定は『また明日来い』だってさ!


 お陰で同じく待ちぼうけを喰らっている他の冒険者の間で噂になってしまった。


「はいよお待たせー」

 頼んだ料理がテーブルに運ばれてきた。

 ここで話は一旦中止。

 ご飯は温かいうちに食べるのが、─怒ると滅法怖い─我らの母からの教えだ。



 食事を半分ほど食べ終えた頃、頬に傷がある野蛮な男が私たちの座るテーブルに近づいて来た。

 身なりはよくなく、たぶんキリの方。

 どうやら店員が見ていない間にこっそりと柵を越えてきたらしい。


「よお、嬢ちゃんたちが噂のエルフかい?」


 相手をすると付け上がる。私は無視することに決めて視線を食事の皿へ戻した。

 温かいうちに喰え! だよ。


「あたしたちに何か用ですか?」

 おっと、妹の方が実直に反応しちゃったわ。


「お近づきに一緒に酒でもどうだい?」

 手にしているのは少々値の張る酒の瓶。

 彼の風体を思えば、中身がその銘柄の酒かは怪しい……

 なんなら酒以外の物が入っている可能性もあるでしょ?

 飲んだら眠くなって起きたら見知らぬベッドの上だったりとか、うわぁ~ありそう。


「あたしいらない」

 あっさりと妹が断り、最初から無視している私は無言。ついでに言えば視線さえも向けてやらない。

 あぁこのお肉美味しいわー


「おいおいつれねぇなぁ~」

「ぎゃははは、振られてやんの~」と、柵の向こうから笑い声が聞こえた。

「うるせぇぞっ! 指を咥えて見ているだけの奴らが勝手を言うんじゃねぇ!」

 よし注意が反れた。


 私は立ち上がって給仕の少女のところへ走り寄ると、

「店員さんあの人です!」

 と、指を男に突き付けた。

「ありゃ~柵越えちゃってますね。てんちょー柵越えの現行犯ですよー」

 慣れているのか給仕の少女は慌てることなく、カウンターの奥に向かってそう叫んだ。その声を聞いて、男はこちらを振り返り『やべっしまった』と顔を歪ませる。そして逃げようと慌てて腰を浮かした。

 しかしすぐに「あぁん?」と機嫌の悪そうな声が聞こえて、カウンターの奥から大岩の様な体格の強面のおじさんがのそっと現れた。

 でかっ!

 おじさんは一瞬で男をロックオン。すさささっと体の大きさとは裏腹に機敏に動き、

「いつもこの柵は超えるなっていってんだろ?」

 そして逃げ遅れた男の首根っこを掴むと、悲鳴を上げる男を引きずってカウンターの奥へ消えてしまった。


 さすがはお高い宿だけあるなーと改めて感心した。

 あんな人が出てくると知れれば、明日はもう少し静かな食事が取れそうだわ。

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