16.気にしないふり

16.気にしないふり

―瞬―

再来週に配信予定の動画コンテンツを収録し終わり、荷物の入ったリュックの中からスマホを出す。画面を見ると、伊織くんから返信が来ていた。

『友だち誘ったから』

その一文だけで、不機嫌な表情がありありと思い浮かぶ。

苦笑しつつ、返事を打った。

『ありがと!俺も誰か誘うね』

続けて予約した店のサイトのリンクを貼って送信し、再びリュックにスマホを戻す。

さて、誰を誘おうか。

「お疲れー、お先ー」

よく通る声がして顔を上げると、いつの間にか着替え終わった碧生くんが部屋を出て行くところだった。

「相変わらず、帰る時は素早いな」

呆れた様に呟きながら衣装をハンガーに掛けている奏多くんに近づく。

「奏多くん、この後予定ある?」

「ん?何で」

「ご飯行かない?」

すると、予想に反して渋い顔をされた。

「ごめんな、俺ダイエット中やねん」

「まじで?それ以上どこ痩せる気なの」

思わず奏多くんの体を見てしまう。華奢とはいかないまでも、余計な肉が付いているようには見えない。

「瞬みたいに食べても太らない体やったらええけどな、……これ」

と言って、奏多くんは柔らかそうな自分の頬を摘まんだ。

「摘まめる量が増えたわ」

「そのぷにぷにほっぺが、奏多くんの長所なのに」

「他にも長所あるやろっ」

「あはは」

関西人らしいツッコミを頂いたところで、奏多くんを誘うのは諦めた。

「瞬、もう仕事終わりなん?」

着替え終わって荷物をまとめていたハルくんが話しかけてくる。

「うん、今からご飯行く」

「ええなあ」

「ハルくんも行く?」

冗談交じりに聞いてみる。

「行けるもんなら、行きたいねんけど……」

「ハルくん、早くー」

声がする方を見ると、扉の前で千隼が手招きしている。

「今日のラジオ、千隼とだっけ」

「そうなんよ」

「そっか、残念だな……」

どうしようか、と思案していると扉が開いた。黒髪のマネージャーが顔をのぞかせる。

「おーい、行くぞ」

「ちょお待って、雅人さん」

慌ててハルくんが荷物をまとめ始める。早くって言ったのにい、と千隼の不満げな声が聞こえてくる。

「早くしろよー」

気だるげに声をかける雅人さんに近づいた。

「お疲れ様でーす」

「おう、お疲れ。瞬はもう上がりだよな」

「まあね」

「乗ってくか?」

車のキーを見せられる。ラジオの収録スタジオは駅近だから、いつもだったら遠慮なく乗るところだけれど。

「雅人さん、この後も仕事ある?」

「いや、二人を送ったら上がるけど」

「そう」

目元に落ちてくる前髪を払う。

「ならもう、暇なんだ?」

「は、暇じゃねえよ」

「なんで。上がりって言ったじゃん」

「……予定あんだよ」

妙な間が引っかかった。

「予定って」

「お待たせー!」

ようやく準備が出来たらしいハルくんが割り込んでくる。

「行きましょ!」

「……で、瞬はどうすんだよ」

怪訝そうな雅人さんの視線から目を逸らす。

「気にしなくていいっすよ。俺も予定、あるんで」

予定、の部分をわざと強調してみる。

雅人さんはそれ以上突っ込んで聞いてくることもなく、ハルくんと千隼を連れて部屋を出て行った。

一人取り残された部屋で、ため息を吐く。

完全に気が抜けていたから、ノックも無しに扉が開いた瞬間息が止まりそうになった。

「……っくりした」

「あれ瞬、まだ帰ってなかったの」

ひょっこりと顔を出したのは、最年長メンバーの大知くんだった。

そういえば、収録が終わってからしばらく姿を見ていなかったような。

「どこか行ってたの」

「トイレ。ここの階清掃中になってたから、下まで行ってた」

「そうなんだ」

着替え始めた大知くんの横で、自分も荷物をまとめる。

「大知くんは、今からデートだっけ」

どこの誰かは知らないけれど、大知くんが誰かと付き合っている事は、メンバー全員が知っている。

すると、大知くんの表情が曇った。

「それ、無くなった」

「え?」

「デート。っていうか、ご飯?行こうって言ってたのにさ」

「断られたの?」

すると、大知くんは渋い顔でスマホの画面を見せてきた。

今日ご飯行けるかな、いいよどこにする、といったやり取りの最後の文が目に飛び込んでくる。

『大事な用事が出来たから、また今度にしよ』

「……あー」

何と言って良いか分からず、苦笑するしかない。

「大知くん、そこから既読無視なの?」

「まあね」

いつもは穏やかで怒る事なんてめったにない大知くんが、珍しく不機嫌な声を出す。

「ちょっと、さすがに拗ねてる」

「あら……」

せっかく会う約束をしたのに、内容もはっきり言わず『大事な用事』で誤魔化されたら、さすがに傷つくかもしれない。

「聞いてみれば?何の用事なの、って」

「そこまで聞いたら、束縛してるみたいじゃん」

「確かに」

「もういいや、帰るよ」

「あ、大知くん」

リュックを背負って立ち上がった大知くんを思わず引き留める。

「じゃあさ、俺とご飯行かない?」

「瞬と?」

「ていうか、もう一人……二人かな?来るんだけど」

「何それ、合コン?」

冗談ぽく聞いてくる大知くんに苦笑いを返す。

「いやいや。そんな事堂々とやってたら雅人さんに怒られるわ」

「いいよ」

さらっと大知くんが頷く。

「行こう」

「まじで?やった」

ようやく話がまとまったところで伊織くんに、今から行くねとメッセージを送った。

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