13.いちごのパンケーキ
―雅人―
改札口から溢れ出てくる人波を避け、柱の陰に身を寄せた。平日だというのに、次から次へと派手な身なりの若者が街の中へと吸い込まれて行く。
今日は、『star.b』のメンバーは全員オフの日だった。
……久しぶりの平日休みだというのに、俺は一体なぜこんな所で待ち合わせをしているのか。
落ち着かない気持ちで辺りを見渡していると、改札口から出て来た一人の男が目に留まった。アッシュブラウンの柔らかな髪の毛が風にそよいで揺れる。
おーい、とぎこちなく手を上げると、ようやく俺に気づいた朝陽が目を丸くした。
「ええと、お疲れ様です」
声を掛けると、朝陽は自分の前髪を指差した。
「前髪、下してるから分からなかった」
「あー……」
いつもは邪魔だから、前髪は後ろに撫で付けて額を出している。そうすると仕事の気分になるから、今日は降ろしてみたのだが。
「え、変ですか」
聞くと、ううん、と朝陽は首を振った。
「そっちのが可愛い」
「は?」
不意打ちの一言に耳が熱くなる。
「何だ、可愛いって!」
「あはは。石黒さんは可愛いですよ」
無邪気に笑う朝陽から顔を背けた。ものすごく恥ずかしい気分になってくる。
「いつも通りにしてこればよかった」
独り言のように呟く。
「いいじゃないですか、似合ってますよ」
真面目なトーンで返され、ますます反応に困ってしまう。
本当に、こいつには調子を狂わされてばっかりだ。
大通りを行く人の多さに辟易したけれど、目当てのパンケーキ専門店の中は拍子抜けするほど空いていた。
「もっと混んでるかと思った」
落ち着きなく店内を見回す俺の前に、朝陽がメニューを広げる。
「どれにします?」
「ええと……うわ、こんなに種類あるのか」
シンプルにパンケーキだけ、というのをイメージしていたから迷ってしまう。
ページをめくると、果物がたくさんデコレーションされた写真が目に飛び込んできた。
「果物、何が好きですか?」
「いちご」
ほとんど無意識で即答してしまう。
「へえ、いちご」
おうむ返ししてくる朝陽の声に笑みが含まれているのに気付いて、耳が熱くなった。
「……可笑しいですか」
「え?いえ。似合ってますよ」
なんだ似合うって。
「やっぱりやめた。何も載ってないのにします」
「えーどうして?食べましょうよ、いちご」
「面白がってるでしょ」
「そんな事ないのに。じゃあ、俺いちごにしよーっと」
店員を呼び、注文を済ませる。
メニューを畳みながら、今日は一日お休みなんですか、と朝陽が聞いてくるので頷いた。
「メンバー達が全員、オフなので。久しぶりに有休消化しようかと」
「なるほど。じゃあ今日は、その貴重な有休を使ってわざわざ俺とデートしてくれてるって事ですね」
「でっ……何だデートって」
咽せそうになった俺を見て朝陽が笑う。
「冗談ですって。何でそんなに動揺するんですか」
「動揺なんかしてないだろ」
むきになって言い返していると、注文したパンケーキが来た。
シンプルに焼かれたパンケーキにバターが載っているだけの俺と違って、朝陽が注文した方は、いちごはともかく顔の高さまで届きそうな生クリームが目立っていた。
「すげえな……」
思わず感嘆の声が漏れる。
「やっぱりこっちにした方が良かった、って思ったでしょ?」
「いや思ってないから」
からかってくる声を躱し、フォークを手に取る。
一口大に切り分け、柔らかい生地にフォークを刺し口に運んだ。ふわりとバターの香りが鼻腔を抜けていく。
「……美味しい」
素直な感想が口をついて出る。
「ほんとに、食べるの初めてなんですか?」
「まあ……こういう店に入る機会自体、無いし」
「彼女とデートとかは?」
「いないからしません」
「えー、意外。もてそうなのに」
「買い被り過ぎです」
喋りながらも食べる手を止めないでいると、不意に朝陽が、はい、とフォークに刺したいちごを差し出してきた。
「……何ですか?」
「あーん」
「は?!」
「ほらほら、今なら誰も見てないから」
急かしてくるがそういう問題じゃない。
「くれるなら置いてください、自分で食べるから!」
「えーつまんないなあ」
不満を言いつつ、俺の皿の隅にいちごを置いてくれる。パンケーキの上に載せて食べると確かに美味しかった。意地を張らずに、こちらにすれば良かったかも知れない。
「ライブ、成功でしたね」
コーヒーカップに口をつけながら朝陽が言う。
「そうですね」
「また一緒に仕事できたらいいな」
「ええ。それは、是非」
素直に頷く。朝陽も微笑んで、頷いてくれた。
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