12.白は君の色

―伊織―

じょうろ一杯に入れた水を溢さないよう気をつけながら、店の外へ出る。

軒先に連ねられた鉢植えに水をやり、傷んだ花弁を摘み取るために腰を落とした。

「……ごめんね、寒いよね。早く買ってもらえるといいな」

いつもの癖で話しかけると、吐き出す息が真っ白に膨らみ、虚空へ消えていった。

「……はあ」

何故か勝手にため息がこぼれる。ガラス戸越しに店の中へ目をやると、いつか見た撮影風景が脳裏に思い浮かんだ。それにつられて思い出したのは。

「凄かったな、ライブ……」

「あれ、観に来てくれてたんだ?」

「!」

やたらと低い声に驚いて振り返ると、目深にニット帽を被った長身の男が俺を見下ろして立っていた。

「久しぶりー、伊織くん。相変わらず花とお話しするんやね」

「なっ……いいだろ、別に」

瞬は俺の隣に来ると、腰を屈めた。

「ね、ライブ来てたの?」

「……友だちに、誘われたから」

「へえ!そうなんだ。どうだった?」

聞かれ、会場いっぱいに照らされたペンライトの光る様を思い出す。

「すごかった。なんか、うちわとか……スローガンって言うの?あれ、お前の名前ばっかじゃん。すごい人気……」

「あー、俺カッコいいからなー」

さらっと言ってのける瞬に、冷ややかな視線を向ける。

「自分で言うかよ」

「良いじゃん。だって俺、それが仕事だもん。みんなにカッコよく見てもらう為に日々努力してるんだから」

言われ、瞬の顔を思わず見た。

くっきりした二重の目元がこちらを向く。

「あ。伊織くん今、俺のことカッコいいって思ったでしょ」

「うん」

素直に頷いてやる。

「ライブもかっこ良かった」

すぐに茶化した答えが返ってくるかと思ったら、意外にも瞬は驚いた様に目を瞬いた。

「あ、照れた?」

「いや。伊織くんが素直に褒めてくれたから、びっくりしちゃった」

「照れたんだろ」

「そんなんじゃないって。ていうか」

何故か瞬の口元が嬉しそうに緩む。

「伊織くん、初めて笑ってくれた」

「!」

「うれしー」

にやにやと笑われ、一気に頬に血が昇る。

「え、何その反応。可愛い」

「誰が!」

がばっと立ち上がる。

「俺、忙しいから!」

じょうろを掴み店の中へ戻る。

当然の様に後からついて来た瞬の方を振り返った。

「何でお前まで入ってくるんだよっ」

「何で?お客さんでーす」

おどけた調子で返される。無視してカウンターの中へ戻り、じょうろを片付けた。

「ねえ、伊織くん」

「何」

「部屋に飾る花が欲しいな。選んでくれる?」

言われ、カウンターから出て切り花の売り場の前に立った。

「どんなのが良いの」

「伊織くんのセンスに任せるわ」

「何だそれ」

売り場を見回す。まずはメインになる花を決め、バランスを見ながら添える花を選んでいく。

俺が選んでいる間、瞬は何も口を挟まず俺の様子を隣に立って見ていた。正直そんなにじっと見られていたら落ち着かない。急いで花を選んでいく。

カウンターに戻って簡単にラッピングし、白いリボンを掛けた。

「はい、出来たよ」

「ありがとー、めっちゃ綺麗」

お金を払おうと財布を手にした瞬に、いい、と短く告げる。

「プレゼント」

「え、まじ?」

「ライブ……かっこよかったから」

花束を差し出す。

「これからも頑張って」

言ってから、何故だか恥ずかしくなって頬が熱くなった。慣れない事はするもんじゃない。

俺が突き出す様に差し出した小さな花束を、瞬は大事そうに受け取ってくれた。

「ありがとう、めっちゃ嬉しい」

細く長い指が包装紙に触れる。

「あ、すごい。全部白い花だ。ラッピングも」

「メンバーカラーなんだろ、白」

「え、覚えてくれたんだ。すごい」

「いや、別に……」

ただの眞白からの受け売りだ。

「えー、嬉しいわ」

「……」

「ねえ、伊織くん」

「な、何」

「いーおーりーくん」

「何だよっ」

顔を上げたら、作り物みたいに整った顔が間近にあった。じっと目を覗き込まれて、勝手に心臓が鼓動を速める。

「ありがとう」

ゆっくり、気持ちのこもったお礼を言われた。

「ど、どういたしまして……」

しどろもどろに答えると瞬は、そうだ、と何か思いついた様にレジ横のメッセージカードとペンを手に取った。それを何故か俺に差し出してくる。

「はい」

「は?何」

「伊織くんの連絡先、何か教えて」

「はあ?」

「ほらほら。早く」

急かされ、仕方なくメッセージアプリのIDを書いた。

「はい」

「ありがとー。連絡するね」

「はあ」

何の用事で、と疑問に思う暇もなく、瞬は

「またね」

と、店を出て行った。

カウンターに立ったまま、すらりと背の高い華奢な背中を見送る。何故だか、早まったままの鼓動が収まらない。

頬の火照りも、いつまで経っても全然冷めなかった。

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