9.メンバーカラー

―伊織―

アイドルのコンサートなんてものには縁の無い人生だったけれど、確かに以前も眞白に頼まれて『star.b』のCD販売イベントに参加したことはあった。

でも、今回は前と様子が違う。

「……ちょっと規模が違いすぎない?」

思わず呟く。

ライブハウスくらいの場所を想像して来てみたら、そこはまさかのアリーナだった。

右を向いても左を向いても、浮き足だった様子の若い女の子がたくさんいる。

呆然としていたら人波に押されてたたらを踏んだ。隣にいた眞白がびっくりして俺の腕を掴んでくる。

「(大丈夫?)」

聞かれ、ため息が出た。

「(人多過ぎるだろ)」

苦笑を返された。

「(めちゃめちゃ人気アイドルなんやで、舐めたらあかんわ)」

何でそんなとこに俺を、と思ったけど、眞白がぐいぐい腕を引っ張るので引きずられるようにして会場の中へ入った。

連れて来られた席は二階の真正面で、センターステージがよく見える。

「めっちゃ良い席じゃん……」

シートを降ろして腰掛ける。見渡せば、色とりどりのペンライトを光らせたファンがたくさんいた。

なんか統一感に欠けるよな、と思って見ていたら、はい、と眞白がそのペンライトを差し出してきたので驚いた。

「(何で持ってんだよ)」

眞白は小首を傾げ、自分もペンライトを持って俺に振って見せた。つまり、二本ある。

「(ハルがくれた。伊織くんの分もどうぞ、って)」

「(要らない、恥ずかしい)」

「(何で。せっかく来たんやから楽しもうよ)」

「えー……」

おっとりした見かけによらず頑固な一面がある眞白に強引に手渡され、しぶしぶペンライトを受け取る。

丸いドームのようなヘッド部分の中に、星型のライトが入っている。スイッチを押すとここが光るようだ。一回押してみると、赤色のライトが点いた。

眞白が腕をつついてくるので見ると、眞白のペンライトは淡い桃色に光っている。

「(ハルはピンクやで)」

「(何が?)」

眞白は少し考え、スマホを出して文字を打って見せてきた。

『メンバーカラー』

「(何それ?)」

聞き返す。とにかく俺は、アイドル界隈の常識に明るくない。

眞白は再びスマホを操作すると、『star.b』の公式サイトらしき画面を表示させた。プロフィールのページを見せてくる。

見てみると、メンバーごとに担当の色が決められているらしかった。だからあちこちで違う色が光ってるのか、とようやく理解する。自分の好きなメンバーをアピールするようなものらしい。

カチカチと何回か押して色を変えていると、白く光った。眞白に見せる。

「(俺、これでいいや)」

「(何で?)」

眞白が首を傾げるので、無難じゃん、と答えた。

「(何も色ついてないし)」

すると、眞白がスマホの画面を向けてきた。

どこかで見た長い前髪の美形がこちらを見つめている。

「(この子の色やで。瞬くん)」

急いでライトを消した。

「(どうしたん?)」

「(もういい、やっぱり使わない!)」

眞白に突き返す。眞白は勝手に色を変え、ピンクに点灯させるとまた俺の手に持たせてきた。

「(ハルの応援したって)」

あいつのファンじゃないっての、と思いつつ、もう反論する気も失せて膝に置いた。男二人でメンバーカラーピンクの応援なんて。

隣の席に高校生くらいの女の子達が来て座った。見ると、メンバーの顔写真がついた大きなうちわを持っている。

周りをよく見渡してみれば、他にもうちわを持っている子はたくさんいた。メンバーの名前をプリントしたスローガンを持つ子もいる。

瞬、て書いてあるスローガン多いな。人気なのか、あの人。

悠貴のうちわを持っている子が前の方に見えた。眞白の肩をつつく。見て、と前方を指さした。

「(ハルのうちわ持ってる)」

「(ほんまやん)」

「(あいつ人気あるの?)」

「(一番人気あるのは瞬くんやない?)」

「(そうなんだ)」

さすが詳しいな、と感心する。眞白が笑った。

「(何?)」

「(前に見に来た時は全然感心無さそうやったのに、興味津々やなと思って)」

どき、と心臓が大きく跳ねた。

「(アルバムも聴いとったもんな。楽しむ準備万端やね)」

にこにことイヤフォンを差すジェスチャーをされ、思わず聞いた。

「(眞白、こういうとこ来て楽しいの)」

伝えてから、しまった、と思った。

眞白の表情が微かに強張る。ごめん、と慌てて謝ったら、眞白はちょっと困った様に微笑んだ。

「(楽しいよ、パフォーマンス見てるだけでも。かっこいいやん)」

「(そうだね)」

うん、と頷いてから少し間が空いた。

「(歌も、聞きたいけどな)」

どう返事をしたらいいか分からず困っていたら、眞白が左手にはめた指輪に触れているのに気付いた。

それ、と指輪を差す。

「(誰かとお揃い?)」

年が明けてから毎日のように着けていて、ずっと気になっていた。はめているのは薬指だから余計に気になる。

うん、と頷いたので、彼女?と聞いてみた。眞白は普段、あまり自分の事を話さない。彼女らしき女の子の姿は見た事が無いけれど、大学の外にいるのかもしれないと思っていた。

眞白は少し恥ずかしそうに耳を赤くすると、細い指を唇の前に立ててそっと動かした。

な・い・しょ。

唇の動きを読み取る。あっそ、と返しておく。時計を見ると、もうそろそろ始まる時間だった。

ペンライトの色を見つめる。手慰みに遊んでいるふりで、何気なく白色のライトをつけてみる。

俺が見に来たって知ったら、あいつどんな顔するんだろな。

ピンク色のライトに戻し、何となく眞白の手元に視線を移す。

ぼんやりと眞白が見つめている手元のライトは、何故か緑色に光っていた。

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