妖精フェリシモ

 余程、元に戻りたいのか顔がイキイキしている。彼女は張り切って話し始めた。


「私の国は妖精族と人族、獣人族がいました。私は妖精族のフェリシモ。百合の花の妖精よ。基本的に妖精は花の蜜を使って魔法を発動させるの。人族は身体の中のマナと呼ばれるエネルギーを素に魔法を使っていたわ。獣人族は魔法がない代わりに身体能力がずば抜けていた。

 私の世界では、それぞれの種族は交じわえなくて、好きになっても子孫は残せないの。だから、各種族はそれぞれ集落を作って別々に暮らしていたわ。時々、変わり者達が友達として交流したりはあったけど、中には一生、他の種族を見た事がないと言う者もいたぐらい、閉鎖的な世界だった。

 それで、私の話なのだけれど、ある日花の蜜を取りに行った森で人族の男と恋に落ち、それが妖精王にバレて妖精族を追放されたのが始まりよ」


 妖精か~。だからちょっと見た目がかわいいのかな? お澄まししててもふわっと透けるような感じで儚げだ。


「私は追放されてもとても幸せだった。魔法で身体を人族に変える事が出来たし、周りには私が妖精族である事がわからなかったんじゃないかしら。見事に人族に溶け込めていたの。追放された後、私達は人族の小さな村で仲良く暮らしていた。

 しばらくしたある日、彼の事を好きな人族の娘が訪ねて来て泣きながらこう言ったの。


『私は小さい頃からの婚約者だ。やっと見つけた。これ以上付き纏わないで』と。


 彼の婚約者は人族の貴族の娘で、彼の家とは古い付き合いだって言うのよ。そう、彼も貴族だったの。それでね、明くる日、大勢の兵士が私達の家に来て彼を連れ去って行った。私は持てる魔法を駆使して拒んだのだけれど、多勢に無勢、全く歯が立たなかったわ。それに、私の魔法の素である百合の花を兵士達が踏み荒らしてしまって… 彼が居なくなってから私は余儀なくされて森へ避難したの」


「そうなのね。恋に落ちたのね。この物語の主人公は彼の婚約者よ。あなたは森の黒妖精って事になっているわ。あなたのその辺りの話は出てこなかったから、面白いわね」


 女神様は物語の補足をしてくれる。


「黒妖精か… 間違いではないわ。私はその後、力を取り戻す為、しばらくの間森に隠れて暮らしていた。妖精の姿でね。そうしたら、今度は獣人族の子供に捕まってしまってカゴに入れられたの。

 私は逃れる為に必死にあがいた結果、羽の一部が切れてしまって… 傷が出来てしまった妖精は直ぐに治さないといけないのに、追放された上に自分では治癒魔法がかけられない… だんだんと私の姿は黒く変色して行ったわ。捕まえた獣人族の子供もそんな私が気味悪かったのか、カゴから出して捨てられたの」


 へ~。それで黒妖精か。


「黒妖精と普通の妖精は何か違うのかぇ?」


 ようやく復活した蘭令様がニタリ顔で話の間に入る。


「何も。傷や病気になっていると言うサインだから、ただ黒くなるだけ。だから治癒魔法をかければ元に戻るし。でも、私は妖精族には帰れないから… それに種族が違うから人族の魔法も効かないし。

 まぁそもそも人族は妖精族に治癒魔法なんてかけようとしないけど。だから私の身体はずっと黒いままだったの」


「そうか。で? どうなったのじゃ? そなたも物語では黒妖精と言われるほどの悪役なのじゃろぅ?」


「う~ん。悪役かどうかはわからないわ。それで、私は力を温存して何とか人族の姿になれるまでになったの。姿を変えたら身体は人族と同じ色、手も黒くなくなってたわ。私はうれしくて急いで彼を追ったの。人族の王都へ行きすぐに見つけ出せたわ!

 早速その日の夜中に彼の部屋へ忍び込んだ。彼はびっくりして慌ててたけど、夜中の暗い部屋でも私の事は声でわかったみたい。『無理やり連れて行かれたんだ。愛しているのは君だけだ』と返してくれたわ。私はうれしくなって彼に抱きついたの。そしてキスをしようとした途端、彼は叫び声を上げて私を突き飛ばしたのよ」


 ん? 何でだろう。今まで順調だったのに。


「私はショックで彼に聞いたわ。

 『なぜキスをしてくれないの?』と。

 そうしたら彼は『お前は私の知っているフェリシモじゃない。悪魔だ!彼女を語る偽物め!』と。

 いきなりベット脇に置いてあった剣で私を殺そうとしたのよ。私は訳が分からず逃げ周ったわ。ふと、彼の部屋の鏡に映り込んだ私を見たら、私の目だけが全部黒く染まっていたの… でもやっと会えたのだから必死に彼に言ったわ。

 『私がフェリシモよ。カンザ村で一緒に住んでいたじゃない! 森で恋に落ちたのを忘れたの? 記念日には百合の花をたくさんプレゼントしてくれたでしょう?』と。

 でも彼は震えながら剣を振り回して、全く聞く耳を持ってくれなかった… 私はその日は諦めて王都の外れの森へ逃げたの」


「そんな事があったのね。そこら辺の部分は知らなかったわ」


 ほおほおと、女神様は相槌を打つ。


「ん? では、この後の話は女神様が知っている話と交わるのかしら?」


「恐らくね。フェリシモさん? 私が話してもいいかしら?」


 例のごとく、女神様は交代して物語を語り始めた。


「このお話は主人公側の主観があるから、さっきの話の感じと違うから、先に言っておくわ。

 まず、主人公の婚約者、彼は旅行に行った先の森で妖精に魅入られてしまう。主人公は、なかなか旅行から帰ってこない婚約者を迎えに行って、無理矢理連れ帰るんだけど、婚約者は『フェリシモ』と名を呼ぶだけで、焦点が合わない… まるで魔法にかかった様に廃人と化してしまう。

 ある夜、例の妖精が追いかけて来て、主人公に見つからない様に、婚約者に接触しようとするんだけど、今度は婚約者は『悪魔が来る』と脅えるようになる。日に日に衰弱していく彼の様子が、おかしいと思った主人公は、彼の部屋で何かが起こっていると察知し、ある日部屋で見張ってみたのよ。案の定、例の妖精が夜に現れ彼の部屋のテラスのドアを何度も叩いていた。何度も何度も…

 『あんなに愛し合ったのに… 恨んでやる… 愛している… 殺してやる… 開けろ、開けろ』と。

 恨み言も呟いているのを聞いて、恐ろしくなった主人公かのじょは、夜な夜な彼の部屋へ来る妖精を捕まえて、教会へ突き出すの。人族からは黒妖精って悪魔の象徴として古くから語り継がれていたから。

 教会で妖精は『人族の男を狂わせた悪魔の黒妖精』として羽をもがれ聖水で清められた聖剣で真っ二つに切られて終わりよ… その後は、妖精が切られた途端婚約者は我に帰り、嘘のように元気になってめでたしめでたしよ」


「では、主人公側の話じゃと、まず『魅入られた』となっているのじゃな? それこそ先の話に出た『魅了』なのかぇ?」


「どうだろう? その辺は『妖精によっておかしくなった』としか書かれていなくて」


 う~んと女神様は首を傾げている。


「しかし、夜な夜な訪れるだけで何もしていないんじゃないかぇ? 悪役的な事を?」


「主人公から見たら、十分悪魔よ。婚約者を『狂わせた』のだから」


 女神様と蘭令様は討論し始めた。


 そうなのかな? う~ん。見る側で全く違う物語の様だけどな。


「フェリシモ? と言ったか、そなたの最後は女神の言った通りか?」


 フェリシモさんは『うん』と頷いている。


「この話をする前に女神に礼を言っておったが、そなたは元に戻りたいのかぇ?」


「ええ。今度は何としても彼を手に入れる! いえ、あの女に連れ帰られる運命なら、今度は私が彼を殺してやる。二人で死んで永遠の愛を手に入れるのよ!」


 フェリシモ様は固い決意を胸に熱弁している。


 え~。そこは違うでしょ! って思ったのは私だけ?


 私は他の女性を見て回るが、デアトロさんはどうでもいいみたいだし、エリザベート様は呆れている。驚いているのは私だけみたい… ね。


「ほぉ~。元に戻れば違う人生があるやもしれぬぞ? それこそ妖精同士で恋をすればいいのではないか?」


 細~い目でニヤっとした蘭令様は完全に元に戻っている。悪い感じの妖艶な美女だ。


「いいえ。愛を捧げるのはあの人だけよ。私はあの人以外はいらないの」


 フェリシモさんは余程やり直したいのか、女神様に熱い目を向けている。


 儚い妖精は愛しすぎたのか、歪んだ愛が心を占めているみたい。


 こう言う場合はどうなんだろう? だって、要はその彼を殺す宣言をしてるんだよね? それ前提でも大丈夫なのかな? 女神様はどう判断するのか。


「あなたの想いはわかったわ。皆さんもいいかしら?」


 他に質問ない? と、女神様はみんなを見回す。


「無いようなので、最後ね。お待たせしたわ、ミシェルさん。どうぞ」


 と、女神様は私にニコニコ顔で話を促す。

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