皇后ランレイ

「のぅ、女神よ。そこな娘の代わりに妾が先に話してもいいかぇ? 先程の二人の話を聞いておると、ハメられた可哀想な令嬢と、バグとやらのせいで悪魔の魔女にされた哀れな娘じゃったし… 妾が本物の悪女とは何かを教えてやろう」


 ニタ~と笑う妖艶な美女は私を見ながら薄ら笑いを浮かべている。


 自分で悪女って。私は別にいいけど。


「あらそう? ミシェルさん、よろしいかしら?」


 女神様は話す順番はどうでもいいみたい。


「ええ。ど、どうぞ」


 私はすごすごと美女に順番を譲る。そして、すっと小さく息を吸った妖艶な美女は静かに話し始めた。


「妾は蘭令ランレイタウ王朝第三代目の王の皇后じゃ。王の後宮には妾以外に百以上の妃が居ってなぁ、全員が王の妻なのじゃが、その後宮では毎日毎日王の寵愛を受けるべく女達の戦いが繰り広げられておった。

 ま~、しかし、どの者も似たり寄ったりのかわいいイタズラ程度での、お互いの足を引っ張ってはいがみ合っておったなぁ。妾はその妃達の頂点だったからのぅ、ちょっとそそのかせば、妃達は妾の掌でよく踊ってくれたよ」


 うわ~。百人の妻? すごいスケールだな。そんな大所帯なのにまとめようとはしなかったんだ。争う人達をながめて楽しんでるなんて、自分で言ってたけど、蘭令様は本当に悪女にふさわしいのかも。


「ある日、新しく入った妃が王の目に止まったのじゃ。始めの内は他の者と同じく、王の御渡りは三ヶ月に一度ぐらいじゃったんじゃが、ある日を境に王は毎日その妃の元へ通う様になったのじゃ。妾は過去に何度かその様な事があったので放っておいたのじゃが、他の妃達は我慢ならんかったのだろう。案の定、その妃へ色々と仕掛けるようになったのじゃ」


「ねぇ、蘭令さん、あなたは楽しんでいたみたいだけど、本心はどうなのかしら?」


 女神様は蘭令様の心の内が知りたいのかな?


「妾か? 王は後宮の妃達を愛するのが当たり前だからのぅ。女神は妾が嫉妬しなかったのか気になるんじゃな?」


「えぇ。私が読んだ物語はその妃側の話だし、あまり蘭令様の気持ちが書かれていなかったの。ぜひ聞きたいわ」


 女神様はなぜかワクワクしている。目がランランだ。


「ほぉ、そうか。妾は皇后じゃから絶対的な地位にいた。だからかも知れんが、王とは何十年も夫婦であるし、嫉妬など、若い頃はあったが、あの時は全く思ってはいなかった。『またすぐに飽きるじゃろう』と」


「そっか。高みの見物してたのね。ふ~ん。で?」


「あぁ、しばらくすると状況が変わってきたんじゃ。その妃を他の妃達が慕うようになってのぉ、妾の楽しみであった愛憎劇が見れなくなってしまった。しかも、ギスギスしていた後宮がほのぼのした雰囲気になってしもうたのじゃ。

 妾はいつもの様に他の妃をそそのかしたりもしたのじゃが、全く聞かなくなってきた。そこで、ようやく妾自ら動く事にしたのじゃ」


 じっと聞いていた私の横の人が初めて声を発した。


「あの、あなたは争いが好きなのですか?」


「あぁ、好きじゃ。あの籠の中では娯楽が少ないからのぉ。妾の国では、王の妻は後宮と言う塀で囲まれた所で、王以外の男に会わぬように閉じ込められる。だから、妃達の争う姿は暇つぶしにしてはとても楽しめたのじゃ。中には頭が回る者も居たが、だいたいは呑気な阿呆ばかりじゃったしなぁ。妃達をそれとなく誘導すればその様になるし、そそのかせば自ら落ちていく。妾にとって妃達など思うように動く遊戯の駒じゃ」


 遊戯? ゲームの駒って事? うわ~、タチが悪いな。


「満足したかぇ? 進めるぞ。それで妾は粗相をした妃達を自ら罰するようになったのじゃ。例えば、他の妃の食事に下剤を入れた者には、その下して出た汚物を食事として食べさせたり、衣を隠した者には其奴ソヤツ自身を窓のない密室へ隠す、つまり閉じ込めたなぁ。そう言えば、その者は閉じ込めたままじゃったわ。今頃はどうなったのか、あははははは」


「中々の悪女ね。うんうん」


 女神様は頷きながら話を促す。


「それで、ある時、その人気の妃の番がとうとう回って来たんじゃ。妃達は妾に毎朝挨拶をしなければならない風習があってのぅ、その時その妃は妾の前で衣の裾を踏んで転げてしまったのじゃ。妾はここぞとばかりに罰してやったよ」


 ここまで話した所で、いきなりエリザベート様が手を挙げて質問する。


「はい! なぜ転んだだけで罰があるのでしょう?」


「妾は皇后ぞ! 御前で粗相をしたのじゃから罰は当たり前じゃ。その罰を聞きたくはないかぇ?」


 ニヤッと笑っている蘭令様は残忍な罰を余程話したいみたい。


「妾はなぁ、妃の両足のケンを切ってやったのだ。もう転ばないようにな。どうじゃ? ある意味親切じゃろぅ?」


 罰にしてはひどい。転んだだけなのに。


「ここからは私もわかるわ。この後は私が話してもいいかしら?」


 女神様は話をまとめたいのか語り手を交代する。蘭令様も別にいいようで頷いている。


「その後、王様は激怒したの。いつも、蘭令さんのやる事は結構目をツムっていたのよ。ま~、蘭令さんは、だいたいは自分で手を下さなかったしね。

 でも、この妃の事件は例外だったの。怒った王様は蘭令さんを同じ様に足の腱を切って、投獄した挙句、犯罪者達の慰み者にしたのよ。余程、その妃を愛していたのか、蘭令さんは王の逆鱗に触れてしまった。

 蘭令さんの最後は、飲まず食わずで連日犯された挙句の餓死よ」


 乱暴されて餓死か…


う~ん。最後を聞いてしまうと、悪い事を色々した蘭令様でも同情してしまう。うぅぅ。


「そうじゃ、妾は皇后。下の者にとっては高嶺の花じゃからなぁ。乱暴者達にはたいそう人気じゃったわ… しかし、乱行の間に気を失ってから記憶がないものじゃから、てっきりその後殺されたかと思っていたが、そうか、餓死か…」


 蘭令様の顔からはニヤッと笑っていたのがなくなっている。


「蘭令さん。この後のお話ももちろん聞きたいわよね? あのね、ま~予想はついてると思うけど、その妃が皇后になったわ。後宮も今までにないくらい平和な楽園に変わっていったの。『王様と主人公は幸せに暮らしましたとさ』で終わりよ」


「そうか… 王は妾の事を何か言っていたか? どうせ暴言だろうが…」


「気になる? 実はね~、王様は餓死したあなたの遺体をお忍びでそっと見に行くの。罪人だから本当はダメなんだけど。長年の伴侶の最後を確かめにね。その時無言であなたを見て涙を一筋流していたわ」


「!!!… そうか」


 と、蘭令様は苦笑いをしながらうつむいている。


「その反応! 私は今のあなたの気持ちをものすごく知りたいわ! もう一度やり直したい?」


 女神様は今回のお話会の肝を聞く。


「気持ちか… そうじゃなぁ、今の心ははっきり言って『意外』である。妾と王との間にはもう情はないと思っていたからな。何十年も放ったらかしじゃった… そうか… 泣いたのか…」


 妖艶な美女は悪いニタリ顔ではなく、少しだけだが口元が微笑んでいる。


「えぇ! 私も今『意外』だわぁ! その様子じゃ、悔しさと言うか憎しみはないみたいね」


 女神様はポツンとこぼすと、また満面の笑みに変わる。


「蘭令さん、ありがとう。死ぬ間際は苦しかったでしょうが、今の様子じゃあまり関係ないのかしら。それにしても、物語通りのお話は蘭令さんが初めてだわ。よかった。ま~、自分でも悪女だと言っていたしね。文句ない悪役の人生でしたね。皆さんいかがだったかしら? デアトロさん?」


「わ、私か? そうだな、もっと無惨な事もしていたであろうし、悪役令嬢にふさわしいと思う」


「そうね。皆さん、色々と聞いていて不快な感じになったと思うけどそこは許してね。そう言うお話会だから。では、次の方に行きましょうか。そうね~、あなたは?」


 と、なぜか私の横の人を指名する。私じゃないの?私のは最後に話すような内容ではないのにな…。


 徐に横の人はすっと立ち上がり女神様に一礼をする。


「私をこのような場に呼んで下さり、本当にありがとうございます。ぜひ、皆様には聞いて頂きたい! 私と彼の愛の物語を! そして、私が選ばれ、再度人生をやり直したいと思います。よろしくお願いします!!!」


 と言い、席に着いて話をし始めた。

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