森の魔女デアトロ

「私は魔女のデアトロ。私の世界には魔族と天族がいて、いつも国境で戦争をしていた。とは言っても、街中はまだまだ平和な感じだった。私は天族側の外れの大きな森の中で魔女として薬を売って生計を立てていた」


 えっ! 魔女? すごい。つ~んとした幼女? 違うな、成人女性だけど小柄なのかな。


「ほぉ~魔女か。それこそ妾の世界では書物の中にしか存在しなかったが… 術師とは違うのかえ?」


 妖艶な美女はこのお話会を楽しんでるのかな? 結構、ノリノリだなぁ。


「あぁ。魔女とは薬草と魔法を使って薬を作る者の事だ。薬師とは別だ。魔法が鍵になる」


 ほへー魔法。


 あれ? みんな『魔法』に興味があるのかな? ちょっと興味津々な感じでデアトロ様を見ている。


「続けるぞ… 魔女は数が少ない。天族側にも十人程度だ。ほとんどが国に奉仕している。私ははぐれの魔女だった。毎日、薬を作っては薬が手に入らないような貧しい農村などに持って行っていた。時々、私の噂を聞いたお金持ちが内緒で『〇〇の薬が欲しい』などの発注も受けていた。大体は害のない物だ。精力剤や回復薬などだ」


「何だか平和な感じなのね。デアトロさん。ちょっと見方が変わるわ」


 女神様は目を見開いて驚いている。


「女神よ、そなたの読んだ物語ではそこな魔女の印象が違うのかえ?」


「えぇ。物語では、違法すれすれの薬を作る悪魔のような魔女。森に住んでいる恐ろしい魔女って感じだったわ」


 うわ~。全然違うじゃん。デアトロさんって、キツイ感じなだけで話しているのを見ると全然普通だよね。


「ある日、いつものように薬を作っていたら、国の騎士団がゾロゾロとやって来て、訳もわからず私は捕縛され、抵抗虚しく城へあっさり連行された」


 いきなり?


「城に着いたら、大きなホールに通されて、一人の少女を紹介された。『こいつを知っているか?』と。私は先週、堕胎薬を頼まれた娼婦を思い出し、目の下のほくろが一緒だったのでその経緯を話した。するとなぜがその少女が泣き出して…」


「少女? どうしたの? 泣き出して?」


 女神様は眉間にしわを寄せている。


「あぁ、その少女は『この魔女に操られて王妃様に堕胎薬を飲ませた。私にはその時の記憶がない』と。もちろん私は反論したよ。操る魔法など出来ないからな。『先週、堕胎薬を取りに来たのはこの女性だったが、服も娼婦の服だった。しかも、私には商売上どうしても降ろさなくてはいけないと泣いていた… だから、普段はあまり処方しない堕胎薬を渡した』と」


「そうなんだ… 全然違うわね。これはちょっとバグかしら?」


 女神様はブツブツ言っている。


「バグ? なんじゃ、それは?」


 妖艶な美女は聞き逃さない。小さな女神様の呟きを拾っていた。


「えっ? バグ? それは『意図した動きと違う動作をする原因』って意味よ。この場合は、その少女ね。恐らく… 私が読んだデアトロさんが出てくるお話は、王様とデアトロさんが学生時代、学校で知り合っていい仲になったのだけれど、本来の婚約者がいるのでデアトロさんが身を引いて森へ移住するの。だけど、デアトロさんは森で1人で生活する内に心を病んでしまうの。

 その後は、黒魔法に手を染め、王様と結婚した王妃を殺そうとあれやこれやとやるのよ。その一つが堕胎薬よ。でも、デアトロさんが処刑される理由ではなかったはずよ… それにその少女よね。物語には出てこなかったわ。だって、主人公のヒロイン役は王妃だもの」


「ほぉ~。では、本来の物語と違う上に、訳もわからずそこの者は殺されたと?」


 ニヤッと笑う妖艶な美女。意地悪そうだな。


 デアトロさんは拳を握りしめてプルプルと怒っている。我慢しているみたいだけれど、あれはかなりキレてるよね。


「どう言う事だ!!! 確かに王様とは学校でクラスが一緒だったが、王様とはあくまで友人だ。好意などお互いに持った事は一度もない」


「そうねぇ… 聞く限りではそうみたいね…」


 女神様はう~んと悩んでいる。


 てか、バグ? って言うの? それが気になるよね。


「そうか、わかったわ。これも転生者のせいかしら? その少女が転生者のモブなんじゃないかしら?」


 モブ? またわからない単語が。


「きちんと説明せよ、女神よ」


 妖艶の美女は上から目線で女神に促す。女神様は謎が解けたのがうれしいのか、美女の発言は気にならないようだ。


「その少女は意図せず転生したモブ、つまり一般人。本来の物語には登場しない人なのよ。それで、転生者だからお決まりの『物語の未来を知っている』から、話が知っている物と違う事にもその少女は気づいたはず。そこで、話を戻そうとしたのかしら。

 違うわね。その少女は王様が好きなのよ! きっとそうね! それで、本来の悪魔の魔女デアトロさんを何とか見つけ出したけど、実は無害な優しい魔女だった。そこでその少女は何とか王妃とデアトロさんを結びつけたいと、考え出した作戦が、薬を盛ったのが実はデアトロさんって事にして、無理矢理話を修正したのよ。主人公と悪役を一気に片付けたのね。そこで空いた席に自分が座ろうとしたのよ」


「… では、王とその少女は知り合いなのかえ?」


「私がその断罪の場でチラッと聞いたのは、王妃様付きの侍女だそうだ」


 デアトロさんは怒りに満ちた低い声で答えた。


「ほぉ~侍女か。では、すでに王のお手つきであったのかもなぁ… その女、やりおるのぉ」


 妖艶な美女は満足げだ。ニヤニヤと笑いながらお茶を飲んでいる。


「そう言う事… で? 最後はどうなの? これは予想外だわ。私の知っている最後とは違うのかしら?」


 女神様は、デアトロさんに死因を聞いている。


 こんな悲惨な話を聞いたのに… デアトロさんの気持ちを察してあげて欲しい。これは悔しいと思うよ。


「あ”ぁ? 私が死んだ時の事か? そんなに聞きたいのか! 悪趣味な奴め。あぁ、そうさ、言ってやろう。私は何の申し開きも出来ないまま、いきなり連れて来られたその場で悪魔の魔女と認定された。確かにその薬は私が作ったからな。微かに残った薬に私の魔法が残っていたんだ。王様もその少女が言う話を信じていたしな。その後は、公開処刑だ。王都の広場で火炙りだよ。これで満足か!」


 火炙り。想像しただけでも恐ろしい。何時間も火に… うわ~。


 みんなも同じ気分なんだろう、一気に空気が重くなる。


「そう… 最後も違ったわ。ありがとう、テアドロさん。ちょっとどころじゃないわね。相当憎らしいんじゃない?」


「あぁ… しかし、もういい。あんな事を元に戻って繰り返す世界など興味はない」

 テアドロさんはそれだけ言うと無表情でお茶を飲み出した。


「女神よ、違う顛末を知っているのなら教えてくれぬか? あとは、そうじゃなぁ、その違ってしまった物語は女神は見れぬのか?」


「ええ… でも… テアドロさん、ごめんなさいね。嫌なら耳を塞いでいて」


 女神様は一言断りを入れてから、本来の物語の顛末を話し出した。


「本来は、王妃は堕胎薬の次、睡眠薬を盛られるのだけど、それが強力だったせいで、王妃はお腹の子と共に一生目覚めなくなるのよ。つまり死ね。王様は残された薬を検証して森の魔女だと突き止めるの。その後は、王様自ら騎士団を率いて魔女を討伐しに行くのよ。最後魔女は、元愛した王様に胸を突かれて終わりよ」


 全く違うじゃん。これってどうなの? 死に損? 違うな。そもそも物語が違うって事か。違う物語での違うエンディング。やるせないだろうな…。


「そうか。これは由々しき事ではないのか? 女神よ、その物語は修正した方が良いのではないか?」


 妖艶な美女も少しだけ不憫に思ったのかな? ニタニタ顔ではなくなっていた。


「そうね、出来なくはないけど。それはそれで物語が出来上がってそうね… このお話し会が終わってからデアトロさんが辿った物語を確認するわ」


 女神様はそう言うと『質問はありますか?』と皆を見回す。


 いや、これは、何にも言う事ないよね。


 し~んとなったので女神様は次に進める。


「では、次の方どうぞ」


 と、私を見て微笑んだ。

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