辺境伯令嬢エリザベート

「では、私の左隣からどうぞ。ルールはないわ。ありのままに思った事を話してちょうだい。人生のどの時点から話してもいいわよ」


 女神様はワクワクしながら右の女性に話を促す。


「こほん。では。私はエリザベート・グラン・カッシーナ。私は辺境伯爵の長女で私の国の第二王子と婚約していました。私の人生がおかしくなったのは、貴族学校へ進んでからだと思います」


 エリザベート様は真っ赤なドレスに漆黒の髪、瞳が金色のキリッとした美人だ。


「私と王子は幼い頃より仲が良かったのです。親同士も王と護衛の関係で近い存在でした。私の領は辺境にありましたから、隣国との国境を守護しております。

 ですので、王族と縁を結ぶ事でより強固な砦になるよう、政略ですが王子と婚約いたしました。王子も婿に来る事は喜んでおいででした」


 一息ついてエリザベート様は悲しい顔で続きを話す。お婿さんか… 色々あるんだな。


「学校へ入学した時、王子とは同じクラスになりましたが、同時に伯爵令嬢のミカエル様が王子と席が隣になりました。それから、王子はミカエル様といつも一緒にいる様になったのです。私も同じクラスですし、席も隣なのを知っていたので、そう気にはならなかったのですが~」


「で? どうしたの?」


「はい… 私はクラスメイトですし、授業で同じ班になったり、ミカエル様とも普通に話していたのです。ある、昼食の時に偶然王子の席の近くを通ったのですが、そこにはミカエル様が居て、私の悪口を言っていたのです」


 へ~。嫌な感じになってきたな。


「私は耳を疑いました。ミカエル様がまさか私を嫌っていたなんて。その時は信じられませんでしたし、悪口を言っているミカエル様がすごい形相で… それで、私は怖くなってその場から逃げてしまって…」


「そう、身に覚えはないのね?」


 女神様は話にのめり込んでいるのか、眉間にシワを作っている。


「はい。クラスでは普通に談笑していましたから。それで、一緒に食堂へ行ってたお友達が話の続きを聞いていたらしく教えてくれました。『あなたに虐められている』と言っていたと」


「ふ~ん。そっち系かぁ。お話を進めて」


 女神様はそう言うとエリザベート様にどうぞと手を向ける。


「ええ。私は身に覚えがないので、その日の放課後、中庭の木の下に呼び出してミカエル様に問い正してみたのです。すると、何も言わない内にいきなり泣き出して、なぜか王子がその様子を見ていて… 『いじめは本当だったんだな』って。

 私は違うと何度も言いましたが聞いてくれなくて。それからです、ミカエル様はガラッと態度が変わり、あからさまに私を睨んで来る様になりました。王子もミカエル様の言う事を信じて、私の言う事はいつも却下されました」


「辛かったわね。それで? なぜあなたは死んだのかしら?」


 『ひゅっ』とエリザベート様の喉が鳴る。


 女神様… もう少し言葉を選んでほしいな。エリザベート様も死んだ時のことを思い出したのか、顔が青くなっている。


「ええ。そんな日々が続き、次は物がなくなったや突き飛ばされたなど、ありもしない事を言われる様になり、ミカエル様は全てが私の仕業だと言うのです。仲の良かったお友達もだんだんと私に近寄らなくなりました。

 そんなある日、王族主催の夜会で、ミカエル様が暴漢に部屋に連れ込まれそうになったのです」


「暴漢ねぇ」


 と、女神様はニヤリ。


「それがまたしても私のせいになってしまって… 私が襲うよう様に命令したとミカエル様が泣きながら夜会の会場で叫んだのです。その日は王族主催の夜会でしたから、大勢の貴族が揃い、私が言い訳してもザワザワとしたホールでは声も通らなくて、誰も私の話を聞いてくれず。更には、暴漢した者達が私に命令されたと供述したせいで、私は訳も分からぬままその日の内に牢へ入れられてしまいました」


 エルザベート様の頬には一筋の涙が。その時の事を思い出したのだろう。結構辛いよね。


「それで? 両親や王様はあなたを信じてくれなかったのかしら?」


「はい、ミカエル様の話を王子が信じきっており、王様に今までの事なども含めて熱弁していました。他の貴族の目もあったのか、母は泣くばかりで。父に至っては羽虫を見るような目で私を… ぐすん。ぐすん」


「そう… ミカエル様に思うことはある?」


「おそらく私が邪魔だったのかなと。王子と結ばれるのには。でも、こんな事しなくてもいいじゃないと腹が立ちます。何度も『なぜ?』って思いましたが…

 一方では、ミカエル様側から見れば、政略結婚が決まった好きな相手を、どうにもできない悔しさがあったのかと。死んでしまった今では、どうでもいい事ですが」


「へぇ~。ミカエル様の気持ちを考えられるのね。あなた、ミカエル様の秘密を知っている?」


 女神様はいきなり変な話を振っている。


 ん? 女神様はミカエル様を知っているの? どう言う事?


「えっ? 女神様は何をおっしゃっているの?」


 エリザベート様もびっくししている。驚きで涙が止まっていた。


「ふふふ。隠すつもりはないのだけれど、あなた達は物語の中の人だと言ったわよね。私はをミカエル様視点で、本で読んでるから色々と知っているの。それに、あなたが死んだ後も物語は続くわ。主人公は死んではいないからね」


 本。


 私達は本当に存在しない、架空の人物? 女神様の突然の発言に皆はポカンとする。


「物語は続くですか… ミカエル様の秘密とは?」


「あくまで物語に書かれていた話よ。なぜ王子がミカエル様に夢中になったと思う? 一目惚れ? 性格の一致? 顔が好み?」


「その中では、一目惚れでしょうか? 現に席が隣同士でしたから、他の方より話す事も多いでしょうし。女神様が上げた候補、全てが好きになった理由かしら?」


 エリザベート様は目の当たりにしてきた二人の事だけど自信がないようだ。


「それはね、ミカエル様は転生者だったの。あなたがいた世界とは違う世界から、記憶をそのまま持って生まれ変わってきた人なの。しかもね、あなたが体験した学校生活は『乙女ゲーム』と言って、これも小説のような物だけれど、ミカエル様は転生する前の世界で『乙女ゲーム』をしていたの。

 つまり、あなたが居た世界の学校生活の物語のシナリオ、未来がわかっていたのよ。王子にどんな風に接すれば自分に惹かれるのか知っていた。だからミカエル様は、いとも簡単に王子を夢中にさせる事が出来るって訳。ちなみに、あの暴漢事件もミカエル様が自分で仕掛けた自作自演よ」


 エリザベート様は口をあんぐり開けて黙ってしまった。


「そ、そんな… では、私は… 始めから死ぬ運命だったと? しかも未来が見えるなんて。それじゃぁ、どうやったって!」


 そうだよね。未来が見えてしまってはどうする事も出来ないよね。


「がっかりしないで。さぁ、続きを。辛いだろうけど、私以外の皆さんはあなたの最後を知らないわ」


 皆は三者三様な表情でエリザベート様を見る。私はかわいそうで仕方がない。まだ話さないといけないのか。


「はい… 私は牢に入れられたその夜、父が訪ねて来て、事の全容を確認しに来ました。私は『全て関係ない』と言ったのですが、『未だ悪あがきをするのか? 辺境伯の一族として恥を知れ。反省しているならまだしも、王に話をつけてもらおうと思ったが、これでは… 我が娘というだけでも虫唾が走る』と言って、その場でバッサリと父に切られてしまいました。私の記憶はそこで終わりです」


 親に殺されたのか… エリザベート様。不憫。


「ありがとう。エリザベート様。最後までよくがんばったわ。言い訳も出来ず『なぜ?』と思う間もなく死んでしまったのね。ここまでで皆様質問はございますか?」


 蒼白なエリザベート様とは反対に、ニコニコ顔の女神様がみんなの意見を待つ。


 … この人、本当に女神なんだろうか? 話を聞いてもなお笑顔になれる女神様が怖い。


「女神よ、物語をのであれば、この後のその娘と王子とやらはどうなったのじゃ?」


 妖艶な美女はエリザベート様がいなくなった後が気になるようだ。


「あぁ、その後ね。あの後、王子とめでたく結ばれるんだけど、ミカエル様は何を思ったのか、騎士団長の息子や宰相の息子にも手を出してね、物語で言う所の『逆ハーレムエンド』を狙ったのでしょうね。

 あぁ『逆ハーレム』とは、女性が複数の男性を侍らせることよ。ミカエル様は王子と婚約中にその現場を見られてしまって… つまり浮気現場ね。バカよね。折角未来を知っているのに欲を出して。王子だけでは我慢ができなかったのかしら。

 結果は、王子とは破局。伯爵家は違約金やなんやらで破産、一族もろとも没落。最後、当の本人は高級娼婦になって借金を返していたわ。案外、天職だったのかもね。ふふふ」


 死んだのに、そんなお粗末な結果? 哀れエリザベート様。


 こそっとエリザベート様を見ると、女神様の話の顛末に毒気を抜かれている。椅子に座ったままけ反りぼ~っと天井を見ている。


「ありがとう。エリザベート様。では、次の方、どうぞ」


 女神様は気を取り直してエリザベート様の隣、私の右隣の女性に向かって微笑む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る