伯爵令嬢ミシェル

 うっ。困った。どうしよう。今更、本当のことを言えない。蘭令様がちょっと怖いな… でも、言わなきゃダメだよね。


 よし!


「実は… 申し訳ございません」


 私はバッと立ち上がり謝罪をする。


「どうしたの? やっぱり話したくないのかしら?」


 女神様はハの字眉毛で心配してくれる。


「いえ… そう言う訳ではないのです。とても言い辛いのですが…」


 と、私がモジモジしていると、蘭令様がシビレを切らしてしまった。


「早うせんか。娘!」


「ひゃい! 私は、私はミシェルではございません。ごめんなさい」


 言ってしまった。言ってしまったよ。


 恐る恐るみんなを見る。『はぁ?』と言う顔だ。特に女神様は混乱している。


「え? え? どう言う事? でも、あなたミシェルと呼ばれて返事してたわよね?」


 私は椅子に座り大きく息を吸い込んでから話を始めた。


「はい。私はミシェルの妹です。私がここに居る、死んだのはミシェルの代わりです」


 みんなの顔はまだ『はぁ?』のままだ。


「ん? 代わり? と言うか、あなたは物語には出てこなかったわよ。妹なんて」


「そうなんですか? 私は本当にミシェルの妹ですよ。では、私の分かる範囲でお話しします。

 私はアウストラル王国の伯爵令嬢の双子の娘の1人です。しかし、私の国では双子は忌子として聖書に載っているので、双子が生まれた時は1人は処分される運命だったのですが… 私はこっそり育てられました。ミシェルのスペアとして。あぁ、だから物語? には出て来なかったのかもしれないです」


「そうなの… それにしてもイレギュラー過ぎだわ。どうしましょう」


 女神様はオロオロ考え出した。


「あの~このまま話は進めますか?」


「え? ちょっと待ってもらえる?」


 女神様は『う~ん』と悩んでしまっている。


「良いではないか? 女神よ。妾は話だけでも聞きたいのぉ。そこな娘自身、死んだ事も受け入れているようじゃし。面白そうではないか? 皆はどうじゃ?」


 みんなはうんうんと頷いている。


「そう? なら、お話を聞きましょうか。まず、あなたの名前は?」


「はい。これも言いづらいのですが、私には名がありません。家族にも使用人にも『それ』と呼ばれていました。私は生まれてすぐ、下女の老婆に預けられました。使用人専用の部屋で育てられたそうです。六歳の時にその老婆が亡くなり私は屋根裏へ移動させられます。私は十五歳になるまでその部屋で過ごしました。私のする事は一日二食の食事と勉強です。その屋根裏で静かに生きるのが私の仕事でした」


「あの… 何てお呼びしたらいいのか… あなたは逃げなかったのですか?」


 エリザベート様が同情の目で私を見ている。


「ええ。逃げ出しても生きていけませんから。私にはその選択肢はありませんでしたね」


「そう…」


 エリザベート様はそれだけ言って、下を向いて口を閉じてしまった。


「みなさん、可哀そうとお思いでしょうが大丈夫です。気にしないで下さい」


 と、私は笑ってみせるがみんなの顔は浮かない。


「それで、十五歳からは時々外へ出られるようになったのです。ミシェルの代わりに学校でテストを受ける為に。私の唯一の楽しみです」


「その、なんじゃ、家族にはイジメられはせんなんだか?」


 珍しく蘭令様はニタリ顔ではない。


「はい。会話は最小限です。みんな私は居ない者として接していたので… ふふ、イジメられなかっただけでもまだ幸せなのかな?」


 と、笑ってみせるが反応はない… 。ふ~、別に気にしなくていいのに。


「それで、十七歳の時に私はミシェルの代わりに、今度は王城へ行くように言われて… それでそのまま牢に入れられて処刑されました。私は本来は赤ん坊の時に死んでいる運命。私はミシェルの代わりです。だから処刑も甘んじて受けました」


「そうなの… ようやく理解したわ。そう、あのミシェルのやらかした悪事を代わりに背負ったのね… 辛かったわね」


 と、女神様がシクシクと泣いている…。


「止めて下さい! 大丈夫です! 生まれた時から『お前は代わり』なんだと知らされていましたから。私はこれでいいんです」


 慌ててフォローをするが、みんなの同情的な顔は消えない。うっ、どうしよう。


「皆さん、このお話はね、ミシェルさんが悪役なの。よくある物語なんだけど一応お話しするわ。あなたもいいでしょう?」


「はい。王城でミシェルの罪状は聞きましたがピンとこなくて… 詳細は知りたいです」


「では。伯爵令嬢のミシェルは騎士団長の息子が好きで色々モーションをかけていたのだけれど、彼には婚約者がいた。二人はとても仲が良くて間に入る余地がなかったの。でも諦めきれないミシェルは彼の周りから攻めて行った。

 まずは彼の親友と寝て思うように操作した。次は彼の妹と仲良くなって嘘を吹き込んだ。そんな風にどんどん仲間を作って行き、彼の婚約者を追い詰めたの。彼はそれでも婚約者を手放さない。とても真面目な誠実な人だったのよ。

 そんな婚約者へ向ける彼の想いが悔しくもあり、ミシェルは余計に羨ましく、同時に更に彼を欲しくなってしまう。

 ある日、ミシェルはとうとう婚約者を襲ってしまうの。お金で雇った乱暴者を使って、夜会の帰りに襲撃させ娼館へ売り飛ばした」


「ほぉ~。娼館か。さぞ金になっただろうなぁ」


 蘭令様はニヤッとしている。本調子に戻ったかな?


「ええ。貴族のご令嬢だからね。でも婚約者も芯のある方だったのね。汚れた私は彼に申し訳ないと、乱暴された後に自殺するのよ」


「ますます似合いの二人じゃな… 当然ミシェルの仕業じゃと明かされるんじゃろ? 小娘の計画などすぐにバレると言うに」


「ええ、ミシェルの仕業とわかるんだけど… 肝心の彼も自死するのよ。婚約者を相当愛していたのね」


 え? ミシェルの好きな人も死んだ? どうして? じゃぁミシェルは?


「ちょっと待って下さい! 私は『好きな人とどうしても一緒になりたいから、代わりに王城へ行ってくれ』と、ミシェルが、初めて私を見て泣いたから… 泣いたからミシェルの為に死んだのに… え? え?」


 なぜ?


「あぁ… そう言う事。実はね、王城であなたが死んだ後に彼は自死したの。あなたの首をはねたのは、ミシェルが好きだった彼よ。あなたを切ったその剣で…」


「そ、そんな!」


 どうしよう。ミシェルが幸せになれない!


「びっくりよね」


 女神様はまだまだ同情的だ。


「いえ、違うんです。それじゃぁミシェルが彼と結ばれないじゃない! ミシェルの幸せが… どうしよう!」


 私がオロオロしていると、デアトロ様に背中をさすられる。


「どうした? ミシェルの幸せなど、願わなくていいだろう? むしろ恨むべきでは?」


「いえ、ミシェルはもう一人の私。不幸なのは私だけでいい。ミシェルが幸せなら… それが、それだけが私の生きる希望だったのに」


 私は魂が抜けたように呆けてしまった。頭が働かない。


「そなた、思考がおかしいのではないか? いや、長年『代わり』と言われ続けた弊害か? まんまと上手く使われたのじゃな。その後の当のミシェルも気になるな。結末はどうなったのか…」


 蘭令様がふ~とため息をついて女神様を見る。


「あなたの事情と言うか、お話は理解したわ。ミシェルの物語の悪役はミシェルで間違いない。でも、死んだのはミシェルの双子の妹、あなた。あなたはまた戻るのは嫌?」


「そうですね… いや、また戻ってミシェルの役に立つのなら… いやでもまた死ぬのはやっぱり怖いし」


「そうよね…」


 女神様もみんなだんまりになってしまった。


「そうじゃ! 女神よ。この者だけ特別に違う物語には行かせられないのかぇ?」


 蘭令様は私を元に戻すんじゃなくて、違う物語へと思いついたようだ。


 でも、無理じゃない? そこには私は存在しないんだし。てか、もういいんだけど。このまま天国? へ行けないのかな。


「う~ん。出来ない事もないけど、違う世界だから記憶をそのままにしても意味がないじゃない? それってどうなのかしら?」


 また『う~ん』と悩んでいる。


「あの~、ミシェルの事情は分かりました。私は、私以外の方で選手権? をすればいいと思います。私もここに来た時に真っ先に報告しなかったのがいけなかったんですし。すみません。皆さんでどうぞ話し合いをして下さい」


「う~ん。でも、あなたも参加すべきよ。話を聞いた限りでは『つらかったか』に当てはまるから。選ばれないにしても最後まで参加してね」


 女神様は気を取り直しみんなを周り見る。


「それでは、これで全てのお話が終わりました。今回は異例な物語ばかりですが、皆さん最後は『つらい』と感じるような出来事ばかりでしたね。投票を行いますので手元の紙に一番心に残った人を書いて下さい。あっ! 自分以外でね。では、どうぞ」


 いつの間にか手元にある紙を見てみんなが名前を書き出す。


 女神様はニコニコ顔に戻っている。


 ふ~と息を吐いた私は紙に名前を書いた。

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