Patientia 012 僕たちは盗賊とみなす



 ケイトリン辺境伯領の領都リンクスを出て、イズラヒェル男爵領へと向かう街道に馬車を走らせる。


「いいかぁー。そのうち、後ろから盗賊どもが襲ってくるからなぁ。おめぇらもそろそろ、自分の命と相手の命と、どっちが大事か、しぃーっかり、考えとけぇ」


 馬車の荷台の中から、ギーゼさんがそう言った。


「襲ってくるって……なんで分かるんです?」


 馬車の後ろで僕と並んで早歩きをしている由良くんがギーゼさんに質問する。


「あぁん? まーだわかんねーのか、ユラぁ。いーか。ナエバはあいつらが欲しがるモンをきっちり用意しやがった。だが、目の前で見せられてんのに、結局んとこ、交渉は成立してねぇ。さあ、欲しいモンがそこにあるってわかってて、できるこたぁ、なんだ?」


「いや、それ……強引に、奪い取るって話、ですか? そんなバカな……」


「何、言ってんだ。たりめーだろーが。なんで欲しいモンがそこにあんのにガマンせにゃならん? あいつらにとっておめぇらなんぞ、ただの他人だ。死のうが、犯されようが、気にすると思うか?」


「そんな……むちゃくちゃだろ……」


「だからよぅ、こっちだって、盗賊のことなんざ、気にする必要はねぇんだよ。しかも、今度の盗賊はよ、たぶん、売れそうな武器とか、鎧とか、持ってるぜ? それでこっちは大儲けってことよ」


 ……それって、ひょっとして。辺境伯領の正規軍がやってくるってことなのでは?


「なんだぁ、どうしたナエバ? そんな顔して? ビビってんのか?」

「ギーゼ、さん。相手は、兵士です、か?」


「おぅ。おめぇはホント、頭がいいな」

「うえっ!? 兵士って……」


「心配すんな。盗賊みてぇな略奪は新兵の訓練にちょうどいいんだ。度胸もつくしな。つまり、今度の盗賊は新兵たちとその指揮官が相手だな。兵士っつっても、かなりよえーぞ」


 つまり、ギーゼさんは最初から……そういうつもりだったってこと、か。


 だから、持ち込む商会も指定したし、売らないように指示を出した。


 あの商会は辺境伯とのつながりが強くて、僕が用意した農具の刃……つまり、鉄は、この辺境伯領では必要とされていて……。

 僕は王城でその情報を掴んでいたから用意したんだが……そうすると、あの商会の要請に応じて辺境伯が兵士を出すってところまでギーゼさんは読んでいた。


 しかも、その兵士を殺して、武器と防具を奪い取るつもりで。


 ……これが、この世界の、常識。力こそ、全て。


「兵士だったとしても、隊商を襲えば盗賊だぁ。遠慮はいらねぇんだよ」

「そんなことって……」


「なんだぁ? 兵士が相手なら殺されてもいいのか? あぁん?」

「い、いいワケないですよ……」


「おぅ。そういうこった。さあ、覚悟、決めろや。おめぇら、テッシンの身内ってこたぁ……アレ、使えんだろ?」

「アレ、というと……?」


「全部言わせようとすんな。わかってんだろ? テッシンもリコも使ってたからな。おめぇら、もう少し先に道がせまくなってるとこがあらぁ。そこで待ち伏せだ。いいか? 手加減とかいらねぇぞ? 何度も言うが、覚悟、決めやがれ」


「はい……」


 由良くんは弱々しく返事をして、僕は小さくうなずいた。


「まあよ、新兵の教育にあたってる指揮官はこっちで相手してやる。そいつぁサービスだ」


 ニカリ、と音がする感じでギーゼさんが笑った。おそらく、指揮官が持つ武器や鎧が一番高価なのではないだろうか……。






 待ち伏せ、とは見えないように休憩のフリをして休んでいると、30人くらいの集団がやってきた。武器はいろいろだが、鎧が革製で、茶色という、統一感がある。見た目はどう考えても盗賊ではない。


 馬に乗った兵士がひとりだけ、いる。あれが指揮官なのだろう。


「……ギーゼさんが言ってた最大の人数ぐらいいるのか」


「大丈夫、かたまってるなら、問題ないわ」


「由良くん……合図を」


「おう……誰だ! これ以上近づくと盗賊とみなす! 盗賊は生死問わずと王の定め!」


 僕の言葉で由良くんが大きな声で警告を出す。これは、向こうの森に隠れたギーゼさんへの合図でもある。


「我らはケイトリン辺境伯軍の者だ! 盗賊ではない!」


 返答はあったが、歩みは止まらない。


「武器と防具をそろえた集団なら関係ない! 名乗れば本物だとは限らない! これが二度目の警告だ! これ以上近づくと盗賊とみなす! 盗賊は生死問わずと王の定め! 覚悟はいいか!」


「盗賊呼ばわりはケイトリン辺境伯軍への侮辱とみなす! 敵対の意志ありと考えるがいかに!」


「警告に足を止めないなら盗賊との定め! 盗賊と語る言葉はない!」


「……あと、だいたい3メートルくらいで射程に入るわ」


 杉村さんのささやきに、ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がした。


「かかれっ!」


 馬上の指揮官の掛け声で、兵士たちが……いや。盗賊たちが僕たちの方へと走り出す。


「杉村! 吉本!」


「わかってる! 『弔いの爆炎』」


 腕をまっすぐに伸ばした杉村さんから、赤い光が放たれて、兵士たちを巻き込むように大きくドーンと爆発した。魔法のネーミングは僕たちのせいではない。

 35年前、最初に召喚された人たちの中にいた、今では『大賢者』と呼ばれてる転移者が名付けたそうだ。現存する攻撃魔法は、全部、その人が作ったらしい。もちろん、14歳の病に罹患していたに違いないネーミングで。


「なっ!? 魔法だと!? バカなっ! いや、いかん! 固まるな! 広がれっ! 魔法使いがいるぞ! 連続して魔法はこない! 今のうちに距離を詰めろ!」


 指揮官が驚愕の表情で慌てて指示をとばす。


 こっちもそれどころじゃない。予定と違う。


「吉本っ!」

「あ……」


 由良くんからの叱責で、吉本さんが弱々しく息を吐く。


 火魔法のスキルを持つ杉村さんと吉本さんで、約30人の兵士たちをごっそりとまとめて葬る予定だったのに、吉本さんは魔法を使わなかった。いや、使えなかったのか?


 吉本さんは、ここまでにいろいろと経験してきても、まだ、元の世界の頃の感覚が強く残ってるタイプだ。火魔法で誰かを殺すことをためらったんじゃないだろうか。


 10人くらいの盗賊が、杉村さんの魔法の範囲外だったのか、広がりながらこっちへと向かってきていた。だが、もともと狭いところだ。広がるのも限界がある。


 ……殺すか、殺されるか。ふたつに、ひとつ。なら、殺す選択をする。


 僕は二度目の覚悟を決めて、盗賊たちに対峙したのだった。





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