第4話 鼻と目、両方から血が流れるなんて、それもうゾンビじゃない? 青春ゾンビか?



 6月28日。

 学校をサボって市立図書館へ。タブレットでの撮影による書籍からの情報収集もいよいよ大詰めになってきた。


『おーい、渡くんやーい、大丈夫かーい?』


『渡くん、大丈夫ですか? 心配してます』


 山にでもいるのかと思うような、遠くへの呼びかけが佐々木さんからの、丁寧語での心配が野間さんからの、スマホへのグループメッセージ。


 前回の高2生活では、手にすることなどありえなかった女子の連絡先が、今回の僕には二人分も設定されているのだ! ミラクル!


 本当に奇跡だと思う。勇気を出してプリント配りを手伝って、声をかけて本当に良かった。

 それだけでも時間遡行を認めてくれたあのおっさん神様に感謝を捧げたい。なんなら信仰してもいい。おっさん神様の名前も知らないけど。


『ただの風邪。大丈夫です。心配してくれてありがとう。二人の優しさに感動です』


 ……嘘だけど、そう返信しておく。異世界転移までもう残された時間がないから、最後の調べものに集中したいだけ。


『渡くんって。ええと、どういたしまして?』


『心配するのは普通のことです。大丈夫そうで安心しました』


『苦しいって言えば、ママユミの母性がお見舞いで炸裂したよ?』


『しません! でも、お見舞いには行ってもいいですよ?』


『あの胸に抱かれて眠れば風邪なんてすぐ治るから!』


『ちょっと、キリコ!』


 ……鼻血出そう。いかんいかん。そんなことを想像している場合ではない。野間さんのあの豊かなふくらみに抱かれるなんて!


 いや、でも、慎ましやかなおムネさまの佐々木さんがそこに踏み込むのはある意味で自虐なのだろうか。

 まあ、僕はそこのサイズはそんなにこだわりはない方だけど。


『すごく嬉しいですが、本当に大丈夫です』


 そう返信してから、あ、これだと、あの胸に抱かれて、のところがすごく嬉しいみたいになってると気づいた。


『嬉しいというのはお見舞いのことで』

『抱かれなくても、嬉しいです』


 僕は慌てて追加で返信した。


 そして、返信はどんどん泥沼にはまった。なぜだ?


『抱くって』

『きわどいよ、渡くーん』

『まあ、そこは、積極性があっていいと思うけどなー』


『本当に、お見舞い、いいですか?』

『あ、このいいですか、は、行ってもいいですか、の、いいですか、です』

『えっと、抱きしめたりは、しませんよ?』


『そこは頑張ろーよー』


『頑張りません』


 ……女の子がお見舞いに来てくれるかもしれない未来が僕に存在しているという奇跡について、おっさん神様に最高の感謝を。


 まあ、実際の僕は元気過ぎて、お見舞いに来てもらう訳にはいかないんだけど。風邪のフリとか絶対にできないし。


『本当に大丈夫だから。僕のことよりも、テストも近いし、しっかりテスト勉強をして、備えて下さい』


 ……期末テストの勉強の意味は異世界転移でなくなるけど。それは言えないし。


『あー、そーだねー。期末だもんねー』


『テスト週間だから部活がなくて動けるというのもありますけど、渡くんが大丈夫そうなので、テスト勉強を頑張ります』


 この瞬間、僕の未来から女の子のお見舞いという奇跡は消え去った。


 ……ううっ。血涙が止まらない。神は死んだ。さらばだ、おっさん神様よ。


 そんなことも乗り越えながら、夕方までいろいろとデータを入手して、帰りに百均でいろいろと小物を買い集めた。なんか、いろいろばっかりだ。






 6月29日。

 今日も学校をサボって、今度は県立図書館へ。


『おーい? 渡くーん? ホントに大丈夫かーい? 2日続けてはさすがに心配なんだけどさ?』


『渡くん? 熱は何度ですか? ちゃんと食べてますか?』


 ……いや、心配がガチですか? やっぱりこの二人、本当にいい子たちなんだな。そう思うと騙してるようで、いや、ようで、じゃなくて騙してるけど、すごく申し訳ない気がしてくる。


『大丈夫です。母が、念のために休め、と。まあ、この方が僕としても、テスト勉強もできるので』


 返信が嘘で塗り固められてます。はい。ちょっと心が痛い。テス勉とかしてないし。


『念のため休み? もう治りかけ?』


『熱は何度ですか? 朝食は何でしたか? 何時間寝ましたか?』


 ……野間さん、ガチで母親みたいな。問診? これが噂の母性か? おっぱい関係なくない? 看護師か。


『今、熱は36.6で、朝食はりんごとヨーグルトで、さっき、ちょっとアイスも食べた。たっぷり寝た。今は数Ⅱのテス勉中。余裕で、大丈夫で、問題なし』


 ……本当はごはんと玉子焼きとししゃものバター焼きと味噌汁でした。でも、それ、病人っぽくないから。アイスは暑くて、県立図書館の前のコンビニで買って食べたので本当だ。数Ⅱのテスト勉強中ではなく、今は農産物の加工に関する専門書をめくって、タブレットで撮影中だけど。


『あいすー! うらやまー!』


『本当に大丈夫なんですか?』


 ……顔が見えないメッセージのやりとりだと、どこまで心配してくれてるのかはわからないけど。


 それでも、なんだか、心がぽかぽかしてくる。


『大丈夫です。ありがとう。野間さんが心配してくれて、なんだか心がぽかぽかします』


 だから素直な気持ちをメッセージにした。なぜか、そこからの返信は途絶えた。


 でも、なんか、こういう青春っぽいやりとりが僕にもできるなんて。これも異世界転移のお陰かもしれない。正確には時間遡行か。ありがとうおっさん神様。


 我が異世界転移に一片の悔いなし。あ、まだ、転移してないけど。


 異世界転移は、いよいよ、明日だ。





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