第2話 未来の異世界転移を知って、三日坊主はさすがにない。



 時間遡行した僕は、夜のうちにやるべきことをノートに書いて、寝た。書く時には、それが時間遡行の証拠とならないように気をつけながら。


 翌朝、5時起床。まずはランニングから。


 スキルとかいう特別な力が必要な異世界だ。頑強な身体は絶対に必要になる。たった3か月とはいえ、鍛えておくことは絶対に無駄にならないはず。


 まずは1キロから始め、慣れてきたら距離を伸ばせばいい。


 それから朝食。いつもは母さんが作ってくれるけど、これを自分で作るようにする。料理に関しては、身に付けておくべき基本だろうと思う。

 ただし、異世界だとこんなに調理器具が充実してるはずがないので、そこの差は意識しておく。ついでに弁当も作ったけど、ごはん以外は茶色だ。残念過ぎる。


 朝食を自分で作ると言い出した僕を見て、母さんがちょっとだけ泣いて、しかも喜んでたのは、逆に心に刺さった。


 ごめんなさい。言えないけど、3か月後に、僕、いなくなります。本当にごめんなさい。いなくなるけど、実は心の中で異世界転移にちょっと期待してて、ごめんなさい。


 学校を休んで準備時間を増やすことも考えたが、クラス転移なので、クラスのみんなと一切関係がない、という状態もまずいだろう。


 どうしても時間が足りなくなったら、その時は休んででも準備にあてればいい。


 それと、おそらく過酷な環境へと送り込まれるはず。だからこそ、クラスの人たちの人間性を可能な限り見極めておくことも必要だろう。


 ……昨日のカラオケに不参加だったぼっち系の僕が何を偉そうに、と自分で思ってたりするけど。


 学校に行って、教室で授業を受けるけど、授業内容は基本、聞き流す。

 中間テストで赤点になっても、どうせ期末テストとの合計で夏休みの補習が決まるし、そもそも僕らのクラスは期末テスト前に異世界へと集団転移してる。

 夏休みないじゃん。もちろん補習も。


 という訳で、授業内容よりも、ヒューマンウォッチングだ。


 自分の人を見る目が信頼できるかどうかはともかくとして、それでもできるだけ、誰が、どんなことをしているのか、そこにどういう意味があるのか、を見ていく。


 そうしてみたら、今まで自分が、本当に何も見てなかった、気付いてなかったってことに、思い至る訳で。


 まあ、授業はそれなりに聞いて勉強はしてたし、休憩時間はラノベを読んで過ごしてたってのはあるけど。


 例えば、授業中に消しゴムのカスを床へ払い落とす木島くんのような人もいれば、授業中に出た消しゴムのカスを休憩時間にゴミ箱へ運んで捨てる高橋さんのような人もいる。小さなことだけど、大事なことだよね。


 日直が教室まで運んできたプリントやノートなんかを配る時に、さりげなく手伝っている佐々木さんや野間さんみたいな人もいれば、配られたプリントを紙飛行機にして窓の外へと飛ばしている岡崎くんや仁科くんみたいな人もいる。


 他の人の机を使って昼食を食べて、その机を移動させたままにしてる女子グループがいれば、そうやって机を勝手に使われたのに、自分の机だけじゃなくて他の人の机も元の状態に戻している大人しいオタク系ボッチ男子の苗場くんとかもいる。


 これまで僕が目を向けようとしてなかっただけで、教室では一人ひとりが、常に何かをしていた。


 そして、教室というひとつの空間を共有しているのに、僕らは、なんというか、かなりばらばらで、まとまりがなくて、こんな連中と集団転移とかしたら、まともにやっていけるんだろうかと、真剣に悩むことになった。


 高1でも、文化祭を終えたくらいの秋頃には、クラスにまとまりもあった気がするけど、高2になったばかりの今、そういうクラスのまとまりを求めるのは無理なのかもしれない。


 まあ、新クラスの親睦カラオケに不参加だった僕に、クラスのみなさんも言われたくはないだろうと思うけど。


 あと、クラスメイトとの会話は可能な限り、避ける。今は。下手にしゃべって、その結果として時間遡行がバレて死ぬとか、絶対に嫌だから。そもそも前回の2年生での3か月も、あまりしゃべってなかったというのもある。


 帰りは、途中でプロテインと牛乳を買って帰宅。僕は帰宅部なので、学校の時間は最小限でいい。


 夕食は母さんが作るのを手伝って、作り方を覚える努力をする。


 どうせ成績は関係なくなるので、もちろん宿題とかはスルーして、ネットでいろいろと調べる。

 異世界転移で、成功できるようなさまざまな物品の作り方とか、サバイバル技術とか、その他もろもろ。


 寝る前には、腕立て、腹筋、スクワット。もちろん、プロテインは飲んでる。


 とりあえず、初日は10回ずつ。何日かしたら、回数は増やす。これもランニングと同じ。たとえ短い期間でも継続は力なり。


 未来に起きる異世界転移って状況がわかってるから、筋トレで三日坊主とかはありえない。さすがに僕はそこまで馬鹿ではないつもりだから。


 金曜日。午後からは学校をサボって早退し、銀行でお年玉貯金を解約。異世界転移するのにお金を残す意味はなし。


 とりあえず、ホームセンターとか、電気店とか、園芸店とか行って、いろいろと買う。タブレット、充電器、サバイバルナイフ、十徳ナイフなどなど……。


 タブレットは、いろいろとネットで調べた知識をどうやって持っていくのかとか、考えたら必要だと思った。印刷とかして荷物になるのはダメだ。

 ネット接続はできないけど、ダウンロードしたり、PDFにしたり、画像データにしたりして、保存しておけばいい。


 でも、同時にノートと筆記用具も用意して、あっちに行ったら、必要なものは書き写して確実に残せるようにしておきたい。タブレットの寿命の限界があるから。


 土日は市立図書館、県立図書館などでいろいろと調べる。これはと思ったものはタブレットで撮影して画像データとして保存していく。特に医療関係と農業関係は、押さえておきたい。


 武道とか、何か、習ってみようかとも考えたけど、やっぱりそれは3か月では難しいだろうと判断して断念。ただし、図書館で柔道入門とか、剣道入門とかはタブレットに撮影して保存しておいた。


 途上国への短期海外留学と偽って、破傷風とか、狂犬病とか、いくつかの特殊なワクチンの接種もしておく。異世界だから効き目はないかもしれないけど、やっておいて損はない。


 ゴールデンウィークには、ネットで見つけたサバイバルキャンプに挑戦してみた。いやもう、本当に体力不足を痛感した。

 あと、テントなしで、自然の中で過ごす夜がすごく怖かった。

 これは経験しとかないと、やばい。1万円払った価値はあった。金を出せばこんなことができる日本ってすごいと思った。


 6月に入る頃には、朝のランニングは5キロ、寝る前の筋トレは各50回と、たかが3か月とはいえ、積み重ねてきた成果が出た。


 脂肪が減って、筋肉がついて、ついでに男としての自信も増したのは、異世界転移してしまうと知ったお陰かもしれない。ただし、彼女がいないのは年齢と同じ期間のままだったけど。


 だって、基本、誰とも会話しなかったから……。





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