突然の クラス転移に 物申す 神様お願い ちょっと戻して ~準備のいい僕と、カンのいいあの子の、ちょいラブ異世界生活~

相生蒼尉

第1章 突然のクラス転移?

第1話 異世界に持ち込むアイテム? 倫理の教科書? それだけはないっ!!



 それは、3時間目の倫理の授業が終わり、次の数Ⅱの準備をしようかと思って、倫理の教科書を手に持った瞬間のことだった。


「うわっ!」

「きゃあっ!」

「なんだよ、これっ?」

「魔法陣ってやつか?」

「まさか、異世界転移でござるか!? ござるのか!? しかもクラス転移!!」


 えっ?


 不意に教室の中心から回転しながら広がっていく、不思議な模様が散りばめられた円によって、教室が光に満ちていく。


 突然の出来事に、僕はがたっとイスの音をさせて、立ち上がるので精一杯だった。さっきまでの授業で使っていた倫理の教科書を手に持ったままで。


 次の瞬間には、僕、渡鉄心は、真っ白な空間に立っていた。倫理の教科書を手に持ったままで。


 目の前に、なんだろう、中年ぐらいのおじさんっぽい、でも、頭の上になんか光る輪っかがある、そんなおじさんがいた。


「そなたらはリーデスガルドという世界へ集団で転移することになった。この場で、3つの能力……スキルと呼ぶ方がわかりやすいのかもしれぬが、それを選んで、転移することになっておる。さあ、3つ、選ぶがいい」


 ……いくらなんでも唐突すぎる。


「……ひょっとして、神様的な感じの人ですか?」

「的な感じではなく、神、そのものである。失礼だな、そなたは」


「あ、はい。すみませんでした。ええと、なんか、手に、倫理の教科書を持ったまま、なんですけど、ひょっとして、持ち物って、そのままで、その、なんとかって世界に転移することになるんでしょうか?」


「持ち物はそのまま、リーデスガルドへと行くことになるな」

「マジか……よりによって、倫理かよ……」


 片手に倫理の教科書を持って異世界転移とか、どんな笑いをとるつもりか、と。なんなんだそれは。せめて政経とか、物理とか、化学とか、生物とか、地学とか、もうちょっと役に立ちそうな教科書はなかったのか?


「では、スキルを3つ……」

「あ、待ってください」


「なんじゃ?」

「あのう、そっちのなんとかって世界は、言葉とか、通じますかね?」


「リーデスガルドじゃ。言葉は、転移者の特殊能力として通じるようになっておる。心配はいらぬ」

「文字も、読めるんですか?」


「いや、文字は読めぬ」

「そんな片手落ちな感じですか……」


 なんか、スキルとかもらっても、まともにやっていけないような気がする。


 しかも所持アイテムが倫理の教科書。オワタ……。


 や、やり直してぇ~。


「……クラスが巻き込まれてたと思うんですが、他の人は、どこに?」

「転移の処理は、一人ずつ行っておる。ただし、転移するタイミングは同じになる。この場で先だろうが、後だろうが違いはない。安心するがよい」


 いや、別に、そんなことで安心とか、できませんけど?


「では、3つのスキルを選ぶがよい」


「……どうしても、3つのスキルを選ばなきゃ、ダメですか?」

「なぬ?」


 おっさん神様が、なんだこいつ、面倒な奴だな、って顔をしていた。


「何が言いたい?」


「ええと、神様なんですよね? 3つのスキルを選ばせるだけじゃなくて、本当は、いろんな力を持ってらっしゃるんじゃないですか?」


「それは、無論、そういう力はあるが……」


「それなら、僕は、スキルとか、そういうの、ひとつもいらないんで、願い事を叶えてもらえませんか?」

「そなたは、本当に変わっておるのう? スキルを選ばねば、リーデスガルドで苦労することになるぞい?」


「いや、もう、なんていうか、ラノベで憧れたせっかくの異世界転移なのに、片手に倫理の教科書とか、転移後に馬鹿にされて最低の地位に落とされるの、目に見えてるんで! 爆笑の渦の中心とか、軽く死ねるんで!」


 思わず叫んでしまった。結果として、ちょっとおっさん神様がドン引きしてた。


「そ、それで、何を願うのじゃ?」


「……時間を戻して、準備する時間をください。異世界転移から逃げたいとは思いません。やり直しを要求します! 倫理の教科書とかいらないんで!」


 全国の倫理の先生と倫理が好きな高校生に謝る気などない。異世界転移に倫理の教科書はいらない。


「……そなた、なかなか、おもしろいことを考えるのう? そなたのような者は初めてじゃ。元の世界に戻せ、という連中は山ほどおるが、転移はするが準備のために時間を戻せとは、おもしろいのう」


「神様なんですよね? できるんですよね? それくらいのことは?」

「できる。できるが、いくつか、条件が必要じゃな」


「条件、ですか?」

「うむ」


 おっさん神様が大きくうなずいた。


「よいか、まず、そなただけが時間を遡ることになるゆえ、そのことを誰にも話してはならぬ。話すと、そなたにはその場で死が訪れることになる。これは、書き示す、書き残すも、同じ。それに類似する行為もじゃ」


「時間遡行について話したら、死ぬ。厳しいけど、それは大事ですね。タイムパラドックスを避けるためって感じでしょうから。なるほど、納得です」


「次に、そなたらが異世界転移した6月30日、その日に、必ずあの場にいるようにすること。これが果たせぬ場合も、そなたには死が訪れることになる。また、合わせて、確定している未来を大きく変えることはさせられぬゆえ、そなたがあの場にいるのにふさわしい存在である時間までしか、遡ることはできぬ」


「ええと、つまり?」


「そなたがあの場にいたのは、あのクラスの一員だったからじゃろう? それゆえ、そなたがあのクラスの一員にならない可能性は排除される。具体的には、クラスが決定した4月8日の夜までは遡ることを認めよう」


「約3か月……いや、3か月もないけど、うーん。それでも、いろいろと準備はできるか。うん。いいでしょう! では、それで!」


「本当によいのか? 3つのスキルは、リーデスガルドを生き抜くために必要な力なんじゃぞ? それを3か月足らずの準備時間に替えて、本当によいのか?」


「いや、もう、とにかく倫理の教科書だけはないんで!」

「ならばもう、余計なことは言うまい。そなたの望むままに……」


 そう言ったおっさん神様がすごくぴかっと輝いたと思ったら、僕は自分の部屋のベッドに座っていた。


「……白昼夢? それとも、本当に、時間遡行した?」


 ベッドの枕元にあるスマホを確認する。


 4月8日の21時31分。


「すんげぇ微妙な時間だけど、確かに時間遡行はしたみたいだな……」


 こうして、僕は、およそ3か月の、異世界転移のための準備時間を得たのだった。





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