第157話 それぞれの今

 刃越しに交わす視線の煌めき。


 ルーチェリアは素早い斬撃をガルベルトの黒斧の上から浴びせると、そのまま流れるように抜刀術の構えを取った。


 「──兎刃の弐、水麗月華すいれいげっか

 

 鞘を持つ親指が刀の鍔を強く弾いた。

 振り抜かれた高速の一閃は、その纏われた水飛沫を三日月状に走らせた。


 ギィーン!


 鬩ぎ合う武具と肌を打つ風圧。

 黒斧を持つ両手が痺れるほどの斬撃が、ガルベルトの全身を奮い立たせた。


 両足に力を籠めて重心を落とした彼は、その場に踏み留まって笑い飛ばした。


 「ビハハハハ、やるではないか、ルーチェリア殿。素晴らしい連携だ。一期も経たぬうちにこれとは──まったく、恐れ入る」


 嬉し気な彼の様子に、ルーチェリアもまたニンマリと笑みを浮かべた。


 「そ、そうかな? でも、ビックリしたでしょ? ガルベルトさん。 ただ、もう時間切れかな」


 「ん? 時間切れ……ということは──そうか、ミレイザ殿彼女の仕業か」


 何やら気配を感じたガルベルト。

 ルーチェリアの刀を弾き返すと、すぐさま背後を振り向いた。


 「フフッ、流石ですわ。気配は完全に消したつもりだったのですが──それはそうと少々心配しておりましたが、その目からは決意が感じられる。大丈夫なようですわね」


 「ああ、すまぬな。短い間とはいえ、ミレイザ殿には急な用付けを頼んでしまった」


 彼の前に現れたのは一人のエルフ。

 背中で揺れる紫色の艶やかな髪、耳元で光る星型のイヤリングが可愛らしさを演出し、より一層の女性らしい輝きを放っている。


 彼女はゆっくりと近づき、ガルベルトの隣に立つと、ルーチェリアに向かってグッっと親指を立ててはにかむ。


 「後少しで、あの烈風牙の首を取れましたのに残念でしたわね。でもグッジョブですよ、ルーチェリア」


 「はい! 後少しで首取れました! グッジョブしました!」


 明るさとは裏腹に二人の掛け合いはえげつなく、傍で聞いていたガルベルトの笑顔は苦笑いで上塗りされた。


 「ガルベルト! 帰ったきた、ガゥウ!」


 彼の感情はさておき、忙しない出迎えは続く。

 今度は横から体当たりで、ルーナがガルベルトの脇腹目がけて一直線に飛び込んだ。


 「おふっ?! ル、ルーナ殿。た、ただいま。ちゃんとミレイザ殿の言うことを聞いておったか?」


 「ルーナいい子してた! ガルベルトこそ、ちゃんと話は聞いてきた?」


 「ああ、しっかり聞いて来たぞ。そうだ! 土産話に、ハルセ殿の話もたんまりとな」


 「ハルセ大好き! ハルセもルーナを愛す! 早く話せガルベルト、ガゥウ!」


 「えっ? 何で? ハルセって、どこでそんな話を?」


 「ああ、丁度、メリッサ殿と会う機会があってな。ルーチェリア殿も聞きたいだろう? さて、話の前に夕飯の支度をしよう。私も腹が減った」


 無事、ルーチェリアとルーナの元へと辿り着いたガルベルト。


 魔法石を取り出し火を炊くと、四人仲良く夕食の準備に取り掛かった。



 ◇◆◇



 「よし、いくか」


 試験当日。

 俺は必要なものを鞄に詰め込み、部屋を後にする。

 

 試験科目は学科と実技。

 午前は騎士生の素養が問われる専門知識と属性学や薬学。


 それから昼食を挟み、午後は魔法実習室に場所を移しての実技試験が行われる。


 特に実技試験は相当詰め込まれた内容らしく、昼から深夜まで続くことすらあると言う……。


 (実技はともかく学科……いや、それより何より試験官が誰になるか、なんだよな)

 

 騎士生進級試験の試験官は各年ごとに入れ替わる。


 学科を規範として重んじる者、実技こそ全てと諭す者。


 担当官によって、その科目の試験難易度は大きく変わる。


 学科試験には答案用紙があるし、事前に用意された問題も存在する。


 授業でその範囲も指定はされるが、途轍もなく広い。 


 とはいえ、一学年からしっかりとこなしてきたアリシアやダルケン達にとってはそこは大きな支障とはならないが、彼らであっても容易とは言えない訳がある。


 それこそが試験官という存在なのだ。


 去年は二回の学科、それも問題自体に魔法がかけられており、答えの欄に記入するまでの時間経過で問題そのものが変わるといった厭らしさだったとも聞く。


 扉を開け教室へ入ると、すでに多くの騎士生は席につき、最後の追い込みをかけていた。


 アリシアは笑顔で「おはよう、ハルセ」と手を振り、ダルケンは朝からすでに机に顔を埋めて寝ている。


 俺はアリシアに挨拶を返しながら席につくと、今日の試験官について話を切り出した。


 「なぁ、アリシア。試験官が誰かって予想はつかないのか?」


 「うん、それは難しいかな。だって、別に騎士団の人って決まってるわけじゃないみたいだし」


 「ん? そうなの? それは初耳だな。てっきり学校内の教士で年毎に交代でやってるのかと思ってたんだけど。アリシアもそう言ってなかったか?」


 「ああそれね。でもよくよく考えてみたら昨年の試験官はリオ様だったし、違うかもって」


 「まぁ確かにリオハルトさんは教士ではないからな。じゃあ、騎士団全体の中で回すって感じなのかな?」


 「違うよ。そうじゃなくてさ、リオ様は勘違いされやすいけど騎士団所属ってわけではないのよね」


 アリシアに言われて俺は思い出していた。


 光の騎士の異名を持つ一人、リオハルト=エストバル。


 彼はあくまで王の側近だ。


 剣の腕も立ち、闘技大会でもその頂に君臨し続けるほどの実力者。

 

 (団長と同じ光の騎士、それに剣聖……勘違いされても仕方ないよな。騎士団内でもちょくちょく見かけるうえに、城内の近衛騎士を指揮しているわけだし……)


 ガラッ──始業を告げる鐘の音とともに教室の扉が開いた。


 「起立!」


 学級長の声で騎士生が一斉に立ち上がり、教壇に上ったミラモルに対して一礼をし、再び椅子に座る。

  

 「さぁさぁ、お待ちかねの進級試験がやって来ましたね。では、早速ですが本日の試験官を紹介いたしましょう。どうぞ、入ってきてください」


 ガララッ。


 今度は教室の後ろの扉が開いた。


 「じゃあ、失礼するよ」


 (──女?)


 騎士生が振り向く先──そこに立つ者。

 彼女こそが今日俺達の担当を務める試験官だ。

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