第156話 迫る、騎士生進級試験

 ガルベルトとメリッサが会合を終えた頃、士官学校での騎士生進級試験はいよいよ明日へと迫っていた。


 「ふぅ~やっと終わった……やれることは全部やったな」

 

 アリシアの熱烈指導が始まって9日目を迎えた朝。

 俺は両手を上に伸ばして大きく背筋を反った。

 

 「さてと……片付けるか」


 机上は勿論、床一面にまで散らばった本の数々がこれまでの日々を物語る。


 一言で言うなら、過酷という二文字が相応しいだろう。


 中でも睡魔との戦いは熾烈を極めた。

 昼間は実戦づくめで体力的にハードなミラモルの授業。


 そして夜はひたすら本を黙読し、これまで何度も解いて来た問題をただ反復するだけの苦行。


 アリシアが来て三日目辺りまでは、手取り足取り指導も受けていたし、本の内容もどんどん移り変わっていた。


 始めはまだ分からないことだらけ……ある意味新鮮でよかったのだが、それ以降は本も同じなら問題も同じ。


 『試験対策の鉄板は反復よ! 私が教えられることは全てやった。後は集中して自分と向き合いなさい。さぁ、これを全て暗記するまでやり続けるのよ』


 俺は彼女に言われたとおりに後は繰り返し、脳内へ刷り込んでいくだけの日々を送った。 


 地味だった……。


 とにかく地味すぎる毎日だった。


 机に磔でただただ暗記するだけのベリーハードな状況は、窓から覗く夜の景色も相まって疲労困憊な体を机へと誘った。


 単純な話、俺は後半戦、毎日問題を解きながら寝落ちしていた。


 アリシアはそんな俺を見かねて、


 『ふぅ、まったく。時間がないと言ってるのに……仕方ないわね』


 と、問題集の直ぐ上にどこからともなく持ってきた、鋭い針が立ち並ぶブラシをそっと置いた。


 『フフフッ』


 俺は彼女の微笑みに戦慄した。

 毎晩うつらうつらしながらも、目の前には来るなら来いよと言わんばかりに、鋭利に光る針山がこちらを向いて突き立っている。


 しかし、それでも俺は勝てなかった。


 『はぎゃー!』


 『もう、ハルセったら……これでもダメなの?』


 俺は毎晩のように針が頭に刺さって悶絶し、アリシアはその度に回復魔法をかけてくれた。


 そんな危うい彼女だが、ただスパルタなだけではなかった。


 ここにある多くの本はアリシアが自室から持ち込んだものだ。


 彼女は部屋に本を取りに戻るたびに、手作りの夜食も一緒に持ってきてくれた。


 頭を使えばお腹も空く。

 俺は飲まず食わずで、夜を徹することを強要されていたわけではなかった。


 それに、寝る時間は明らかに減ったとはいえ、


 『学んだことは少しでも寝て、記憶として定着させなきゃダメなのよ』


 と、必ず寝るように仕向けられていた。


 居眠りは許されなかったが、アリシアは意外に優しい。


 でも、そうは言っても眠いものは眠いのだ。



 そして今日も時は流れ、学校の授業が始まった──。



 「いっ、てぇー!」


 俺は今まさに、ミラモルの魔法で叩き起こされ悲鳴を上げていた。


 隣を見れば、嘲笑うダルケンの姿。

 前の席からは心配そうにアリシアが見つめている。


 そして、教壇ではミラモルが腕を組んで睨みを利かせていた。


 「ハルセ騎士生、最近の貴方はたるみすぎですよ!夜更かしせずにちゃんと寝てれば私の話は聞けるでしょう。毎晩、毎晩、何をやっているのやら……それとも何ですか? 私の授業がつまらないとでも言いたいのですか?」


 「い、いえ、そんなことはありません。つい……」


 「ついもつんもありません! これで何回目ですか! 先生、もう飽きちゃいましたよ。目覚ましに校庭10周、さっさと行きなさい。全力疾走ですよ!」


 ミラモルの言うとおり、こうして教室を後にするのも何回目だろうか。


 俺が毎夜、アリシアの特別授業を受けていることなど到底言えるはずもなく、居眠りのたびに校庭へのGOがかかる。


 (まったく、規則、規則で厳しすぎるんだよなぁ) 


 寮内の規則は厳格なものだ。

 門限以降、外を出歩くこと原則認められておらず、男女が同じ部屋で一夜を過ごすなど最大級にあってはならないことだ。


 (まぁ、これは規則以前の問題だが……)


 ああ見えて情に厚いミラモルのことだ。

 俺が毎夜、試験対策に明け暮れているといえば、きっと部屋に押しかけてくるに違いない。


 (本来なら先生に教えてもらったほうがいいのかもな。でも、アリシアの勢いだと、夜がダメなら早朝とか言い出しそうだし。そうなるとマジで寝れなくなる……)


 仮に今、アリシアとミラモルが鉢合わせにでもなれば、世界の終焉以前に俺の騎士生人生が終わりを告げる……。


 世界の存亡がかかっていても試験が免除されることはなかった。


 それくらい法律や規則というものが徹底されているのが、このアズールバル王国であり、その最たるものこそ王国騎士団なのだ。


 (はぁ……何で俺が居眠りすると見つかるんだろ? ダルケンなんてしょっちゅうなのに。意外とアイツは見つからないんだよな。何か居眠りにコツでもあんのか? いや、その前に俺がここにいるのって一年だけって話じゃなかったっけ? え? 俺って進級すんの?)


 息継ぎに混じりあう深い溜息。

 俺は気だるい体を何とか従わせ、校庭をグルグルとゆっくりと回る。


 ミラモルは全力でと言っていたけど、もう何度目かも忘れるくらいに走らされている。


 (毎回毎回、先生も監視なんかしてるわけないよな。手を抜くとこは抜かないとやってられないよ)


 そう軽く考えていた俺だったが、彼の目を欺くことなど出来なかった。


 「ハルセ騎士生! 何をちんたらと走っているのですか! 次は実習! 貴方も早く来るのですよ!」


 四階にある教室の窓から高らかに叫んだミラモル。

 校舎中に響き渡りそうなその声に押され、俺は残り5周を全力で走り抜いた。



 ◇◆◇



 一方、その頃、メリッサと別れたガルベルトはとある場所へと向かっていた。


 鳥の囀りが耳に心地いいリズムを届け、深緑に茂る木々の香りが風に流れて呼吸に混じり合う。


 そんな自然豊かな場所。

 ここは、リフランディアの聖丘都せいきゅうとユールスニカから少し外れた森の中。


 彼は暫く歩き、開けた場所で少し休息を取っていた。


 「ふぅ、この森で合っているだろうな。私の聞き間違いでなければいいが、念話もあれから全く繋がらぬ。だが、彼女のことだ、心配はなかろう」


 ガサッ……。


 その時、ガルベルトの背後で草木が擦れる音がした。


 彼は咄嗟に腰を上げ、黒斧を構えた。


 「──何だ、この空気……明らかにモンスターとは違うな」


 風の音、草木の息吹、自身の呼吸音。

 それ以外、何も聞こえない静寂が流れる。


 ガギィーン!


 全ての音が動き出す合図。

 凄まじい鋼の犀利な衝撃が、彼の手を伝って踏みしめた地面へと伝わっていく。


 だが、ガルベルトの表情は相反して緩んだ。


 「ふっ、この短期間で一体何があったのだ。素晴らしい成長だぞ、ルーチェリア殿」

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