第152話 ガルベルトの深き闇

 「貴殿の娘?!──まさか、その話をここで持ち出すということは……」


 突然の話に戸惑いを見せるメリッサ。

 ガルベルトは瞬きすらも忘れ、力無き眼でただ一点を見つめていた。


 「ああ、メリッサ殿。貴殿が見たという女……いや、まだ女と呼ぶには幼いものだ。その少女は私の娘、名をミカヅキという」


 「……!」


 彼の目に偽りの影はない。

 これは純粋な真実であると悟った彼女は、ガルベルトからゆっくりと視線を外し、テーブルに両肘をつきながら俯き、口を噤んだ。


 「私は手紙を読み始めて間もなく、絶望した……これは、彼女が今際の際に書いた最後のものだということに気づいたからだ。数枚に渡る手紙の半分以上は血で赤く染まっていた。涙と混ざりあったのだろうか……最後の方はもう、まともに読むことすら出来なかった」


 ガルベルトの目には涙がこみ上げる。

 彼はメリッサに見られぬよう、後ろを振り返り、顔を拭った。


 「すまぬな、思い出してしまった。ふぅ……」


 感情を保つため大きく息を吐き、ガルベルトは話を続けた。


 「……だが、ほんの僅かな希望もあった。彼女が残してくれた私達の宝は生きている。そして今になって、娘はジアルケスによって育てられたということを知った。彼女を殺した、あの忌々しい血に飢えた狼の手によって……」

 

 彼の言葉にメリッサは顔を上げ、大きく目を見開いた。


 「ジアルケス?! 獣王騎士団副団長のあの男か」


 「ああそうだ……ヤツは私の追放処分では飽き足らず、抹殺することを望んでいた。目的のためなら、何でもやる男だ」


 「……手紙にあったのか?ヤツの名が……」


 「いいや、そうではない。私が今ここにいるのは獣国へと渡っていたからだ。見つかれば戦いは避けられぬが、そんなことはどうでもよかった。彼女は何故、死ななければならなかったのか、その命を奪ったのは誰か……知り得たところで、彼女はもう戻ることはない。だが、事実をどうしても突き止めたかったのだ。娘のこともそうだ。知らなかったとはいえ、これ以上、放っておくことなど出来ぬ」


 ガルベルトは目の前の木製コップを手に取ると、ギシギシと音を響かせながら、一口、乾いた喉を潤す。


 メリッサは彼の言葉に頭を悩ませた。

 ガルベルトの心に寄り添いたいと思う反面、王国騎士団長の立場として、獣国との新たな火種を生み出すわけにはいかないからだ。


 「そうか……これからどうするつもりだ? 」


 「まだ、分からぬ。追放処分が下されたあの日、私はすべてを忘れることを決めた。周囲を危険に巻き込むわけにはいかないと。それに彼女、ミゼルアのことは誰にも知られていないはずだった。だが、私の考えが甘かったのだ……元従士の一人はそのことに気づいていた……」


 「では、その者に話を聞いてきたということか?」


 「ああ。しかし、彼を責めることなど出来なかった。あれからすぐに、ジアルケスは私の行方を探るため、元従士達を拷問にかけていた。彼らにも家族がある。大切なものを奪われるかも知れぬ恐怖を前にすれば、口を割るほか道はなかったはずだ」


 ガルベルトの話に耳を傾け、メリッサは事情を整理した。


 彼女は毅然とした態度で彼に伝えた。


 「ガルベルト殿、ここからは王国騎士団長として言わせてもらう。貴殿の気持ちは理解できる。最愛の人を奪われた塗炭の苦しみは耐え難いものだろう。だが、私情に王国を巻き込むわけにはいかない。獣国を追放された身でありながら、その地へ舞い戻ることがどれほどの危険を冒しているかは分かっているな? 貴殿は王国が認めた捕虜身請け人、言わば国民として認められた立場。我々アズールバルが、敵国に密偵を送り込んでいると思われても不思議ではないのだぞ」


 メリッサの言葉を静かに受け止めたガルベルト。

 彼は謝罪の言葉とともに、メリッサの危惧を否定した。


 「もちろんだ、分かっている。すまなかったな……だが、貴殿が思うようなことには決してならない」


 「なぜだ? 何故そう言い切れる?」


 「それは……獣王と私の関係からだ」


 「獣王と貴殿の? 王とそれに仕える騎士という立場ではなかったのか?」


 「ああ、そのつもりだった──だが、事実は異なる。私はこれまで一部の記憶を失っていた。いや、正確には封じられていた。私の母は、獣王の娘だ……」


 「母親が獣王の……って、それは?!」


 ガルベルトの口から語られた驚愕の事実。

 メリッサは驚きのあまり、テーブルに手をついたまま体を固めた。


 「……私は獣王の娘と獣騎士であった父との間に生まれた。幼き頃は幸せだったが、あるとき、父は何かに取り憑かれたかのように狂った、そして──母を殺した……」


 ガルベルトはその表情を険しくし、メリッサは自身の中にある情報との齟齬に心を乱されていた。


 彼女はこれまで、ガルベルトについて長年に渡って調べ上げ、頭の中に蓄積してきた。


 それは因縁の相手だからというわけではない。

 元獣王騎士団副団長ガルベルト=ジークウッドという男は、国家間の争いだけで憎むべき存在に収まるものではなく、彼女にとっての憧れであり、刃を交える度に、その一撃一撃に誇り高き高揚感を抱いていた。


 倒すべき敵であったのは間違いないが、それでも自国だけでなく、この世界を愛し、争いを終わらせるために戦っていた彼の姿にメリッサは大きく感銘を受けていた。


 それはいつしか、愛おしい気持ちへと変わり、未だ彼の全てを知りたいと様々な情報を集めている。


 宿敵であった過去から今に繋がるガルベルトの全て──。


 メリッサはガルベルトの多くを理解しているつもりだった。


 けれども、彼の口から語られたことは、これまで聞いたことのないものばかりであった。


 「……娘を殺された獣王は、その場で父の体を斬り倒した。横たわる母の上に、分断された父の体が血飛沫をまき散らしながら転がった。一瞬にして両親が血塗れの骸となって私を見ていた。ショックからか、気を失った私が次に目覚めた時には見知らぬ場所にいた。ここが何処なのか、何一つ持たず、身に纏うのは布のローブが一枚のみ。あの時の私はまだ物心がついて間もない頃、おそらくは2、3歳といったところか……彼に出会わなければ今の私はなかっただろう」


 ガルベルトの口から語られた過去は重く、悲哀に満ちていた。


 メリッサはそのあまりの凄惨さに、返す言葉すら見つからなかった。




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