第151話 過去からの手紙

 「うっ……あれ? 寝てたのか……ま、眩しい──」


 瞳の奥まで差し込む温かな光。

 俺は眩しさで顰めた顏を軽く叩いて、外を見た。


 同じ目線に朝日が浮かび、まるで窓枠に収まる景色が絵画であるように、遠くに見える街並みを煌々と照らし出している。


 「もう朝か……今日も一日、普通に授業だし、ふああ~寝落ちしそうだ」


 と、あくびをしながら両手を上げ、背筋を伸ばした。


 どうやら俺は問題集にKOされていたようだ。


 椅子から立ち上がろうと、重い腰を上げたそのとき、何かが落ちる音がした。

 

 バサッ……。 


 音の方に目をやると、床に落ちた一枚のブランケットがある。


 「ふっ、あいつ……」


 きっと、風邪をひかないようにとアリシアが気を利かせて掛けてくれたのだろう。


 俺はそのブランケットをサッと拾い上げる。

 

 「あれだけ寝かせないと言ってたけど、優しいやつだな。そういえば、居ないか。アリシアもさすがに部屋に戻っ……」


 俺はハッとした──何とも言えない、異変を感じたのだ。


 そして、あることに気づいた。

 

 (あれ?……なんかおかしい……ん? ベッドの上、盛り上がりすぎじゃね?)


 中でシーツが丸まってるにしても、明らかにデカい。

 不思議に思った俺はゆっくりと近づき、一気に毛布を捲り上げた。


 「おわっ?! アリシ……」


 目に飛び込んできた光景に、俺は思わず両手で口を塞いだ。

 そこには、ちゃっかりパジャマに着替えたアリシアが、俺の枕を大事そうに胸に抱えて眠っていた。


 「うぅ~ん、ハルセったらぁ~……そんなほにょ~はらぁ~」


 「……」


 一体、どんな夢を見ているのか……俺の名前を寝言で呼んでいるし、枕にめちゃくちゃほおづりしている。


 俺は無言のまま毛布を掛け直し、手に持つブランケットを折りたたんで枕代わりに、彼女の頭もとへと静かに置いた。


 (ったく、しょうがいないやつだな。まだ早いし、このままにしておくか……)


 こうなっているのも、本を正せば、俺が原因でもある。


 目前に迫った騎士生進級試験、それを突破出来なければ世界が終わるかも知れないという重大事変……。


 何故そうなるのかなんて、俺にだって分からないが、確かなことはただ一つ──今のままでは試験に確実に落ちるということだけだ。


 そこに現れた救世主アリシア。

 俺の専属家庭教師として、昨夜も遅くまで奮闘していた。


 (きっと張り切りすぎて疲れて寝落ち……いや、パジャマに着替える余裕はあるから違うか……)


 机に戻った俺は、早速、ペンを片手に問題集と対戦を始めた。


 「さてと……この問いはこれだろ。あ、これもアリシアが言ってたな。次は、これ──」


 俺はしばらく、時間を忘れて集中していた。

 問題を解き進めるうちに、口元には自然と笑みが零れていた。

 つい昨日までチンプンカンプンだった問題がたった一夜で解けるようになっている。


 「よし、いける! イケるぞこれは! 気合を入れてやるか。アリシアの言うとおり、時間がないからな」


 俺は自らを鼓舞し、アリシアが積み上げていた問題集の残り全てを片付けた。


 今ならきっと、炎が揺らめくほどのやる気が、アリシアの目にも映っているかもしれない。


 「ん~……ハ、ハルセ、こんなところで、そんなぁ~はにゃむにゃむぅ……」


 いや、彼女はまだ夢の中にいた。

 

 (そろそろ起こすか。もうすぐ起床整列の時間だし、パジャマのまま走らせるわけにもいかないからな……)



 ◇◆◇



 共生国家リフランディアにある町【アレステラム】。


 獣国ルーゲンベルクスとの国境に位置する、要所の一つだ。


 とはいえ、国境の町ジルディールのように、巨大な門と城壁を挟んで睨み合う空気感はここにはない。


 門は解放され、獣人やエルフ、ドワーフたちが仲良く酒を交わして肉を喰らい、出店も多いに賑わっている。


 王国からは遠く外れ、獣国との交流が盛んなせいか、人間の姿はあまり見られることがない。


 そんな中、珍しく一人の人間が、獣人へと接触していた。

 

 「──そうであったか。まだ三期ほどしか経っておらぬが、元気でやっているようで安心した」


 「貴殿は心配性なところがあるからな。学級クラスの皆とも打ち解け、今は試験に向けて頑張っている最中だ。来年以降も進級してくれるとこちらとしては心強いがな。あ、後……私も貴殿と久方ぶりに会えて……う、嬉しい」


 「それで、こんなところまで貴殿自ら出向いてくるとは、楽しい話ばかりではないのだろう? 念話では話せないことか? メリッサ殿」


 「ふっ、鈍すぎる貴殿であっても、さすがに気づくか。念話では少し不安があってな。ガルベルト殿」


 酒場内の隅にあるテーブル。

 互いに顔を合わせ話込んでいたのは、王国騎士団長メリッサと修練のための遠征に出ていたはずのガルベルトであった。


 「それにしても、先程からこちらの話がはぐらかされているのは気のせいか? 貴殿が何故、一人でリフランディアにいるのか。ルーチェリア殿にルーナ殿はどうしたのか、本題の前にそれくらい教えてくれてもいいだろう?」


 「そうだな……今は、ある人物に預けているのだ」


 「預ける? 彼女たちをか? それは、何か目的あってのことか?」


 「無論、修練のためだ」


 「……修練か、相変わらずのようだな。だが、それならば尚更、貴殿もともにいるべきではないのか?」


 「今は彼女に任せていればいい。それよりも先ず、貴殿の用件が聞きたい。火急のことなのだろう?」


 ガルベルトは両肘をつき、掌を組んで口を覆った。

 メリッサは彼の目に隠された何かを感じながらも、あえて追求はせず、話を進めた。


 「わかった。では、私の用件から先に伝えよう──この風月の間にも、我が王国内では大きな事件が立て続けに起きている。貴殿の耳に届いているかはわからないが、一つは騎士団本部への襲撃事件。そしてもう一つは、獣国の手先と思われる女が騎士団に潜入していたこと……今日ここに来たのは、貴殿にどうしても聞いておかねばならないことがあるからだ。その女のことについてな」


 彼女の話にガルベルトは、眉をひそめて答える。


 「そうか、そのようなことが……生憎、どちらも初耳だ。私では力になれそうにない。済まぬな……」


 彼は何かを知っている──この瞬間、メリッサはこれまでとは違うガルベルトの態度に、そう確信を抱いた。


 「ガルベルト殿、私は光魔法で、何者かによって斬り捨てられたラウルヘッドの死骸から記憶を読み取った。そこで見たんだ。潜入した女が貴殿と同じ技を使った。烈風連鎖刃──あれは、貴殿が編み出したもの。私と刃を交えていたあの頃、貴殿はそう高らかに猛っていたではないか」


 目線を下げ、深くため息を漏らしたガルベルト。 

 そして、重い口を開いた。


 「……半期ほど前のことだ。一通の手紙が私宛に届いた。それは、私が愛した彼女からのものだった。手紙はもう色褪せていた。それもそのはずだ。ちょうど私が、王国から追放されて半年が経った頃に書かれたものだった。そこにはこうあった……『貴方の娘が生まれた』と──」

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