王国騎士団編 - 謳歌の間奏 -
第150話 教えて! アリシア先生
机に置かれた一冊の問題集。
雷光魔将サンダーバードとの遭遇から数日経ったある日、俺は頭を悩ませていた。
(……ダメだ、全く解けない)
世界の謎と同じく、目の前の謎もかなり難解だ。
俺は窓から見える夜空に溜息を吹きかけながら、ゆっくりと遠くを見上げた。
そう言えば、あの時、
『世界の崩壊。お前にはその瞬間を見届けてもらう必要がある』と。
俺にはその言葉の意味が理解出来なかった。
それは、もはや止めようがないことなのか──それとも、闘技大会の決勝まで進みさえすれば、食い止められることなのか。
どちらにしろ、今はこの問題集を解く以外に道はない。
俺は眠たい目を擦りながら、ぼんやりとペンの先を眺めている。
コンコンッ──。
もうすっかり闇夜が包む夜更け。
そんな時間に扉をノックする音が響き、扉の奥からは「私よ、ハルセ」とアリシアの声が聞こえた。
俺は「ちょっと待ってて」と返事をしながら椅子から立ちあがると、入口へ向かい扉を開けた。
「どうしたんだ? こんな夜遅くに」
「うん、ごめんね……でも、気になっちゃって。ここのところ、何か思い悩んでる様子だったから。もしかして進級試験のこと?」
アリシアの予想は概ね当たっている。
俺は今まさに二つの謎に追い詰められ、そのうち一つがまさにそれだ。
昨日あった抜き打ちテストは15点──もちろん、100点満点中の話だ。
学科試験の出題の多くは、騎士に特化した専門知識が大半を占める。
言い訳になるかもしれないが、三年から編入したばかりの俺には初めて見聞きすることばかりだ。
その上、配点についても大きな問題がある。
魔法に関する知識については自信はある──けど、一問一点。
この15点の内訳も、多くは魔法に関する出題で得たものだ。
かたや、騎士としての専門知識は一問辺り10点と、その差はとてつもなく大きい。
唯一自信のあった問題でも、△で5点だった。
結局、専門知識で完璧にとけた問題は一問もなかったということだ。
答案を受け取った俺が机に顔を埋めていたことを、アリシアは気にかけていてくれたのだろう。
「ハハッ……ごめん、余計な心配かけちゃったかな。情けないことにさ、抜き打ちとはいえ惨敗だったんだ。本番はもう来期だし、正直、参ったよ……」
俺の知識は壊滅的だった。
もう笑うしかない状況に、アリシアが両掌を握りしめながら、笑顔でこちらを見上げた。
「大丈夫、ハルセ。あなたには私がいる。学科試験の対策くらいど~んと任せてよ! 必ず私が試験突破に導いて見せるわ」
「お、お~っ?!」
俺の口からは思わず、感嘆の声が漏れ出る。
何と神々しいのだろう。
眩しすぎる自信と未来を見通せるかのような希望溢れる眼差しに、俺は初めて、神様って本当にいるんだ、と都合のいい信仰心を心に芽生えさせた。
俺は絶望から息を吹き返し、やる気を声に乗せて願い出た。
「はい! アリシア先生! ぜひ、俺にご教示をお願いします!どうしても合格したいんです!」
その言葉に機嫌をよくしたアリシアは、鼻先を人差し指でさすると、腰に手を当て胸を張った。
「フフーン、学年一位の実力、見せてあげるわ。じゃあ、さっそく入るわよ」
「え? さっそく? 今から?」
彼女の猛烈な勢いを止めることは出来なかった。
俺はアリシアに部屋の中へと押し込まれるようにして戻った。
だがそのとき──。
「あっ?!」
「──危ない!」
アリシアが足元に転がっていた本に躓いた。
俺は咄嗟に彼女の腰に手を回し、抱きかかえるようにして倒れ込んだ。
ドスンッ。
気づけば俺は天井を見ていた。
胸辺りには温かく柔らかな感触が寄り添っている。
「だ、大丈夫か?」
「うん……」
「そっか。それならよかった……ふぅ──」
俺はアリシアの返事に安堵の溜息をつく。
そして、起き上がろうと彼女の肩に手を当てた次の瞬間、急に顔を上げたアリシアの鼻先が、俺の唇に触れて急接近した。
互いの吐息すらも肌で感じられるほどの距離。
夜の静けさとも違う、音が消えてしまったかのような空間に俺たちは取り残された。
体は固まったように動かなかった。
そんな中、先に口を開いたのは彼女のほうだった。
「もう、ハルセったら、こっちの授業もして欲しいの?」
「えっ……?!」
その言葉にハッとした俺はアリシアを跳ねのけ、勢いよく起き上がった。
彼女はその反動から、ドンっと後ろに倒れこみ尻餅をついた。
「いたたた……ハルセったら、そんなに照れなくてもいいのに」
「ご、ごめん!」
俺はアリシアの手を取り、慌てて引き起こす。
「大丈夫か? それにしてもビックリするだろ? あんまり軽々しくそういうことを言うな。勘違いするヤツもいるからな」
「へぇ~心配してくれるんだ。でも、私はハルセなら──」
「……えっと?」
これ以上話を引き延ばすのを避けたかった俺は、
「あ、そうだそうだ! よし、とにかく勉強、勉強! 試験まで時間がないからな」
と、すぐさま本を拾って机へと向かう。
「あ~あ、残念。私なら、よかったのになぁ~」
しくじったと顔に書いてあるアリシアの表情。
彼女は不満を漏らしながら、俺の隣に椅子を並べて腰かけた。
「……だからさ、アリシア。ちょっと近すぎるよ」
「え~そうかなぁ~? ま、いいわ。早速始めましょ」
俺が腕を動かせないほどに体を密着させてくるアリシア。
これではペンを動かすことすら叶わない──いや、この状態で動かすのはそれこそ危険だ。
俺の訴えなど右から左に受け流し、彼女は机の上の問題集をパラパラと捲った。
「それで、どの問題が分からないの? 私の予想だと……そうね、この辺りかな~」
「……あのさ、すごく言いにくいんだけど、どの問題というか……全部」
「うん?」
「だから、全部……」
俺の返事にアリシアの顔には戦慄が滲んだ。
(えっ?……試験まで10日もないんだけど? 全部って、どういうこと?)
と心の声まで聞こえてきそうなほど、驚きの目でこちらを見ている。
「そうなるよな、ハハハ……俺、実戦ばかりに気を取られてたし、それに、まさか出題範囲が一年生から全部なんて思ってなくてさ……」
俺は苦笑いを浮かべたまま、ポリポリと頭を掻いた。
その様子にアリシアは体を震わせている。
(やばいな、絶対に怒って……いや、待て。あの目は違うな)
「ハルセ! たった今から猛特訓よ! いいわね? 寝る時間なんてないと思いなさい!」
「まぁアリシア、気持ちは嬉しいけど……さすがに10日近くも寝れないのは……」
「じゃあ、早速始めるわ。時間がないの、ハルセは席に着いて」
アリシアは秘めたる情熱を爆発させ、俺の言葉は吹き飛ばされた。
彼女は大急ぎで部屋にある書棚を漁り、次から次へと手に取った本に目を走らせた。
待つこと数分──机の上には壁のように、多くの本が積み上げられた。
「はい、今日はこれ。いい? 出来るまで寝れないからね」
「あ、ああ……」
目が点になった俺と、瞳の奥に炎を揺らめかせるアリシア。
こうして、間髪入れずに、アリシア先生による鬼の猛特訓が開始されたのだった。
すべては、騎士生進級試験合格のために──。
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