第149話 俺にできること
ミラモルはメリッサから重大な事実を告げられていた。
アズールバルに住む全ての国民に関する情報がおさめられた大水晶──そこで確認されたのは、不正侵入の痕跡だった。
メリッサは報告を受け、自ら調査に入った。
膨大なデータがある中で、見つけた痕跡がどこにどのような経路で繋がっているのか。
彼女は魔法を駆使して、その痕跡を辿った。
そしてようやく見つけた先にあったのは、ミヅキ=ローズベルトの国民データだ。
もちろんこれは、許可なく書き込まれた不正なものだとすぐに分かった。
大水晶への情報の書き込みは光魔法によって行う。
ステータスや記憶の転写に用いられる光属性魔法の
星の海のように数えきれない情報がある中で、収められたデータに触れることなく作業を完了させるためには、卓越した技術が必要となるからだ。
魔法にとって最も重要な想像を途切れさせることなく、属性力のわずかな揺らぎを頼りにして、書き込める空間を探し出さなければならない。
ほんの僅かでも他のデータに触れてしまえば、それだけで破損させてしまう。
大水晶へのアクセスを許可された者が、王国内でも数えるほどしかいないのはそのためだ。
しかし今回の書き込みは、その精度が未熟だった。明らかにこれをやったのは権限のない者──破損されたデータが数多くあり、それを辿ることで目的のものを導きだした。
ミラモルはメリッサから、どのような意図があるのかを探るため、しばらく泳がせておけと指示を受けていた。
メリッサは騎士団本部前での騒ぎの時から、ミヅキの力には一目を置いていた。若くしてあれだけの属性力を持ち、更に制御出来る者などそうそういないからだ。
士官学校への入校後もメリッサはミヅキの様子を慎重に観察していた。
度々、感情的になった影響からだろうか、ミヅキの体からは普段は抑えている属性力が、解放されたように溢れ出ることがあった。
しかしその放出は一瞬に過ぎず、周囲の者はわずかな悪寒を覚える程度のことだろう。
だが、メリッサもミラモルも王国では数少ない実力者だ。
その一瞬に気づいていた。
「彼女の属性力は、団長やリオハルト殿にも匹敵する。その力をあの若さで気づかれないほど微弱なものに制御できるなど、たとえ、属性力の扱いに長けたエルフであったとしても至難の業です」
ミラモルは真剣な眼差しで俺を見据え、話を続けた。
「今回のことは起こるべくして起こったこと。この件については、貴方の心の内に留めておいてください──とはいえ、ハルセ騎士生のことです、もう
彼はそう言って、俺の肩を力強く掴んで顔を近づけた。
「うっ……」
思わず声が漏れるほど、物凄い圧だ。
いつもの朗らかで優しい表情は消え去り、教士ではなく騎士の厳しい目に変わっていた。
「はい、す、すみません。ミヅキがいなくなった状況までは……」
「やはりそうですか。いいですか? その範囲に留め置きなさい。これは国家間の機密事項、それ以上、広めるわけにはいかないのです」
俺はミラモルの圧に押され静かに頷く。
その様子に彼は、俺の肩から手を放し背を向けた。
「さて、この話はこれで終わりです。貴方は騎士生なのですから、これより先は学業に専念なさい。それに分かっていますね? 〝騎士生進級試験〟がもう目の前ですよ。闘技大会決勝以前に試験を突破出来なければ、騎士生の大会参加は認められていませんからね」
騎士生進級試験──それは、年に数回行われる生き残りをかけた試験のことである。
その試験内容は担当官によって様々であり、初等科に分類される二学年までは一次試験の学科と実技のみ、三・四学年については一次に加え、実地試験となる第二次試験、そして、五学年は騎士認定最終試験が行われる。
昨年は一次試験が二度あったりと、一回で終わらないこともあるらしく、年に数回と言われているのは、こういった不特定な要因からくるものなのだろう。
合格者は次年度で進級や卒業することができるが、不合格の場合、留年などの甘い処置はなく、そのまま脱落。それどころか、その時点で退学処分が下り、即刻追い出されることとなる。
「え~っと、先生。不合格は退学って、例外なく……ですよね?」
俺は試験の概要を聞き、恐る恐る質問してみる。
ミラモルは茶をズズッと啜り、一息ついて答えた。
「当たり前です。例外なんてありませんよ。たとえ貴方が世界を救う勇者であろうと、退学は退学。試験はそれほどまでに厳格なものなのですよ」
「……いや、でも、今回は事情が事情じゃないですか」
「事情よりも法律が優先されるのは、法治国家であるこの国では当然のことなのです。王国騎士団は国の機関、その内部で行われることは厳しく定められています。よって、試験内容を変更するにも法改正が必要となる。さすがに、そんなことをしている猶予はありませんね」
「でも……」
「でももへッチもありません。そもそもですが、試験を突破出来ない程度の者が大会決勝になど到底進めませんよ。試験は一次と二次、両方の総合採点となります。貴方は学科は不安ですが、実技や実地は気を抜かずいけば、問題はないでしょう。ただし、学科も赤点だけは取らないように」
「あの……仮にですよ? もし赤点を取ったら、その、どうなるんですか?」
「それこそ、世界の崩壊ですかね、ンフフフ」
口に手を当て声を押さえて笑うミラモル。
かたや、俺の顔は青ざめていた。
(……が、学科って、俺、小テストでも赤点なんだが? 全然笑えない)
頭を抱えて悩む俺に、ミラモルは自身が身につけていた首飾りを外し、そっと差し出してきた。
「ハルセ騎士生。貴方にこれを預けておきましょう」
木製のフレームに石が埋め込まれたトップ。
それを麻紐のようなもので結わえてある簡素な作りの首飾り。
俺は両手でそれを受け取り、これが何なのかを尋ねる。
「ふっ、まさか男から首飾りをもらうなんて思ってもいませんでした──って、先生が預けるというからには、何か意味があるものなんですよね?」
「ええ、もちろんですよ。それは貴方を守るお守りです」
ミラモルから受け取ったその首飾りは、初代八傑星の手によって作られたものだという。
中心に白く輝く石は魔石。その石には光魔法による強力な防御結界が籠められていた。
窮地の時に衝撃を与えることで発動する構造自体は、他の魔石と同じようだ。
八傑星は皆これを受け継ぎ、最後の命綱的に持っているとの話だったが、俺は「ん?」と小首を傾げた。
「あの、先生は八傑星ではないという話でしたよね? なぜこれを先生が? 」
「ええそれは、元々、歴代の団長が受け継ぎしものです。ただ、星命三学年の担当教士かつ、貴方の監督を任されている以上、何かあったときのためにとメリッサ団長から渡されていました。極域の力が暴走などしたら私の命がいくつあっても足りませんからねえ」
片方の眉を吊り上げ、意地悪に目を細めたミラモルに俺は、「そ、そうだったんですね……。でもいいんですか? こんな大切なもの、俺が持っていても」と切り返す。
「ええ。ですから断じてあげるわけではありませんよ。ただ現状を考えてみてください。貴方が極域の力を身につける以前に、敵は待ってなどくれません。その証拠に雷光魔将は貴方に接触をしてきた。しかも言語を話せるほどに力を取り戻しつつある……。これまで以上に危険に満ちた今、その前線に立つ貴方こそが持つべきものでしょう。本件については私のほうから団長へも話を通しておきます」
俺は手に持つ首飾りを一瞥し、ミラモルを見た。
彼は笑みを浮かべ、「うんうん」と首を振る。
「わかりました。ご厚意に感謝します。そういえば以前、ガルベルトさんから……あ、いえ、お世話になっている方から魔将について聞いたことがあります。魔将は四彗が生み出した、モンスターと魔石の融合体。力の源は四彗の持つ強大な属性力。それゆえに四彗が封印された結果、その源を失った魔将は本来の力を失い、言葉を話すことも出来ないのだろうと」
「ああ~ガルベルト殿のことならもちろん知っていますとも。彼は有名ですからね。それに実際、戦場で刃を交えたこともありますよ。貴方が入校した際の書類にも目を通しましたしね。彼の言うとおり、ルーゲンベルクスの歴史書にはそういう記述が残っているようです」
「ルーゲンベルクスの歴史書?」
「ええ。ですが、私はリフランディアにある歴史書しか直接的には見たことはありません。そこから推察すると、言葉を話したということは魔石とモンスターの間に生じる結合力が高まったということです。要するに、四彗の属性力が以前よりも増している。復活は眉唾物ではないということになりますかね」
四彗の力の強まり──それは、封印に込められた属性力が衰えた証であり、魔将が言葉を話せるようになったのは、モンスターと剥がれ落ちた魔石が再融合を始めたということを意味する。
俺はミラモルの話を聞き、目に見える平和とは程遠い危機が、すぐそこまで迫っていることに改めて気づかされた。
「ハルセ騎士生、その首飾りを忘れぬうちにつけておいてくださいね。いいですね? 肌身離さずですからね」
俺はミラモルに指示されるがまま、すぐにその場で首飾りを身につけた。
正直なところ、修練などの激しい授業で紐が切れないか心配にはなったが、これは切れないらしい。
紐自体にも高度な光魔法が施されていて、ミラモルはおろかメリッサの刃ですらも通さない代物とのことだ。
「では、ハルセ騎士生。何度も言いますが、本件は他言無用ですよ。とはいえ、アリシア騎士生とダルケン騎士生も聞き分けがいいようには見えませんからね。ここから出たら根掘り葉掘り聞いて来ることでしょう。ですから、私から直接話しておくことにします。貴方は教室に戻って、二人に私の部屋に来るように伝えてもらえますか?」
「わかりました、先生。それでは、俺はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
俺はミラモルに一礼し、ゆっくりと部屋を出た。
授業が終わったのか、終了の鐘の音も俺の耳に響いている。
通路を歩きながら、目覚めてから初めて空を見上げた。
青い空がどこまでも広がり、遠くに見える街並みは何事もないように平和を彩っている。
この景色も俺が守っていかなければならないものの一つだ。
大切な仲間を守るのは当たり前、でも、命だけじゃなくて心も守れなければ意味はない。
俺達が生きるこの国、この世界を破壊されては、きっと心は死んでしまうだろう。
悲しみで何も見えなくなる。
命を救い、心を守り、俺は皆で笑い合いたい。
そのために俺に出来ること──。
(ふっ……こんなことを考えるなんて、俺も変わったな。この世界に来て……本当に良かった)
俺は自然と笑っていた。
騎士生である自分に出来ることはそう多くない──だが、今すべきことは分かっている。
決意を籠めてギュッと握り締めた拳。
俺の体は軽やかに、教室へ向けて走り出していた。
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