第148話 変革の時

 俺の肩で、落ち着いた声を響かせる何か。

 月明りに照らされた橋の上、俺はその何かに〝極域の継承者〟と呼ばれたことに動揺していた。


 「どうしたのだ? 体が震えているぞ。今日はお前と語らいに来ただけのこと。心配は無用だ」


 「お、俺と語る……? 一体何を話すって言うんだ?」


 俺は精一杯の冷静さを引き出し言葉にする。

 その返事に、何かが笑った。


 「カフフフ、そう邪険にするな。お前が知っておかねばならないことを伝えるだけだ。もうすぐ、が訪れるということを──」


 「変革の時? これから何かが変わるって言うのか?」 


 「ああそうだ。その日は近い、備えよ」


 「……答えになってない」


 「次の闘技大会、お前が決勝に進めば分かることだ」


 「闘技大会の……決勝?」


 俺の問いをはぐらかしつつ、何かが告げたのは、闘技大会出場を促す言葉だった。


 それも、決勝に進めと。


 「そこで何があるんだ?」


 「残念だが、詳しく明かすつもりはない。それでは私の楽しみが減ってしまうからな」


 「──語らいに来たんじゃないのか?」


 「カフッ、こういうのを語らいというではないのか? 人の言葉とは難しいものだ。それに闘技大会。何故、進んで争うというのか。人間とは理解に苦しむ生き物だな。争いとは殺めることだ。相手の肉体、精神を捻り潰すこと。精霊核を抹消することだ。得るものもなく命を削り合うなど何たる無常か。いや、勝者は蹂躙する喜びに打ち震えるのか。ならば、一定の理解は出来よう」


 何かは独り言のように語り、自分で納得している。


 やはり、俺の読みは正しかった。

 人間を別の生き物のように語るそれは、人ならざる者であることを自ら明らかにしている。


 俺は話の意図を探ろうといくつか質問を投げかけた。


 だが、何かがそれに応じる気配はない。


 (闘技大会の決勝? 変革の時? いったい何を指してる? もう、訳が分からない)


 闘技大会で起こる変革とは何か。

 俺は会話を繋ぎ、それを探った。


 「じゃあ、質問を変える。仮に俺が闘技大会に出なかったり、決勝まで進めなかったらどうなる?」


 「ふむ、それは興味深い質問だ。避けられぬ運命ともいうべきか──それは、世界の崩壊。お前にはその瞬間を見届けてもらう必要があるということだ。よいな、必ず進め」


 俺の問いに、何かが答えた。

 その刹那、眩い閃光が全身を貫き、痺れはまるで雷鳴のような衝撃へと変貌した。


 俺は意識が遠退いていく中、何かの姿を見た。


 肩から飛び立つ一羽の鳥の姿を──。



 ◇◆◇



 「──気がつきましたか?」


 耳に届く優しい声。

 俺の目にはさっきまであった夜空ではなく、無機質な天井が映っていた。


 声のした方向に目をやると、窓辺で茶を啜りながら外を眺めるミラモルの姿があった。


 「それにしてもよかったですよ。風月3期に入ったとはいえ、まだまだ夜は肌寒いですからね」


 彼は俺の学級クラスの担当教士。

 一晩中、行方知れずだった俺を探していたようだ。


 「先生、俺……」


 「まぁ、今起きたばかりです。焦らず、まずはこれで体を温めなさい」


 ミラモルはそう言いながら、香り高いエルリンド茶を手渡してくれた。


 温かいお茶を一口含むと、肩の力がほぐれ、安堵が心を満たしていった。


 「ふぅ……美味しい。ありがとうございます。少し落ち着きました……それと、昨日はすみませんでした」


 俺は昨日のことを謝罪し、身に起きた出来事をミラモルに伝えた。


 彼は思慮深げに顎に手を当て、俺の話に耳を傾けた後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


 「闘技大会に世界の崩壊──私にも何が起こるのか見当もつきませんが、敵の正体や意図が不明な以上、ハルセ騎士生には策略を排して、決勝まで進んでいただくのが賢明でしょう」


 「はい、先生。俺もそう思います。どういった伏線が隠されているかもわかりませんし」


 「後は、君が最後に見たトリスの姿ですか」


 俺が最後に見たあの鳥は、金色に輝くカラスくらいの大きさだった。


 去り際で属性力は抑えていたのか、体から溢れ出る揺らぎのようなものは全く見えなかった。

 

 「その鳥についてですが──君が感じ取った属性力は、あのデモンサイズにも匹敵するとのことでしたね?」

 

 「はい。まだあの頃の俺は、属性力というものを目で見て推し量ることは出来ませんでした。肌で感じたというか……。今回も見ることは出来なかったけど、あの鳥からはその時の感覚に近いものを感じました」


 「……」


 俺の言葉にミラモルは眉をひそめた。

 それが彼の中で、ある核心を突いていたからだ。


 「そうですか。一つだけ、心当たりがあります。過去に読んだ文献の中に、鳥の姿をしたモンスターが出てきました。それは金色の翼に雷光を纏う、輝かしくも恐ろしいモンスターでした。その名は〝雷光魔将サンダーバード〟」


 「ま、魔将?! サンダーバードって、魔雷エルバトールの従魔ですよね?」


 「ええ、知っていましたか。ちゃんと勉強しているようですね、感心感心。ハルセ騎士生の体に感じていた痺れ、一瞬の閃光と衝撃、金色に輝く姿。全ての特徴が、そこに書かれていたものと一致します。雷光を纏っていたというところだけは、貴方の話では不確かですが、まだ四彗が復活していない以上、デモンサイズと同様に完全体ではないからかも知れません」


 デモンサイズに続いて、新たなる魔将が姿を現した。

 俺は昨夜の情景を思い出しながら、頭の中を整理していく。


 「確かに、あれが魔将だと言うなら、あの属性力には納得がいきます」


 「しかし、事態は複雑になってきましたね。嵐斬魔将デモンサイズ、氷晶魔将フェンリル、そして雷光魔将サンダーバード。四彗の復活が間近に迫っているというわけですか」


 「……え?」


 ここまでの話の中で、デモンサイズとサンダーバードの出現までは分かる。


 でも、氷晶魔将フェンリルの話はどこから出てきたのか? その言葉の意味が、俺にはさっぱり掴めなかった。


 「ん? おや、ハルセ騎士生、その話はまだ耳にしていなかったのですか? 風月一期の謎の襲撃時、白銀の巨大なヴォルフが目撃されたのですよ。その獣は青白い光を放ちながら氷の雨を降らせたそうです。さらに空気を凍らせ足場にし、宙を駆けるように去っていったと。あれはフェンリル以外には考えられない──それが、団長含め騎士団幹部内の共通認識となっているのですよ」


 ミラモルが語った謎に満ちた襲撃事件。

 その際、同じ三学年に在籍するエイリットも行方不明となった。

 彼が操る魔法も、冷たい氷を纏うものであった。


 (エイリットの氷魔法にフェンリルの出現……そして今度はサンダーバード。これにはきっと、何かがある──)


 思案を重ねるほどに、俺の心の中での謎はより一層深まるばかりだった。


 「先生、この短期間に起きたことって、何かが裏で繋がってるんじゃないでしょうか? サンダーバードが言った、俺には世界の崩壊を見届ける必要があるって意味も、フェンリルが騎士団本部を襲撃したことも、これから起こり得る何かに繋がっているのかも──」


 「ふふっ、私も考えているところでした。フェンリルが現れたあの日、エイリット騎士生も同時に姿を消しました。彼は属性力自体はほどほどでしたが、水属性に対する類まれな適性を持っていました。そして今回は、サンダーバードが貴方に直接会いにきた。私から見れば貴方もエイリットと同じ。属性力はまだまだですが、地属性に対する適性は非常に優れたものがある。魔将が勧誘でもしているのでしょうかね」


 二体の魔将が、それぞれ異なる騎士生と接触を果たした。


 四彗魔人の起源は、炎と雷を操る二体の魔人にあると伝えられている。


 魔炎ファルドと魔雷エルバトール、この二者の間には、考え方に大きな違いがあった。


 もし今回、俺とエイリットに接触したのが炎獄魔将ドラゴルムと雷光魔将サンダーバードだとすれば、彼らの間には対立があったとも考えられる。


 だが、フェンリルは魔氷リムルスの従魔とされる存在である。


 (魔氷と魔雷。四彗魔人の中で魔嵐だけが、ラーシェルの言葉によれば、魔雷と共に行動している……他の三体は対立しているのだろうか?)


 俺が考えを巡らせている間、ミラモルはエルリンド茶を煎れ直し、深々と椅子に腰かけた。

 

 「さてと、ハルセ騎士生。その議論はまたの機会にしましょう。この場で話しても結論は出ませんからね。団長が戻り次第、要検討と言ったところでしょうか。それよりまずは、丁度いい機会ですから、先日の話をしておきましょうか」


 「先日の話……ですか?」


 「おや、お忘れですか? ミヅキ騎士生の件についてです」

 

 ミヅキ=ローズベルト。

 ジルディールでのギルド任務中、突然、彼女は風魔法を身に纏い、どこかへ飛び去って行った。


 その後の消息についてはまだ分かっていない……。




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