第146話 記憶再生
ジルムンク街道は、王都リゼリアからリフランディアの
王都を出て、その道を北上すると、最初に迎えるのが、ハルセ達がギルド任務で訪れた国境の町ジルディールである。
日が空の頂へと昇った頃、メリッサ率いる王国騎士団の部隊は、ミラモルから報告のあった場所に到着した。
そこにはラウルヘッドの首が無残にも散らばり、死肉に群がる多くのモンスターの姿があった。
部隊はためらうことなく、モンスターを一掃した。
「ったくよぉ、モンスターが群がりすぎだっての。こんな腐った肉を喰いたいかね。ああ~くせぇ、酷いもんだ。お前たちも鼻をつまんでおけ。臭いが染みつくぞ。それにまだ、警戒も解くなよ」
部隊長であるロゼットは、死骸の山に目を向けながら、部下たちに指示を出した。
そこへ、別動隊の騎士が走り寄り、伝令を口にした。
「ロゼット部隊長、団長がお呼びです」
「ん? 団長がか?」
一方、ロゼット部隊長へ伝令を出したメリッサもまた、ラウルヘッドの死骸の一つ一つをじっくりと確認していた。
メリッサは頭蓋骨の損傷が少ないものを探していた。そして、ようやく一つだけ見つけることができた。
多くの死骸が転がっていても、そのどれもが頭を割られ、脳が地面に染み込んでいる。
(これをやったのは、相当な手練れのようだ。この蛇のこともよく理解しているな……)
ラウルヘッドは首を切られただけでは、死ぬことはない。リザードの尻尾のごとく、体はすぐに再生するのだ。
確実に息の根を止めるためには、脳に損傷を与える必要がある。
首を切ることで、一時的に戦闘不能状態を作り出し、そして、頭蓋を割り止めを刺す。
口で言うのは簡単だが、このモンスターは並みの冒険者程度では手に負えない。
それにこれだけの数だ。
手練れの騎士ですら単独では難しい。
一部隊であたって何とかなるレベルだ。
しかしながら、部隊がここで戦いをした報告などは入っていない。
(騎士団内どころか、兵団長からも話は聞いてはいない。と、なると……)
仮に獣国側がやったにせよ、その情報は直ぐに入るはず。それすらもないということは、部隊ではなく少数……若しくは、単独の可能性も捨てきれない。
刀痕と見られる切り口、斬撃の侵入角度、力の程度を秤にかければ、同じ者の手によるものと考えることも出来るからだ。
(いや寧ろ、その線が一番あり得るか──)
メリッサが、地面に転がる首の前で思案していると、伝令の騎士とともにロゼット部隊長が到着した。
「団長! 何か分かりましたか?」
ロゼットの声にメリッサが振り向く。
「ああ、ロゼット部隊長、すまないな。向こうの方はどうだった?」
「はい! 多くのモンスターが死肉に群がっていましたが、全て退治しました。我が隊の負傷者も数名ほどでとどまりました。しかし団長、ラウルヘッドの首を保護するようにとは、一体、どういうことでしょうか?」
ロゼットは胸に手を当て、軽く頭を下げながらメリッサに問う。
彼女は、目の前にあるラウルヘッドの頭をナイフで切って肉を削ぐと、慎重に槍の尖端を頭蓋に当てた。
「ああ、そう言えば、話してなかったかな? これだ。脳の損傷が少ないものを探していた。ここで何があったのか。それを知っているのは、何者かと戦ったこの蛇自身だからな」
「蛇自身……ですか?」
メリッサの言葉に、ロゼットの頭上には疑問符が次々と並んだ。
「う~む? え~と、団長。この事態を引き起こした者を蛇が知っているとはどういうことでしょうか?」
「あっ……話を急いてしまったな、すまない。すでにモンスターが群れていたゆえ、一刻を争う事態であったからな。さて、本題だが、私の光魔法でこの脳に残る記憶を水晶に投影する。おそらく、この蛇は見ているはずだ。己の首を刎ねた相手をな」
「蛇の記憶ですか、そのようなことが……」
ロゼットは驚きを隠せない様子だが、メリッサは着々と準備を進め、自ら持参した水晶を袋から取り出した。
そして、
「記憶の断片を繋ぎここに記せ、
と、光魔法を発動した。
メリッサの指先から真っ白な光が放たれ、頭蓋に開けた穴へと差し込む。
その光は脳の表面を波打つように迸ると、照射方向に構えた、メリッサの手に持つ水晶へと流れ込む。
「こ、これは……」
その光景にロゼットは目を丸くした。
水晶に映し出される色鮮やかな記憶。
メリッサとロゼットは二人並び、その映像に目を凝らした。
◇◆◇
ギルド任務でハルセ達がオーガの群れと激しい戦いを繰り広げていた頃。
獣国ルーゲンベルクスの最大戦力である三獣士にして、副団長を務めるミカヅキは、ハルセ達と別れてラグーム平原北部に来ていた。
ミカヅキは辺りを見渡したが、標的とするガルベルトの姿はどこにも見えなかった。
風属性魔法によって、宙をかけ、北部一帯を何度も探し回った。
今度こそと思っていたミカヅキだったが、その願いが叶うことはなかった。
「またなの? ようやく手が届くところまで来たって言うのに、どうしていつもいつも、貴様は私の手から逃れるんだ!」
ミカヅキはぶつけようのない怒りを大声で叫んだ。
彼女とガルベルトとの間に何があったかまでは分からないが、相当な恨みを持っているようだ。
ミカヅキはゆっくりと地上に降り立ち、気持ちの昂ぶりを押さえるように、深く息を吐いた。
(この辺り一帯にはもういない。やはり、ヤツの家で……いや、ダメね。もう今の状態では、王都に近づくことすら出来ない。メリッサ団長、あの女は侮れない。すでに勘づかれている可能性すらあるしね。はぁ~……どうしても、ガルベルトと聞くと自分の衝動が抑えられなくなる。ここは大人しく、ジアルケス副団長の後始末を待つしかないのか)
ミカヅキは再び、風魔法を発動し、その場を去ろうとした。
だがその時、目の前に飛びかかる大きな牙が目に映った。
ギシャアー!
次々と襲い掛かる牙。
ミカヅキは、足を使って左右に高速で避けながら後方へと距離を取る。
「ハハッ、そうだったね。ここは奴らの縄張り。それも巣だったのを忘れてたよ」
体をくねらせ、とぐろを巻く無数の黒き大蛇。
ラグーム平原北部には、いくつかのラウルヘッドの巣が点在しているが、ここもその一つだ。
「君たちも私と同じ。運がないね。今日の私は最高に機嫌が悪い。ちょっとばかり、憂さ晴らしに付き合ってもらおうかな」
ミカヅキを取り囲んだラウルヘッドの群れが、彼女の声に敏感に反応する。
地ならしのような轟音を立て、一斉に牙を剝きだし迫りくる。
ラウルヘッドの目はほとんど見えておらず、音を察知し獲物を捕らえる。
しかも、その聞き分けも正確で、自然界の音と人為的に作られた音の判別まで出来るようだ。
当然のようにミカヅキはその特性を分かっていた。彼女はすぐに無詠唱で風魔法を発動すると、体を宙に浮かせる。
そして、息を凝らし、離れた場所に連続して無詠唱魔法を放った。
衝撃波が地面に転がる岩を砕き、大きな音を響かせる。
ラウルヘッドの群れは一直線に、その音の方向へとなだれ込んだ。
「ふっ。単純な頭で羨ましいよ。じゃあ、盛大に散れ! 烈風連鎖刃!」
ミカヅキは両手に持った白い斧〝月光〟に深緑の風刃を纏わせると、力一杯に地面に沿って、下から上へと振り上げた。
ズザザザザッ!
地面を刻む斬撃音。
連続して刻まれていくその風刃は、まるで鎖のように連なり進む。
そして、ラウルヘッドの群れを最後尾から間断なく、その首を飛ばしていく。
まるで紙を切るように、緑色の血飛沫を上げながら切り刻まれるその群れを、斧を地面に突き立てたまま眺めている。
「ふぅ~少しはスッキリしたわ。さてと、帝都に戻りますか。ジアルケス副団長、怒ってるだろうなぁ。ああ、ヤダヤダ……」
蛇から読み取れた記憶。
メリッサとロゼットは、顔を合わせ互いに口を開く。
「……団長、確かこの女は、騎士生のミヅキ=ローズベルトでしたよね?」
「ああ、そうだ。実はロゼット、私は気づいていたのだ。彼女がちょうど、学校を訪れる前、国民管理の水晶に不正な書き込みがあった。それが──」
「まさか、彼女のステータスが書きこまれていたと?」
「その通りだ。だが、分かると思うが、内部からの手引きなしにあの水晶への書き込みは無理な話だ。そして、それが可能な人間も粗方察しはついている」
「そ、そうでしたか……他にこの話を知る者は?」
「王都内にいる七傑星だけだ。王にリオハルト、それにミラモル。すまなかったな、内部犯行の可能性から君にも伝えるのが遅れた」
「いえ、それはいいのですが。もう一つ気掛かりなことが……」
メリッサは片手で顎をさすり、空を見た。
彼女も同じことを考えていた。
ミヅキが放った魔技、烈風連鎖刃──。
「分かっている、ロゼット。彼女が使った魔技……あれは、間違いない。烈風牙ガルベルト。あの男が編み出したものだ」
── 魔技紹介 ──
【
・属性領域:中域
・魔法強化段階:LV1 - LV3
・用途:補助特性
・発動言詞:『記憶の断片』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び自身が取りこんだ光を転写する想像実行又は対象者のデータを影として転写する想像実行。
・備考
詠唱者より記憶の鮮明さ等に影響あり。
環境変化の影響あり。
また、転写のみならず、対象者の能力確認としても有用である。
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