第145話 謎の美女エルフ

 ここからは宴会だ。

 俺は用意されていた自分の席についた。


 「おい、隣いいか?」


 「ん? ああ、誰もいないしいいんじゃないか」


 珍しいこともあるものだ。

 ダルケンが俺の隣にやってきて、話し始めた。


 「なぁ、ミヅキの件はどうなったんだ? アイツ、どこに消えた?」


 早速、ミヅキのことだ。

 俺は誤魔化すように答えた。


 「あ、あぁ……先生から聞いてないのか。ミヅキは体調不良だってさ。朝から具合が悪いって言ってたらしい」


 「はぁ? 嘘つけ。ハルセ、お前、あんだけ焦ってたじゃねぇか。ミヅキが消えたって言ってたよな? 体調不良なんて、そんな都合のいい言い訳は通用しねぇぞ。本当のことを言えよ」 


 「いや、俺も知らないんだ……ってのは、本当だけど──」


 「ねぇ、ハルセ。ミヅ、何か途中から元気なかったよね? そのことと何か関係あるの?」


 ダメだ。この二人には隠し切れない。

 そう思った俺は、ミヅキが去った時の状況を思い出しながら、ダルケンとアリシアに話した。


 ミラモルからは後日話しがあると言われているが、詳しいことは何も知らないということも伝えた。


 「あのさ、このことは、俺たちだけの秘密にしておいてくれないか。もちろん、ミヅキのためにもさ」


 アリシアは寂しげな顔で俯き、ダルケンは「その話、また教えろよ」と言って立ち上がった。そして、いつものようにテーブルの隅へと移動した。


 俺はいつもと違って、静まり返ったアリシアのことが気になった。


 アリシアはミヅキを親友だと言っていたし、よく二人で話しをしていた。


 ほとんど女友達がいない彼女にとって、ミヅキは俺が思う以上に特別な存在だったのかも知れない。



 (確かに、信頼している友達が、何も言わずに急に消えたら……そりゃあ、ショックだよな)

 


 俺はアリシアに声をかけようとした。

 だが、テーブル上を叩いた音が俺の手を止めた。


 音がした方向。

 そこにはダルケンが一人、酒のボトルを開けて、コップに勢いよく注いでいた。

 

 ダルケンは酒を口に運びながら、俺の顔を見ると、ゆっくりと首を横に振った。



 (何だ? そっとしておけってことか?)


 

 これは、ダルケンなりの優しさだろうか?

 俺はダルケンの態度に応じるように席を立ち、アリシアを一人にした。



 (このテーブル、酒しかないし、何か飲み物でも取りに行くか)



 俺は酒場のカウンターへ飲み物を取りに向かった。


 その時だった。

 大きな歓声が起こった。


 「うおおおおー! やばっ! お、おい、お前、声かけてみろよ」


 「ばぁーか。あんなの相手にされるわけないじゃないか。お前こそいけよ」


 一体何事だろうか?

 俺は飲み物を受け取ると、総立ちになっている騎士生たちの向こう側を覗いてみた。


 男達が夢中になっているもの。

 それは、一人のエルフだった。


 特徴的な耳はピンと伸びて、星の形のイヤリングが彩を添える。

 紫色の髪は腰まで下ろされ、風もないのに思わず触れたくなるほど、軽やかに揺れていた。


 お酒を運ぶときに微笑む口元や涼しげな目元。

 その全てが色っぽくて、大人の女性の魅力に溢れている。

 まさしく、美女と呼ぶに相応しい。


 俺がそのエルフに見惚れていると、いつの間にか横にいたアリシアに頬をつねられる。


 「い、いってぇーよ、アリシア」


 「もう! 私が目を離すとすぐこれなんだから、ハルセは」


 俺は頬を膨らませたアリシアを宥めながら、自分の席に戻った。


 

 (ははっ、まぁ、アリシアはこうでなくっちゃな)



 どうやら、ダルケンの判断は正しかったようだ。

 いつの間にか、普段のアリシアに戻っていた。


 ときにダルケンはといえば、皆が夢中になっているエルフには見向きもせず、一人黙々と酒を飲んでいた。


 騎士生とはいえ、この世界では16歳で成人。

 お酒も勿論よいとのことだが、前世の記憶からか、俺にはどうしてもしっくりこなかった。


 そんな中、別テーブルの冒険者らしき男達が、そのエルフへと近づく。


 「よぉよぉ、一人で飲んでたって詰まらないだろう? どうだい、一緒に」


 「……」


 「ブヘヘヘヘヘ、たまらねぇなぁ~俺達と遊ぼうぜぇ~」


 「……」


 「なぁ、ちっとばかしイイ女だからって、お高く止まってんじゃねぇのかぁ? さっきから無視ばっかしてんじゃねぇよ!」


 男の一人が、大声を上げてエルフの腕を掴んだ。

 すると、視線を合わせることなくお酒を飲んでいたエルフが、男の顔をチラッと流し見た。


 「おっ? やっと、俺たちと遊ぶ気に──」


 次の瞬間、男の体が宙に浮いた。

 

 「悪いんだけど、強引なお誘いはお断りしてますの」

 

 ダダンッ!


 そのまま床に勢いよく叩きつけられた男。

 彼女はその背を、ヒールで強く踏みつけた。


 「こういう痛いのも、お好きなんでしょう? 喜ぶ殿方も多いみたいですしね」


 「離せ! この糞アマが! いい気になってんじゃねぇ!」


 男達は彼女を取り囲むと、次々と武器を構えた。


 「この女には躾が必要なようだ。てめぇら、やっちまえ!」


 美女エルフ一人に対して、相手は五人。

 男達は一斉に襲い掛かった。


 「面倒ですわね……えっ!?」


 エルフは大きく目を見開いた。

 何故なら、目の前に飛びかかってきた男の顔が歪み、横に吹き飛んだからだ。


 「今日は疲れてるのにな。ダルケン、後ろは大丈夫か?」


 「ああ、女一人に寄ってたかってよぉ。みっともねぇったら、ありゃしねぇぜ。せっかくの旨い酒が、吐き気でゲロマズだ」


 この騒ぎを見かねた俺とダルケンは、エルフの助太刀に入った。


 「んだぁ? こいつらは。邪魔すんじゃねぇよ。怪我したくなかったら、そこをどけ!」


 「はぁ、お前らこそ酒がマズくなるって言ってんだろうが」


 俺とダルケンがエルフを挟むようにして立ち、男達と睨み合っていると、端から男が一人、もう一人と視界から消えていった。


 「ブハハハハ! 騎士生にやられっぱなしっちゃあ、冒険者の割に気合が足りんがね。おいが叩きこんどくがぁ」

 

 

 (あ、始まった……例のヤツ……)



 ギルド長ラドフの気合の張り手。

 ラドフは男達全員を吹き飛ばすと、ご満悦な様子でミラモルの待つテーブルへと戻っていった。


 酒場の端まで飛ばされた男達。

 痛そうに背中を押さえて立ち上がると、悔しさを滲ませながら、酒場を後にした。


 「あ、あの大丈夫ですか?」


 男達が去ったのを確認した俺は、改めてエルフに声をかけた。彼女は驚いた様子で眺めていたが、俺の声にハッと気づいたのか、笑みを浮かべて近づいてきた。


 「え、ええ。ありがとう。もう、お姉さんね、すっごく怖かったの。助かったわ、僕たち」


 「ぼ・く・た・ち?」


 俺とダルケンはエルフの言葉に顔を見合わせた。

 そして俺たちが再び、エルフへと振り向いた瞬間、彼女は二人の頬に、それぞれ軽く唇をあてた。


 「……あっ」

 「なっ!?」


 俺とダルケンの顔は沸騰したように熱くなった。


 そんな二人を微笑ましく見つめたエルフは、


 「貴方達となら是非、お酒をご一緒したかったけど残念ね。先を急ぐ旅なのよね。じゃあまた。会えた時のおあづけってことで」


 と、壁に立てかけてあった弓を手に取り、そそくさと酒場を後にした。


 俺とダルケンは、ただただ茫然とその後ろ姿に見惚れていた。


 すぐ隣には、嫉妬と苛つきで顔を赤くしたアリシアが待ち構えていることも知らずに……。


 それからも続いた俺達の宴会。

 終わったのは真夜中。当然、睡眠不足だ。


 俺は酒は一滴も口にしなかったから大丈夫だが、ダルケンは顔色が悪くて目がうつろだった。


 ミラモルやラドフは酒の勢いで俺にも飲め飲めとせがんできたが、ミヅキのことが気になって、そんな気にはなれなかった。


 今日は王都へと戻らなければならない。

 まだ辺りは真っ暗な早朝。これから町を出て、王都に着くのは昼頃ってところだ。

 

 俺は眠たい目を擦りながら、帰り支度の準備をする。その後、町の入口で、ラドフをはじめとしたジルディールの冒険者ギルドの面々の見送りを受けて帰路についた。


 『ハルセよ、また会いたいがね。次こそは一緒に飲もうが。ガルベルトと三人でよぉ』


 なんて、最後の最後まで酒の誘いって、ミラモルに吞兵衛ってあだ名をつけている割には、ラドフのほうが吞兵衛だと俺は思った。


 王都への街道を歩き始めてしばらくすると、俺たちは前方に黒いものが点々と散らばっているのに気づいた。


 「皆さん! 急いで、私の後ろに隊列を組みなさい」


 ミラモルは警戒し、俺たちに指示を出す。

 騎士生総員で周囲に目を配りながら、ゆっくりと前進する。


 「これって、ねぇ、ハルセ。ヤバいやつよね?」


 アリシアが声を震わせながら俺の腕に寄りかかる。


 目がある、口がある……だが、それだけだ。

 間違いない、これはモンスターの首だ。

 数えるだけでも10、いや20はある。


 ミラモルが「これは、ラウルヘッド」と口にした。

 ダルケンは一人、隊列から大きく外れて、その魔物の死骸を確認している俺たちを見ていた。


 こんなもの、昨日まではなかったはずだ。

 少なくとも、俺たちがジルディールへと向かっていた時には……。


 ミラモルはラウルヘッドの首に目を凝らし、一つ一つ丁寧に調べていた。


 正直、俺は気持ちが悪い。

 それにこの鼻をつく臭いも苦手だ。

 まぁ、好きな奴がいるかどうかは別にして。


 ここまで観察してわかったことは一つ。

 かなり鋭利な刃物で、一撃の下に切り落とされているということだけだ。


 ラウルヘッドは巨大で、その首も丸太のように太い。表面を覆う鱗は非常に硬く、その肉には強い弾力がある。


 一体どんな刃物であれば、一撃で斬り落とせるというのか。


 「さぁ、もういいでしょう。今はこれを処分するにも手だてがありません。それにここは危険です。急いで離れましょう」


 強いモンスターの死骸には、その死臭を恐れないさらに強いモンスターが死肉につられて寄ってくる。


 ミラモルはこの場を急いで離れるべく、騎士生たちに声をかける。


 その日のうちに、無事に何事もなく王都へと辿り着いた俺達。


 予定では午後からも授業があることとなっていたが、急遽、自由研究へと変更された。おそらくは街道でみた、ラウルヘッドの大量の死骸の影響があってのことだろう。


 俺は真っ先にミヅキの部屋を訪ねた。

 ドアを叩いてみたが、中から何も応答はなかった。



 (やっぱり、戻ってないか……どこに行ったって言うんだよ)



 ミヅキのことも、ラウルヘッドのことも気にはなる。


 でも、昨日からほぼ休めていなかった俺は、部屋に戻ると着替えることなく、ベッドに倒れ込みそのまま眠っていた。



 ◇◆◇



 翌朝、王国騎士団団長メリッサが部隊を率いて、街道調査へ乗り出した。


 ラウルヘッドというモンスターは、ギルドではBランクに指定されていた。同じランク帯であるオーガにあっては、俺達が任務を受け、全員無事に帰還した。


 オーガと同等のモンスター調査に、わざわざ団長自らが向かうのは何故だろうか?


 理由はきっと、ラウルヘッドにはなく、その首を一撃の下に斬り伏せた何かにあるのだろう。


 「こんなに早く、団長が動くなんてよ。ハルセ、何か聞いてないのか?」


 「ん? 何で俺に聞くんだよ」


 「お前、団長と親密じゃねぇか。ったく、俺がそのポジション変わりてぇよ」


 俺は朝からダルケンの不満を聞きつつ、メリッサの出陣を見送った。

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