第79話 異世界召喚 その4

 [あ、あ、あ……ラーシェル様、居なくなっちゃいました……]


 [ったくぅ~勝手に居なくなるなよぉ~。こんな夜に、知りもしない森へ入るなんてありえないぜ~]


 [二人とも、どういうことですか? ここはエルバの森です。モンスターも活動が激しくなる時間帯、事は一刻を争いますよ。すぐに探すのです]


 指示を飛ばすラーシェル。その命により、二人は急いで迷子になった人間の後を追う。


 エルバの森は広く深い。無知な異世界人がのうのうと生き残れるほど、この世界は甘くはない。一刻も早くその身柄を確保しなくてはならないが、どの方角へ進んだかも分からない。


 二人はギロギロとした視線を周囲に巡らせ、その手がかりを探している。


 「うーん、居ない……リチェット、呼びかけたらどうかな? ひょっこり出て来てくれるかも知れないぜ」


 「それは駄目、知らない竜種ドラゴンに声をかけられて止まるわけがないじゃない。逆に余計な逃亡心?が芽生えちゃうよ」


 「へぇへぇ、そんなもんかなぁ……」


 森には何とか、道らしきものがあるが、王国が整備した街道ほど整っているわけではない。街から訪れる薬草採りや、何らかの作業をする人間によって切り開かれた林道であり、闇夜の中ではそもそも道かどうかの判別すら難しい程度のものだ。


 異世界人が、この道に沿って歩いて行ったかすらも怪しい。


 「埒が明かない」と、二手に分かれての広範囲の捜索を行うも、その姿は一向に見当たらず、只々時間だけが過ぎていく。



 (早く見つなきゃ、せっかくの召喚が……それに、ラーシェル様がプンプンしちゃう。けど、そんなラーシェル様も見てみたい……)



 リチェットは焦る思い?を胸に、視線を目まぐるしく動かす。


 このままでは、全てが無駄に終わる……。


 表面上、明るく振る舞う地竜二人も、事の重大さは十分に分かっている。


 その最たる理由は、凪夜カームノックスの周期。


 今回の凪夜は、前回から100年以上も経過してやっと訪れた。運よくすぐに訪れることもあれば、これだけの長い時間を要する場合もあって、その周期は定まっていない。


 次にいつ起こるかは誰にも予測できない。

 それはまた、数百年先の未来の話になるかもしれない……。


 二人の心の奥底では、既に余裕すら消えかけている。


 異世界人の姿は依然として見当たらない。

 時は無情に過ぎていく。「神様助けて……」と心に浮かぶ他力本願。


 最早、神様に縋りたくなるほどの不安が、心を支配し始めていた頃、二人の目に映った異世界人の足取り。


 「トリト、これ人間の足跡だよね? 方角は合ってるみたい。行ってみよう!」


 「まだ新しいな……間違いないぜ。急ごう」


 泥濘んだ足下。

 そこに残された鮮明な足跡は、森の外に広がる湖の方向へと続いていた。異世界人の無事を信じ、その跡を懸命に辿っていると、森から抜け出せそうな木々の間が見えてきた。足跡はそのままそこへと続いている。



 (きっと大丈夫!)



 逸る気持ちを胸にひた走る二人。


 もうすぐ出口というところで、バサッという音と共に何かが横から飛び出してきた。


 「お、おわっ!?」


 「ど、どうしたの? トリト、大丈夫?」


 「ああ、大丈夫、大丈夫。ラピードが飛び出してきやがったぜ。俺達こそ、奴を驚かしてしまったらしい」


 その時だった。あの声が静かな夜空に響き渡った。


 「〝獣波斬じゅうはざん〟!」


 「「!!」」


 ここに来る前、森の奥から響いて来た一声。


 「やばいぜ、隠れろ!」


 トリトとリチェットは慌てて木の陰に身を隠すと、声が聞こえた方向に目を凝らした。


 「あれは……異世界人! 無事だったな、よかったぜ」


 「うん、でも待ってよ……あそこにいるのは獣人? 獣国が攻めてきたとか?」


 「いや、リチェット……あれは王都の近くに住んでるやつじゃないか? 街で何度か見たことがある。確か、ガルバとか何とか呼ばれてたような……」


 「確かに、そうね……言われてみれば、見覚えがある気がする。この街じゃ、自由に歩いてる獣人なんて珍しいしね」


 木陰から、静かに様子を見ていた二人だったが、


 「なぁ? そこにいるのだろう? 貴殿らは何者だ? 隠れているのは分かっておるぞ」


 と、あっけなくバレていた……。


 (完璧に気配は殺していたはずなのに……見破るとは、すげぇ奴だぜ)


 二人は覚悟を決め、その獣人の前に姿を見せる。


 「はっ、よく分かったな? バレちゃあしょうがない。その人間をどうするつもりだ?」


 獣人は首を傾げた。

 気のせいか、呆れている表情だ。


 「いや、貴殿ら。この近距離で、あれだけ普通に話をしていれば、気付くのは当たり前だろう? それとこの子だが、少し怪我をしているようだ。こんなところで寝かせておくわけにもいかぬな」


 「うっ……聞こえてたのか。リチェットの馬鹿みたいな大声のせいだぜ」


 「そうね、私が……って、私のせい!? ま、まぁいいわ、そんなこと。獣人の方、私達はその人間を保護しなきゃいけないの。渡してもらえないかな?」


 「保護と……その言葉を信じろと言うのか? 私は貴殿らを知らぬ」


 こちらを威嚇するように鋭さを増すその眼光。

 手にする斧を構えながら迫る黒き獣人。

 底知れぬ脅威を感じとったトリトとリチェットの足は、自然と後方へ流れていた。



 (こいつはやばいぜ、直感でわかる……俺達が敵う相手じゃ……)



 トリトはこの状況を念話でラーシェルへと伝える。


 [ラーシェル様……少々問題が……]


 [トリト、何かあったのですか?]


 [異世界人は気を失っているようですが、無事です。ただ、邪魔が入りまして……]


 [……? 邪魔とは何なのです?]


 [獣人です。黒き獣人が、異世界人の受け渡しに応じてくれそうにありません…ラーシェル様のご命令とあれば、やりますぜ……]


 [いえ、不要な戦いは極力避けましょう。貴方達の命も大切です。危害を加える可能性がないのであれば、少しの間、離れて様子を見るのです。ただし、勇者に仇名あだなす者であれば……その時は頼みます、ヴァルル]


 ラーシェルの命は異世界人を獣人に委ね、この場を離れる。


 ……そして監視すること。



 (だが、最後にこれだけは聞いておかねば……)



 「リチェット、今の念話は聞いてたよな? つうことで、ここは退こう。あ、そうだ……黒き獣人、お前はその人間をどうするつもりだ?」


 両手を上げ、敵意がないことを示すトリト。

 その問いかけに、声を張って答える黒き獣人。


 「我が名はガルベルト=ジークウッド。貴殿らもこの人間も、何者かは知らぬが危害を加えるつもりはない。とは言え、貴殿らも私を知らぬ。この状況で、信じろと押しつけがましいことまでは言えぬがな」


 「そうか、お互い様だな。じゃあ、その言葉が信なるものかどうか、見守らせてもらうぜ。ま、状況によっては返してもらうが、一時お前に預ける。約束は守れよ、ガルベルト。じゃあ、行くとするか、リチェット」


 トリトはガルベルトと名乗る獣人の信を問い、その眼差しに嘘はないと判断する。そしてラーシェルの命に従って背を向けると、ゆっくりと森の方へと歩き出す。


 流石に本来の姿で飛び立つなんてことは出来ない。

 信用ならざる者に手の内を見せるわけにはいかないからだ。


 [ラーシェル様、僕たちはこれより離れます。これでよろしいのですね?]


 [ええ、貴方達が大丈夫と判断したのであれば、問題はないでしょう。二人とも、これからしばらく、その者と勇者を見守ってください。貴方達だけが頼りです、ヴァルル]


 [了解です~私、頑張りますよ!]


 [了解だぜ、ラーシェル様]



 …………

 ………

 ……



 こうして、勇者である俺を見守る日々が始まった。

 ほぼ毎日のように、ある時は人の姿で、そしてある時は上空から竜種の姿で、俺達のことを見守ってくれていたようだ。



 (──ある意味、新手のストーカーか……?)



 そして現在、この地で会合する形となっている。

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