第78話 異世界召喚 その3

 「こ、これは……!?」


 光に包まれる自身の体に、動揺を隠せないトリトとリチェット。「えっ?」といった表情で、互いの手や足を見回している。


 「これって……もしかして俺達が飛ばされたりしないよな?」


 「ま、まままさか~そんなことあるわけないでしょぉ~」


 [ラーシェル様~このままで大丈夫なんでしょうかぁ?]


 困惑したリチェットが、ラーシェルへと問いかける。


 [……]


 [……]


 [……]


 [……えっ?]


 だが、その返答はない……。


 [ラーシェル様? 私達、めっちゃ光ってますよ? あ、あの──]


 体に起きた異変と無反応のラーシェル。

 このまま自分達が、どこかへと召喚されてしまうのではないか。


 押し寄せる不安の中、ようやく声が、頭へと響いて来る。


 [──ハァハァ……二人とも、聞こえますか? 何とか上手くいったようです。【異空間転送ディメンションムーブ】の伝承は無事に完了しました。落ち着いてステータス確認をしてください、ヴァルル]


 [ラーシェル様ぁ~よがっだぉ~僕、このまま何処かに飛ばされちゃうかと思いましたぜ~]


 [右に同じですぅ~よかったよぉ~]


 [あらあら、後で慰めてあげなければなりませんね。二人とも……ハァハァ、今は時間がありません。早く……ステータス確認を]


 緊張の糸が切れたかのように泣きじゃくる二人と、それを宥めるラーシェル。ラーシェル自身も雷撃によるダメージを回復技能スキル無しで受けた影響からか、その息は荒い。


 地竜の二人は溢れる涙を拭い、自身のステータス確認を行う。




 ◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆


 名前   :トリト

 種族   :竜種(地竜:雄)

 年齢   : ???歳 

 レベル  :35

 属性種別 :地 

 属性力  :2520

 体力   :3800

 筋力   :1860

 敏捷   :1100

 物理耐性 :1480



 <属性魔技>

 [属魔:低] 岩流吐息ロックブレスLV2

 [属魔:低] 大地盾纏アースシールドLV3

 属性開放-再生成リジェネレイト

 [属魔:中] 地竜爪アスドラクローLV1

 [属魔:中] 大地防鎧アースプロテゴLV3

 [技能] 毒耐性 LV2

 [技能] 麻痺耐性LV1 


 ◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆




 トリトの右目に映し出されるステータス画面。

 通常、習得できたものは、属性魔技の欄に表示される。


 大きく目を見開き、キョロキョロとその欄を何度も探すトリト。求める魔法の表示が見当たらないのか、困惑した様子だ。


 [あれれ?……ラーシェル様、僕のステータスには異空間転送の表示がありません…それに、僕だけ光が消えちゃいましたぜ]


 [そうですか……私の伝承は確かに完了しました。残念ながら、表示がなければ失敗ということでしょう……]


 [えぇ──そんなぁ……]


 大声を上げ肩を落とすトリト。

 その隣には対照的に、「フフフッ」っと笑みを浮かべるリチェットの姿がある。


 [ラーシェル様ぁ──! 私やりました! これですよね、これ? 〝[属魔] 異空間転送〟って表示がありますぅ!]


 [──!!]


 体力の限界の中での【魔技伝承】……その技能の発動すらも、上手くいくかは五分五分だった。それに、二人に適正があるかどうかも含めれば、可能性は限りなく低い。


 成功にはまさに〝奇跡〟が必要だと覚悟をして臨んでいた。リチェットの成功を告げるその声に、平静を装うラーシェルの心は密かに打ち震えていた。


 [リチェット……さぁ、詠唱を始めるのです]


 [はい、ラーシェル様]


 闇夜に包まれる世界。空が星に満ち、下弦の繊月に照らされた空間。風が止み、全ての音を奪い去るかのような星の静寂。


 〝凪夜カームノックス


 澄んだ空気へ響き渡る、リチェットの詠唱。


 「古より伝わりし異界の流星よ。時を奏でこの地に集え。〝異空間転送ディメンションムーブ〟」


 リチェットから溢れ出た光。

 魔法陣へと流れ込むように、その体を離れる。

 刻まれた魔法陣から次々と生み出される光輪は、幾重にも連なりながら、上空へと立ち昇る。


 この場所へ〝異世界からの転生者〟である勇者が舞い降りる……その道筋が今、目の前に現れた。


 [こ、これは…ラーシェル様、僕らはどうすれば……]


 [貴方達は、少し離れて……待機していてください……ハァハァ……召喚は成功のようです。これより勇者が、その場所に降り立ちます]


 ラーシェルの指示を聞いた二人。

 互いに顔を合わせて頷く。


 「よし、行くぞ、リチェット……」


 「や、やった、私、やったった」


 初めての召喚魔法。

 その発動に興奮気味のリチェットは、強引に連れ去られるようにして、トリトとその場を離れる。上空へと伸びた光の輪は、やがて地上へと降り注ぐ光の波へと変化する。魔法陣へと打ちつけるように、その流れは激しさを増していく。


 「トリト、あれ!」


 リチェットが指差す先。

 人影らしきものが、光に運ばれ降りてくる。

 地表へと近づくにつれ、光の波もその流れを緩やかにする。


 何者かが魔法陣の上へと降ろされると、役目を終えた光の柱もまた、地面に吸い込まれるように消えていく。


 「リチェット、人間だ。あれが勇者様……なんだよな? 何か変な格好してるけど、どこの世界から来たんだろう」


 「うーん、取り敢えず、近づいてみようか? その前に……」


 魔法陣の中心に横たわる一人の人間の姿。

 明らかにこの世界の者ではないことは、その服装から見て取れた。


 リチェットはラーシェルへとその後の指示を仰ぐ。


 [ラーシェル様、魔法陣に一人の人間が横たわっているんですが、どのようになさいますか?]


 [二人とも、よくやりましたね。先ずは、その者の無事を確認……それから事情を説明してあげてください。仮に暴れる場合は、致し方ありませんが、再度眠っていただきましょう……ハァハァ……とにかく、安全な場所……ここへ連れてきてください、ヴァルル]


 [了解ですぜ、ラーシェル様]


 [致し方なく眠らせるラーシェル様、素敵です……]


 指示に従い、人間が横たわる魔法陣へ、ゆっくりと近づいていく。


 「それにしても……召喚なんて半信半疑だったんだ。そんな力があるわけないって。でも、あったんだな、すげぇぜ」


 「ラーシェル様が嘘をつくわけないでしょ? それに、精霊様と同じくらい偉いんだから」


 地竜二人が軽口を叩きながら、歩いていたその時。


 「──〝獣波斬じゅうはざん〟!」


 森の奥で何かが吠えるような一声が響き渡り、続けて木々が倒れるような音が、こちらへと聞こえてくる。


 「──えっ?……何?」


 不穏な空気。

 二人が警戒するように見回していると、背後で何かが動くような気配を感じた。トリトとリチェットは、反射的に木々の陰に身を隠す。森の奥から聞こえた咆哮に驚いたのか、ハッとした表情で目を覚ます人間。何やらブツブツと独り言を呟き始める……。


 「何だアイツ……あれ、何かもぞもぞしてるんだが……ん?何か探しているのか? んんっ? 何か押してる?」


 「勇者様をって呼ぶのは失礼でしょ。それにしても何してるんだろうね、一体……トリト、さっき森の奥から聞こえた声、そっちのほうが気にならない?」


 「う~ん、声の感じからして近くはないだろうけど、あれはヤバそうな声だったよな……」


 森に響いた声が気がかりな二人。

 そこに痺れをきらしたかのように、ラーシェルが口を挟む。


 [二人とも、召喚された人間の確保は出来ましたか? ヴァルル]


 [あ、いえ、ラーシェル様、すみません…これからです。森の奥からヤバそうな声が聞こえてきて退避してましたぜ]


 [あ、あれ? あれれ? あの人、何か森の中に行っちゃった?]


 一瞬の油断。

 二人が目を離した隙に、召喚された人間はどこかへ消えてしまっていた……。

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