第77話 異世界召喚 その2
今から約100年以上前。
ラーシェルは長い年月をかけ、封じられていた
……だが、そう甘くはなかった。
魔雷エルバトールの極域魔法【
常人であれば耐えることは不可能と言ってもいい雷撃の牢獄……。
ラーシェルがここまで、長きに渡り生き抜くことが出来た理由……それは、
だが、これら技能のお陰で、命が繋ぎ止められている反面、他の技能を発動する余力も同時に奪われているのが現状だ。EX技能の体にかかる負荷は想像以上に大きかった……。竜生回復や雷耐性技能の効果を抑えたとしても、空間転移の発動は難しい。このまま脱出することすら叶わず、流れゆく時をただただ見送るだけかも知れない。
脱出できないという考えばかりが頭をよぎる……。
ただ、厄介払いとして生かされているだけの存在。忍耐強いラーシェルとはいえ、精神状態はボロボロだった。
それでも、全ての希望を捨て去ることなく、どうにか生き抜いてこれたのは、娘ロザリアとの未来を思い描いていること。
そして、この二人のお陰でもある。
「ラーシェル様! 食事持ってきましたぜ──! 残念なことに、今日の食事当番はリチェットなんですよねぇ」
「残念って何よ! 失礼しちゃうわ。あ、ラーシェル様、ご機嫌どうですかぁ──? あっ、トリト、ちょっと待ってよぉ。王都からずっと飛びっぱなしなんだから」
トリトとリチェットの二人組。毎日のようにここを訪れ、食事を共にしたり、何でもない雑談を楽しく聞かせてくれたりと、ラーシェルにとって心の支柱ともなっていた。
「あらあら、私なら良くも悪くも変わりはありませんよ。でも、二人の顔を見れば元気になれます」
「それならよかった。今日は俺達、王都で一儲けして来ましたよ。リチェット、今日の親父さん、結構チョロかったよな。相場の3倍吹っ掛けても全然気づかねぇし」
「トリト、あんまり人間を馬鹿にしてると、そのうち痛い目に合うよ。流石にあの値は……」
この頃の
それぞれが個々に生きていくための選択肢は、他種族に紛れて生活するか、一モンスターとして、その地で棲息するかの二択だった。
この二人が選択したのは前者。人へと擬態し、モンスター素材や薬草の売買、各地に点在するダンジョンでのお宝発掘といった、何処かの冒険者かと思うような生活を送っていた。
勿論、ここでの話の多くはそういった冒険の一端だ。竜種の飛行能力を生かして日々広い世界を巡り、様々なことを観察していた二人。実に楽し気に、ラーシェルの知らない多くの景色を運んでくれる。
そんな二人にだからこそ、ラーシェルはあることを頼んでいた。
現在、世界情勢は悪化の一途を辿っており、【
それが意味するのは、四彗の復活。
かつて世界が一つになり、種の存亡をかけて封印した四彗魔人。再び解き放たれるなど、決してあってはならない。
復活などされたら……この世界は終わりを告げるだろう。
ラーシェルは考えている。
来るべき時に備えた、新たなる〝勇者の召喚〟
そして今度こそ、封印ではなく四彗を討ち滅ぼすことを。
だが、今のラーシェルはこの地に幽閉され、召喚魔法を授けるための技能、【魔技伝承】を満足に使うことすら出来ない。
ラーシェルはただ只管に考えた。
この世界を救う道、娘ロザリアの生きる世界、未来を拓くために出来ること。
そして、ある結論に至った。
EX技能【竜生回復】
この効果を抑えるのではなく、一時的に封じることで一つの技能へ力を注げる。
空間転移は難しくとも、魔技伝承であれば可能かも知れない。
雷撃に体が耐えられるのも、僅かな時間だろう。
その間に魔技伝承を発動し、二人に召喚魔法を授ける。
まさに命懸けだ。
召喚に必要な魔法陣の構築。そして、召喚魔法【
それからまた数十年は経っただろうか。
もう年月の流れる感覚すら、麻痺しきっている。
ラーシェルは、念話で愛娘ロザリアへとこの世界のあらゆることを伝えている。
いずれ外の世界に出ることになる。
思いを綴る日々を送っている今は、まだ殻の中だ。
そんな中、トリトとリチェットによって待ち望んだ吉報が
「ラーシェル様、夜凪が近づいてきましたぜ」
「ようやく……ようやくこの時が来ましたか。ありがとう、トリト。リチェット、蒼月の満ち欠けは、今どうなっていますか? 確か、前回は上弦側の赤繊月でしたね」
「はい、今回は間もなく、下弦側の赤繊月へと変わりそうです。ラーシェル様、それと、大気の流れが不規則になりました……風が止まる前兆かと」
「では、二人とも今夜が決行の時です。頼みましたよ、ヴァルル」
「「任せてください!」」
息の合った返事で元気よく飛び立った二人。
作戦決行の地は【エルバの森】
洞窟を出てすぐの木々が開けた場所。
召喚の儀を託されたトリトとリチェット。
ラーシェルからの念話指示に従って、魔法陣を大地へと刻んでゆく。この世界の召喚とは、古より伝わりし魔法陣と
その発動には、魔法陣へ属性力を籠める者と召喚魔法が使える者の両者が必要となり、どちらが欠けても成立はしない。
そして召喚される者の属性は、この魔法陣へと込めた属性に依存する。
つまり、地竜の力が込められたこの魔法陣により召喚される者の属性は、この時点で〝地属性〟として決定づけられている。世界の表面的な常識では、地属性は最弱と言われる。だが、勇者として召喚される者は必ず〝地属性〟でなくてはならない。
それは、世界を救う唯一の力が地属性であると信じられているからだ。
[ラーシェル様、準備は整いましたぜ。間もなくです。今日は、蒼月の満ち欠けが早い気がします……あまり時間はないかも知れませんぜ]
[そうですか……どちらにしても、一度限りの発動しか余裕はありません。時間的にも私の力としても……リチェット、貴方も準備はよろしいですね?]
[はい、ラーシェル様。念話も三人共有しております。準備は万端……あっ!……風が……風が止まりました!]
[来ましたか……それでは始めましょう。これから貴方達二人へ魔技伝承を発動します。念話は繋いだまま、さぁ、集中するのです]
二人に召喚魔法を使えるだけの適正があるかは分からない。それ以前に、私の体が持つかどうかも。でも、こうして勇者召喚に臨めるのは、地竜である二人が居てくれたから……。
……今はただ願うのみ。
目を閉じた二人に魔技伝承を発動させるラーシェル。
そして程なく、地竜トリトとリチェットの体を包む光が迸り始める。
── 魔技紹介 ──
【
・属性領域:該当なし
・魔法強化段階:該当なし
・用途:召喚
・発動言詞:『異界の流星』
・発動手段(直接発動)
発動言詞の詠唱及び異界の者を呼び出す想像実行。
・備考
古竜の固有魔法であるが、単独での使用は不可。EX技能【魔技伝承】及び魔法陣による発動構成が必要。異界者召喚の発動効果は凪夜のみに限定され、平時は無効。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます