第76話 異世界召喚 その1

 「ラーシェルさん。聞いてもいいですか?」


 ルーナの様子を和やかな表情で見つめていたラーシェル。


 俺の声にゆっくりと振り向く。


 「ええ、ハルセの質問であれば幾らでも答えましょう。ただ、私の記憶領域にも、エルバトールの魔法による影響が多少は残っています。思い出せないこともあるでしょうが、お許しください」


 「記憶領域にまで影響が……分かりました。では早速ですが、この世界の〝召喚〟についてです。俺はどのように召喚されたのか。召喚されたことによって、何かが変わったのか。ラーシェルさんの言う〝力〟について知りたいんです」


 「確かにそうですね。知っておいたほうが今後のためにもなることでしょう。分かりました、お話ししましょう。ヴァルル」


 俺の真剣な眼差しに応えるように、ラーシェルは召喚について語り始めた。





 この世界の召喚──リヴルバースと俺がいた世界の間には時の流れが存在する。

 

 その時の流れは互いに波打つように揺らぎ、普段重なることはないという。


 だが、風の音、水のせせらぎ、心音……全ての音が闇夜に溶け込むように世界が眠りにつく、この世界で数百年に一度起こるとされる、凪夜カームノックス


 全てが凪ぐその夜、この世界と異世界を繋ぐ波長の共鳴が生じ世界は繋がる。


 その僅かな時間だけが召喚を可能にし、召喚魔法【異空間転送ディメンションムーブ】によって異世界からリヴルバースへと転生者を呼び出すことができる。


 ただし、呼び出すことが出来る者には条件が存在する。


 それは、今いる世界に絶望していること。

 そして、死ぬこと……若しくは死の間際であること。


 夢も希望もない召喚条件。

 俺の場合、前の世界に絶望し事故に見舞われ死の間際だった。


 リヴルバースの凪夜カームノックスと、あの一瞬が奇跡的に結び付き、その結果として、俺はこの世界へと降り立った……というわけだ。


 話的に特定の誰かを召喚したというよりも、たまたま条件に合致したのが、俺だっただけに過ぎないのだろう。


 選ばれし者からは程遠い現実だ。


 そして、転生者というものには2つの系統が存在する。


 一つは死者を召喚した場合。

 もう一つは死の間際、つまりは生者を召喚した場合。


 この2つのパターン。

 そこには、大きな力の差が生まれるようだ。

 

 召喚の目的は、魔人への対抗。

 つまりは、極域魔法を身につけた存在を生み出すことだ。


 魔人は、他種族が生ある状態で竜種ドラゴンの精霊核を取り込み、精霊エレメント・暴走スタンピードを強制的に発動し、乗り越えた先の姿である。


 仮に、こちら側も対抗するための魔人を生み出すために、同様のことをしたとしてもその代償は大きいとされる。


 元々の精霊核以上の力を取り込んだ場合、その者の精神は一度破壊され、その後、再構築される。


 強大過ぎる力の歪に生まれる新たな精神。

 我欲は強まり、破壊衝動に支配される。

 そこに正しき心は存在しえないと、ラーシェルは考えている。


 そこで、世界の調停者である古竜と大精霊は、この世界の精霊核とは異なる者……つまり、異世界の者を召喚し、精霊核を宿らせてはどうかと考えた。


 そして、ここで最も重要なことは、前世界の魂が宿ったまま召喚されることだ。


 死亡した者を召喚した場合、既に魂は抜け落ちている。


 その者は、この世界で新たに精霊核を宿して生まれ変わるだけである。


 つまり、この世界で生まれた者達と何ら変わらない存在なのだ。


 これが死の間際の者である場合、この世界とは異なる魂を持つ生ある者として召喚され、その魂に精霊核が融合する。


 当然、二つの魂の融合は大きな力を宿す可能性が高まる。


 この試みは勇者フレデリクが初めてであり、召喚自体は成功した。


 だが、転生過程に問題があったのかは分からないが、極域魔法を習得するには至らなかった。


 俺に比べ、遥か高みの属性力を有した彼であっても、得られなかった力──。


 その理由は、属性に対する〝適正〟が足りなかったことによるものだった。


 俺の場合、初期の属性力は低かったが、代わりに地属性への適正だけはずば抜けていた。


 属性力は鍛えることが出来るが、生まれ持った適正だけはどうにもならない。


 とはいえ、未だ自分の意志で使うことも出来ない状況では、全くもって実感はない。


 それでも俺は、この世界で5人しかいない極域魔法の使い手の一人となってしまったということだ。


 [俺って意外と凄いのか?]


 「その通りです。ハルセ、貴方は凄いのです」


 俺の心が見えるかのようなラーシェル。

 また、頭で考えているだけの言葉に反応された。


 「──あの、なんて言えばいいか……その、ラーシェルさんは俺の心が読めるんですか? 何か、さっきから思ってることへの返答が、的確すぎるんですが」


 「いえいえ、そんなことはありません。ただ、しいて言わせてもらえるなら、貴方は気づいていないのかも知れませんが、先程から度々、念話をしていますよ」


 「念話?」と俺が目を丸くし首を傾げると、ラーシェルは「あらまあ」と驚いた様子で話を続けた。


 「念話をご存知なかったのですね。念話とは、精霊を通して会話をすることなのです。心の中で誰に伝えたいかをイメージしながら、思い描いた言葉を伝送するのです」


 「それって、イメージするだけで伝わるんですか?」


 「いいえ。正確にはステータス表示をした状態でなければ伝わりません。貴方は先程から自身のステータスを確認しながら、私を意識して考えごとをしたりしていませんでしたか?」


 「あっ、そういえば……でも、初めてラーシェルさんが呼びかけてくれたあの時、俺はステータス確認なんてしていませんでしたよ?」


 「それは、受けるだけならば不要なのです。あくまで双方向での対話の場合は、互いにステータス表示の状態で行うのです。念話中はステータス上で、互いの顔も確認できますよ」


 「なるほど、すごい」


 これはまさしく、異世界版テレビ電話といったところだろう。


 ラーシェルの説明では会話をしたい相手に念話を飛ばし、それに対してステータスを開いて相手が応じれば、互いに顔を見ながら会話ができるということらしい。


 便利な連絡手段ではあるが、余計な妄想を抱く前に知れてよかった。


 とりあえず、歴史書以上に召喚というものについての理解はできた。それでもまだ気になることは色々とある。


 例えば、召喚魔法【異空間転送】とそれを伝承する技能スキル【魔技伝承】はおそらく、ラーシェルしか持ち合わせていないものだろう──であれば、幽閉されたこの地で、どうやって凪夜を知り、召喚することが出来たのか。


 召喚した理由は、極域を身につけた存在を生み出すことだが、俺が手にしたこの〝大気振撃アトモスシェイカー〟とはどんな力なのか。


 ルーチェリアたちの賑やかな談笑の陰で、俺とラーシェルの真剣な話は続いている。

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