第75話 再会

 そして、現在──。  


 「リゲルドや多くの民を失った私は、悲しみに暮れ、涙も枯れ果てたその先の長い年月……ただ只管に、封じられた技能スキルを少しずつ解放することだけに励んできました。話し相手すらいない毎日は、正直暇でしたね、ヴァルル」


 ラーシェルは何かを思い出すように、ぼんやりと一点を見つめている。


 [もしもーし、ラーシェル様。話し相手も居ないって心外ですよ? 私がいるじゃないですか?]


 ふいにラーシェルへ届けられた念話。

 ラーシェルは「フフッ」と笑みを零し、その声に応じる。


 [あら、そうでした! 貴方が居ましたね。今こうして生きていられるのも貴方のおかげです、リチェット]


 その返事に喜ぶ声と、割って入る不満そうな声。


 [ラーシェル様~僕も居ますよぉ。……おいこら、リチェット! 何勝手にラーシェル様と念話してるのさ! 僕だって我慢してるんだぞ!]


 [いいじゃない別に……減るもんじゃなし。ねぇ、ラーシェル様]


 [あらあら、賑やかですね。トリトも私にとって大切な仲間なのですよ。貴方達二人には、感謝しています]


 ただ黙ったまま表情を変えるラーシェル見て、俺は不思議に思って首を捻る。


 「あの、ラーシェルさん……急に黙ったまま、どうかしたんですか?」


 ラーシェルは「あらあら」とこちらを見て、「少々、念話で苦情が入りまして。直接伝えにこれから来るようですよ、ヴァルル」と説明した。


 「え? 誰かがここに、来るんですか?」


 ラーシェルはコクリと静かに頷くと、虚空を見上げた。


 それからしばらく──。


 (──あれは……)

 

 視線の先。バサッバサッっと翼の音を響かせながら、岩石のような鱗を持つ二体の竜種ドラゴンが姿を現し、ラーシェルの隣へと降り立った。


 その直後、少女の声が聞こえてきた。


 「ハルセ! 私が来た! ガゥウ!」


 「……は?」


 俺の耳へと届く聞き慣れた声とその台詞。

 竜種の背中からぴょんと飛び降りてきたのは、紛れもないルーナだ。乗せていた竜種が、俺の顔を見るなり声をかける。


 「ああ、やっと会えたな。君がハルセだね。と、その前に……上でさ、入口を叩きまくってたんだよねコイツが。話を聞いてみたら、家に入りたいって言うし、ロザリア様の声に似てるし、古竜だから間違いないだろうと思ったんだけど、名前がルーナって言ってるし……。まあ、害は無さそうだから連れてきたんだけど、不味ったかなあ?」


 「ロ、ロザリア……あ、いえ、ルーナ?」


 驚きのあまり固まったようにルーナわが子を見つめるラーシェル。


 「ん?……誰? ルーナと似てる? ガゥウ」


 いつもと変わらない、あっけらかんとしたルーナ。

 俺にその答えを求めてくる。


 「あぁ、リゲルド……私は会えました……生きて会うことが出来ましたよ、ヴァルル……」


 ラーシェルの頬を一筋の雫が流れ落ちる。

 長き年月の思い、過去の約束を思い出しているのだろう。


 「ん~ハルセ、誰?」


 ルーナは顔を斜めに、ラーシェルを興味深げに眺めている。


 「……そっか、顔は知らないんだよな? あれは、ルーナの〝お母さん〟だよ」


 「ルーナの? お母さん?」


 いつもなら大はしゃぎのはずだが、ルーナは静かにその場に佇んでいる。


 「お母さん……ルーナのお母さん……」


 「ええ、そうよ。ルーナ、元気そうで本当に良かった。いい仲間と出会えましたね」


 語りかけるラーシェルの声とその優しい眼差し。

 ルーナはただただ目線を合わせ、その場を動かない。


 だが、次の瞬間、抱きつくような勢いでラーシェルへ向かって走り出す。その様子に俺もラーシェルも慌てて声を上げるが、ルーナの耳には届かない。


 母親に会えた喜びで胸が高鳴るルーナは暴走列車のようだ。しかし、その先には極域の魔法陣が待ち構えている。


 「仕方ない!」と俺が止めるべく、魔法詠唱に入ったその時、岩石の鱗を持つ竜種が人型に変化し、寸前のところでルーナを両手で抱きとめた。


 「おいおい、ダメだぞ。よく見ろ! ラーシェル様は囚われの身なんだ。この魔法陣は強力だ。触れたりしたら、ただじゃすまないんだぞ」


 「お母さん、囚れ身? 分かんないけど助けなきゃ」


 「な。つーか、それが出来れば苦労しないんだが……おい、ハルセ! ちゃんと見てろよ。ルーナ様はお前の仲間だろう?」


 紫に妖しく光る眼光。

 ダークブラウンの髪を逆立てながら、人へと擬態した一人の竜種が俺を睨む。


 「あ、あぁ、ごめん……助かったよ」


 俺も同じだが、ラーシェルも相当焦ったのだろう。

 大きく息を吐き、体を揺らしている。


 「トリト、ありがとう。ルーナ、お母さんね、悪い人にここに閉じ込められてるの。今、頑張ってここから出ようとしてるから、もう少しだけ待っていてくださいね」


 「ハルセ! お母さん出して。ハルセなら出来る」


 俺に向けられる期待の視線。ルーナの願いに、今は首を横に振ることしか出来ない。


 せっかくの親子の再会。それなのに、今の俺にはどうすることも出来ない。


 「ハルセも無理……じゃあ、ルーナ助ける。それまで待ってて」


 「ハルセもルーナと気持ちは同じですよ。今日は顔が見られて、本当に嬉しかった……ありがとう、ヴァルル」


 魔法障壁を隔てて再会したラーシェルとルーナ。


 俺は誓う。

 必ず、この二人を抱き合わせてやる。

 言葉を交わすだけじゃなく、その手で……。


 「あ、あの~わ、私も来ちゃったんだけど……ね?」


 「あ、え?……ルーチェリア? 今頃?」


 ばつが悪そうな声音。ゆっくりと、もう一体の竜種の陰から姿を見せたルーチェリア。


 「ま、まあ、そのぉ……タイミング的に出にくかったというか、感動の再会に水を差したくなかったと言いますか……。う~ん、もう! 来ちゃったの! ハルセが心配で! 悪い?」


 と、両手をブルブルと振るいながら、言葉を投げる。


 「あ、いや……俺も長い時間待たせてたし、少し気になってたから。心配かけてごめん……」


 「まあね、あれだよ、あれ。とりあえず無事でよかったよね! ねえ、ルーナ!」


 再会に顔を赤くするルーチェリアは、他に話を振って照れ隠しをしている。そんな中、もう一体の竜種が人型へと変化し声を発する。


 先に擬態した竜種と、どことなく似た雰囲気を感じる。


 「そっかぁ。もう、こっちまで照れちゃうなぁ~。ハルセが好きなんだね~。気持ちは素直に、ねっ! 一緒に居れることって普通じゃなくて奇跡なんだよ、ルーチェリアちゃん。ファイツ!」


 (──あっ……なんか、色々言っちゃったなこの竜種)


 思わぬ後押しに「あわわわ……」と口を震わせ、焦るルーチェリア。


 「ち、違うよ、リチェットちゃん。あ、いや、その違わ…違わないかも知れないけど、もう何言ってるの私……。あ、ハルセ、紹介するね。こちら、リチェットちゃん!」


 かなり無理がある振りだ。

 でも、これ以上は突っ込むのは止めておくこととした。



 崩壊した地底都市。

 その空間が一時的とはいえ、一気に賑やかさを取り戻した。


 ここへ足を踏み入れた時から考えれば、想像も出来ないことだ。まだ、ラーシェルに聞くべきことがあったはずだが、個性的な再会を前にして、全てが消し飛んだ感覚だ……。


 ルーチェリアとルーナは、トリト、リチェットと呼ばれる竜種と笑いながら話をしている。


 その様子を静かに見つめる俺の顔を覗き込んでくるラーシェル。


 「ハルセ、他に聞きたいことはありますか? 私はルーナのことを聞こうと思っていましたが、あの子の顔を見れて、笑顔を見れてもう満足です」


 「まさか、ここまで来るなんて……ですね。そう言えば、あの二人。ラーシェルさんの仲間なんですか?」


 「ええ、もう200年くらいの付き合いになりますね。私が命を諦めかけた頃に、あの二人がここを訪れたのです。彼らも地竜アースドラゴン。この場に何か忘れ物をしたとかで、袋一杯に金とか何やら集めていました」


 ラーシェルの話を聞いた俺は、静かにこう思う。


 (──それって……空き巣というか、この世界で言えば盗賊的な何かじゃ……)


 「きっと大切な物だったのでしょう……探している最中、声をかけたら凄く驚かせてしまいまして…。『ごめんなさい、もうしません』とか酷く動揺していたので、一旦落ち着いてもらってから事情を話したのです。それからというもの、食事を運んでくれたり、外の話をしてくれたりと色々と助けてくれるようになりました、ヴァルル」


 (──まぁ、そりゃあ、驚くよな……今まさに盗もうとしてるところに声をかけられたら……)


 俺はラーシェルと語らいながら、聞きたかったことを思い出そうと頭を捻る。そんな俺達の様子が気になったのか、ルーチェリアがトコトコと歩いて来る。


 「ハルセ、そう言えば此処にはどうやって来たの? 私とルーナはリチェットちゃん達の背中で運んでもらったけど、魔法石の中に入った瞬間から空中だったし……これって、ハルセ……生きてるかな? って少し心配したんだよね」


 (少し心配って……俺の命なんて、その程度なのか)


 「ああ、入って直ぐのところに魔法陣がなかったか? 俺が入った時は魔法陣があって、それに乗って運ばれてきたんだ」


 「──そうなんだ。なんか転送とか? 何かあったのかな?」


 (……あっ)


 ルーチェリアとの会話で俺は思い出した。

 聞きたかったもう一つの謎。


 そうだ、召喚のことだった。

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