第74話 魔人襲来 その2

 「嫌い……ですか?」


 ラーシェルの問いに甘い声で答える謎の少女。


 「うん、そうそう、分かってるよねぇ~? 分かってればいいんだけどぉ~どうやら分かってないよねぇ~? ──我を見下すかのようなその眼……死にたいのか? あんた」


 水色の瞳に星が煌めき、肩まで伸びた淡い桃色の髪は毛先がクルッと跳ねている。


 その外観は人間の歳で言えば14、5歳くらいだ。


 柔らかな表情は瞬く間に、鋭く突き刺さる眼光を纏い、周囲の空気を一変させる。


 天真爛漫さと狂気が共存する。

 そんな雰囲気が漂う美しき少女。


 「ねぇ? どうやって死にたぁい? 結構悩むよねぇ~どうやって最後を迎えるかってさぁ~。う~ん、そうねぇ~……我と目線を合わせたこと、後悔しながら死んでけ」


 少女は腰に下げていた緑斧りょくふを手に取ると、〝握り〟を上にして〝柄肩〟を持ちクルクルと回し始めた。



 (刃を下にして、一体何を……?)



 滑稽な行動を取っているかのように見えたのも束の間。


 一つに見えたその斧からは、連接棍ヌンチャクのように鎖で繋がれたもう一つの緑斧が現れ、少女の頭上で大きく回転している。


 「さてと……あんたが古竜エンシェントドラゴンなんだろう? 我が名はエリス=シャートレット、確と覚えておけ……って、あ、ごめん、それは無理か。今から死ぬんだもんね」


 「エリス=シャートレット……只者じゃないようですね。私の名はラーシェル。竜種の女王にして、この世界の調停者。このまま大人しく引き下がるわけにはいきません。貴方こそ、身の程を知りなさい」


 「古竜も冗談が言えるんだね~もっと聞かせて欲しいけど~我は我の邪魔をされるのが一番嫌いなの……だからさ、もう黙って、嵐の渦に消えろ、〝テンペスタ ・ヴォルテ〟」


 回転する緑斧が生み出す漆黒の巨大な渦。

 前方へと勢いよく振り下ろされるエリスの動きに合わせ、こちらへと流れるように放たれる。


 時折、雷雲かのように深緑の光が渦の周囲をほとばしり、その不気味さからも只ならぬ恐怖心を抱かせる。


 「お生憎様、私は古竜。【全属耐性】によって魔法の殆どは大幅に軽減されるのです。この感じは風属性ですね……潔く引きなさい」


 「そうなのぉ~残念だなぁ~。でもさぁ~これ、〝極域〟なんだけど耐えれそう? まぁ、少しは手加減したからさぁ~……ふっ、調子乗っちゃってさ……ちょっとは楽しませろよ?」


 「……極域? 何を言っているのですか? この世界で極域が使えるのは〝魔人〟と呼ばれる者達だけなのですよ?」


 「あのさぁ~ごたごた言ってないで、それ、止めてみなよ。もし止めることが出来たら、その時は教えてあげる」


 嘲笑うかのような言葉を投げつけ、静かな笑みを浮かべる少女エリス。


 目の前には大きく渦を巻き、徐々にその回転速度を増す黒雲の嵐が迫りくる。



 (確かに、風属性でこのような魔法は見たことがない。それに、凄まじい属性力。彼女の言うとおり、これが極域なら……流石に私の耐性技能でも、ダメージ半減が限界ね、ならば……)



 古竜の持つ【全属耐性】は、常時発動のEX技能エクストリームスキル。ラーシェルはさらに防御技能、補助技能での耐性強化をその身に施す。


 「──〝竜皮硬化ドラゴハーデン〟…よし次は〝竜能向上ドラゴプログレス〟」


 「へぇ~体をかたくした上に、技能スキルの力を底上げするなんてやるじゃ~ん。──でも、我は止めてみろって言ったよなぁ? それで耐えるだけなら、正直ガッカリ……」


 「耐性強化は単なる念には念をです。勿論、止めて差し上げます。EX技能は、何も防御や補助技能のみにあらず。次はEX技能<攻>……滅せよ、〝竜嵐ドラゴストーム〟ヴァルル」


 白銀に輝く両翼から交差するように放たれる風。

 その中心に白光の渦を宿すとエリスの放った漆黒の渦へと直進する。


 テンペスタ ・ ヴォルテとはその回転方向を逆にし、互いを飲み込むように削り合う。


 黒と白の激しい嵐の衝突。

 不規則な風の流れが街全体を包み込み、周囲に波及して広がっている。


 吹き荒ぶ激風。

 轟音とともに渦周辺の建物は、沈められるかのようにその姿を消していく。



 (流石に無傷とはいきませんね。この威力はやはり〝極域〟……となれば、彼女の正体は……)



 冷静を装うラーシェルであったが、その内には、徐々に焦りが芽生え始めていた。


 フレデリクとの念話での〝魔将2体〟という言葉の意味を考えている……。



 (──サンダーバードと謎の黒い鎌。炎獄魔将えんごくましょうドラゴルムとは違う……)



 思考を巡らせるラーシェルの前に、パチパチと拍手の音を打ち鳴らしながら、エリスがゆっくりと歩み寄る。


 「凄いねぇ~流石だねぇ~。我の【テンペスタ ・ヴォルテ】を打ち消すなんて前代未聞だよぉ。あ~あ、しょうがないなぁ~約束だしねぇ~。我は魔嵐まらん、嵐属性の域に達した歴とした〝魔人〟が一人ぞ」


 自ら魔人であることを明かすエリス。

 だが、ラーシェルに動揺は見られない。


 「──そうですか。私のEX技能と同等の威力を目の当たりにすれば、もう驚きはありません」


 「う~ん。勘違いしないでもらえるかなぁ~? 今の半分くらいの力だからねぇ~。もし本気だったらぁ~……この街、消えるよ?」


 魔嵐エリスの無機質のように冷淡な視線。

 砂塵の落ちる音だけが聞こえる空間。


 ラーシェルは静かに落としどころを探していた。 



 (まだ多くの民達が残っている。ここで戦っては被害は甚大……街は壊れても作ればいい。ですが、竜種の民達は……)



 「おーっと、そのくらいにしてもらいましょうか」


 静寂を打ち消すように、一人の男の声がその場へと響く。


 「エリス、貴方にはちゃんと教えたでしょう? 古竜は倒すものではないと。殺してしまっては、また何処かで新たな古竜が誕生する……探す手間が増えるだけだと。この地に封印すれば、少なくとも数百年は邪魔をされずに済む。貴方は強い……だがもう少し頭も鍛えてもらわないと」


 「分かってるよぉ~殺してはいないでしょ~? 少しだけ遊んでただけだよぉ~」


 目の前に魔嵐エリスと一人の男。

 エリスは駄々をこねる子供のように、男の胸元をエイエイと叩いている。


 エリスとラーシェルは初対面。

 だが、その男のことは知っている。


 「久しいですね、魔雷エルバトール。何故、貴方がここにいるのですか? お呼びしたつもりはありませんが、ヴァルル」


 「カフフフ……ご挨拶ですねぇ。何年振りでしょうか。久方振りにお会いできたのに冷たいじゃないですか」


 「では、前置きは不要です。私としては貴方がたにはこの地を去っていただきたい。簡単な要求です」 

 

 ラーシェルの目に映る、魔雷エルバトールのその姿。


 金色に輝く髪と執事のような服装。その上から更に竜装を纏う。


 戦いを辞さない構えだ。


 「竜装まで身につけているということは、そういうことですか……」


 「ええ、話が早くていいですね。単刀直入ですが、今の貴方に勝ち目はない。過去、私一人に四苦八苦していた貴方に、魔人二人の相手は無理があるでしょう? 大人しくこの地に留まりなさい。さすれば、他の者の命には目を瞑って差し上げます。如何ですか?」



 (確かに、今の私では……。要求に応じるべきか、戦うべきか……でも、今戦ったところで、私だけでなく、多くの民を巻き込んでしまう)



 「決まりましたか? 私も色々と忙しいのです。いつまでも悠長に待ってなど居られません」



 (封じられるだけなら、私には切り札もある……。未来に可能性があるのなら、今は下るしか……)



 その圧倒的不利な状況から急かされるように、結論を出すラーシェル。


 「わかりました。私は貴方たちの要求に従います。ただし貴方たちも、約束を破らないことですよ、ヴァルル」


 「よろしい。では早速ですが始めましょう。雷鎖の牢獄にその身を封じよ、〝雷鎖ライトニング ・封縛陣アレステーション〟」


 雲も何もない頭上を雷光が走り始める。

 轟音とともに降り注ぐ雷撃が、ラーシェルを取り囲むように障壁を作り出す。


 そして、全ての雷光がスッと消えるように、地面へと吸い込まれ、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。


 ラーシェルの足下を迸り始める雷光。

 その形を雷鎖へと変化させ、地へ伏せろと言わんばかりに、ラーシェルの体を強く地面へと引き倒す。


 体中を撃ち抜く雷撃と叩きつけられた衝撃によって、記憶は一度、そこで途絶えた。



 ◇◆◇



 (う、うぅ……ここは、どこですか……私は……)



 ガラガラと音を立てて崩れ落ちる瓦礫の音。

 呻くように、か細く聞こえる誰かの声。


 砂埃が舞い、地下都市を照らす魔法石の光すらも、ぼやけて映る。


 「うっっ!?……こ、これは……動けない……」


 雷属性の極域魔法【雷鎖ライトニング ・ 封縛陣アレステーション】によって、ラーシェルは地面に張り付け状態となっていた。


 捕縛する雷鎖の一つ一つが、その光を揺らめかせる度、鋭い針で突き刺されるような激痛が、体の中を突き抜ける。


 どれだけの時間が流れただろう。

 永遠とも感じるほどに、続く肉体と精神の痛み。


 ラーシェルの技能スキルのほとんどが魔法によって封じられていた。ただ一つ、傷や体力を自動的に回復するEX技能、【竜命回復ドラゴリカバー】を除いて…。


 「私を簡単には死なせない為ですか……。これでは餓死するほかこの痛みを逃れる術はありませんね……ヴァルル」


 ラーシェルは苦しそうに首を持ち上げ、周囲を見回す。


 何もない……あるのはただ、奥まで続く瓦礫の山。


 エルバトールは約束を守らなかった。

 ラーシェルの身柄と引き換えに、他の命を守るという口約束……。


 「所詮、口約束……。おのれ……血も涙もないけだものめ……!?……ロ、ロザリア!」


 ラーシェルは娘のロザリアを探すように辺りをぐるりと見る。


 動くたびに走る激痛に耐え、ただ只管に我が子の生を祈りながら。


 [ラーシェル様……ラーシェル様……]


 動揺し、心が打ち震えるラーシェルの心に、声が響いてくる。


 [この声は……リゲルド、貴方なのね! どこ、どこにいるの? 皆は無事なの? ロザリアは無事?]


 声の主は地竜の長リゲルドだった。

 苦しそうに声を振り絞り、ラーシェルへと語りかける。


 [グゥゥ……ラ、ラーシェル様…生きて…おられた…ハァハァ……大丈夫、大丈夫ですぞ。ロザリア様は入口の魔法石内部へ移動しております……あの場所であれば、念話も届きましょう……グホッ]


 [ありがとう……ありがとう、リゲルド……。貴方はどうなの? どこにいるの?]


 [私はもう……長くは持ちそうにありません。街は、あの少女によって壊滅させられました。力及ばず……申し訳ありません……]


 [リゲルド、もうよいのです。街は仕方ありません、民達は……民達は無事なのですか?]


 [うぅ……え、えぇ……子供達とその母親は、全員逃がしました。保護のため、兵を50……残念ですが、それ以外は壊滅的かと。他の竜種も、自領の防衛のため引いていきました……]


 [そう……ですか……。リゲルド、貴方を助けに行きたいのですが、身動きが取れず行くことが出来ません……ありがとう、私が子供の頃からずっと一緒にいてくれた。貴方には感謝しかない。ありがとう……ヴァルル]


 [こちらこそ、貴方様のお傍で……これまで仕えることが出来たこと、誇りに思います。わが生涯に一片の悔いもございません。いえ、ハハハ……少々嘘をつきました……ロザリア様に……一目でもお会いしたかった。ラーシェル様、貴方は生きて、必ず会うのです、ロザリア様に……貴方の娘に……では、これで……]


 念話が途切れ、周囲の静けさだけがラーシェルを包む。


 [リゲルド……リゲルド、まだ聞こえる? うっ、うぅ、リゲルド……ヴァルルゥ──]




 ── 魔技紹介 ──


 【雷鎖ライトニング ・ 封縛陣アレステーション

 ・属性領域:極域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV?

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『雷鎖の牢獄』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び雷鎖により敵を地に伏せる想像実行

 ・備考

  魔法強化段階に応じた影響あり



 【テンペスタ ・ ヴォルテ

 ・属性領域:極域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV?

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『嵐流の渦』

 ・発動手段(直接発動)

  発動言詞の詠唱及び激しい嵐風による渦形成の想像実行

 ・備考

  魔法強化段階に応じた影響あり


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