第73話 魔人襲来 その1

 ── 地底都市エルバイユ ──


 古竜エンシェントドラゴンであるラーシェルと会合し、多くの事実を知ることができた。


 俺を召喚した目的や、与えられた力、そして魔人とはどういった存在なのかということだ。魔雷エルバトールによって壊滅させられた地底都市や各竜種間の争いもそうだ。どれもスケールの大きな話ばかりである。

 

 そういえば、まだ他にも気になっていたことがある…。


 古竜であるラーシェルは世界の均衡を保つ存在であり、魔人と対等以上の力を持っている存在だ。


 さらに、ここエルバイユには最強種である地竜アースドラゴンが多く暮らし、ラーシェルと共に文明を築きあげていた。


 古竜と地竜…それだけの力ある存在が、なぜ、エルバトール一人に敵わなかったのだろうか。


 ……それに召喚。


 歴史書では、前の世界とこの世界を繋ぐ時間軸がそれぞれに存在し、二つの軸が重なりあったとき、召喚が成立するといった記述があった。


 前の世界に戻るつもりはないが、召喚とはどんなものなのかを生の言葉で聞ける絶好の機会だ。


 その謎を紐を解くには、過去を知る必要がある。

 此処で一体何があったのか。

 俺はラーシェルに過去について聞いてみることにした。


 「ラーシェルさん…話が少し逸れるかもしれませんが、聞いてもいいですか?」


 「ええ、構いませんよ。分かることなら何なりと」 


 「助かります。じゃあ、早速。この都市を壊滅させたのは魔雷エルバトール一人によるものですか? ラーシェルさんの他にも、地竜が多く存在していたと考えると、ここまでの状況は考えにくいのですが…」


 「確かに不思議ですよね。ここは地竜が築き上げた地底都市。中でも、地竜の長の実力は特筆すべきものでしたし、多くの兵も擁していました。然しものエルバトールと言えども、一人で乗り込んでどうにかなるものでもありません。先程もお話しした通り、当時、魔雷エルバトールと魔炎ファルド、この二人のみが世界に君臨する魔人という認識でした……でも、それは大きな間違い……いえ、私が気づくのが遅すぎたのです、ヴァルル」


 ラーシェルは俯き加減で目を細め、物悲し気な表情を浮かべる。そして、ゆっくりとエルバイユで起こった過去について話し始めた。



 ……

 ……… 

 …………



 ── 今から約300年前 ──


 魔雷エルバトールによるエルバイユ襲撃直前。


 「そうですか……フレデリクがそう言っていたのですね?」


 「ラーシェル様、どうか貴方様だけは早く退避してください……」


 「いいえ。私はこの地の女王なのですよ。民達を守る義務があります。それに心配には及びません。魔雷エルバトール…本気でこの世界の均衡を破るつもりならば、覚悟してもらいます。地竜のおさリゲルドよ、すぐに兵をエルバの森へ展開させてください。作戦準備と避難経路の確保を行うのです。私は今から他竜種に伝えます」


 「ですが、ラーシェル様への危険だけは回避しなくては。貴方様はこの地だけではございません。竜種の女王にして世界の調停者。古竜としての力は十分に理解しております。それでも、何かあってからでは……」


 「リゲルド、気持ちは嬉しいのですが、私にとっては貴方も大切な民なのですよ。守るべきものを見捨てて何が女王ですか、何が世界の調停者ですか。不毛な話はこれで終わりです。今は一刻の猶予もありません、ヴァルル」


 勇者フレデリクからの一報……それは、魔雷エルバトールの襲撃を知らせるものであった。


 その目標はここ、【地底都市エルバイユ】

 

 現在、フレデリクを中心にした王国騎士団は、雷光魔将らいこうましょうサンダーバードと衝突し、激しい戦闘を繰り広げていた。


 ラーシェルは直ちに念話により、他竜種の長へと語りかける。


 [各竜種の長よ、古竜ラーシェルの名において達する。魔雷エルバトールが世界の均衡を崩す動きを見せています。以前より警戒はしていましたが予想より早く、これは由々しき事態です。よって、これより〝作戦コード:ロンド〟の実行に移します。決戦の地はエルバの森東方。皆、急ぐのです]


 作戦コード:ロンド。

 目標ターゲットを中心に四方を取り囲むように、火竜ファイアードラゴン風竜ウインドドラゴン地竜アースドラゴン光竜シャイニングドラゴンが配備され、全方向からの吐息ブレス攻撃を浴びせる〝集中砲火作戦〟のことである。


 目標を常に中心付近に捉えるように陣形を保つため、このエリアからの離脱は容易ではないのだ。


 また、四属性の吐息ブレス融合ゆうごうによる計り知れないその威力は、それぞれの属性に対する耐性技能でも有していない限り、防ぎきることはほぼ不可能。魔雷エルバトールと言えども、まともに受ければ耐えきることは難しいだろう。


 だが、相手は魔人。

 強大すぎるその力を侮ることなど出来ない。

 敵の動きに翻弄されれば、包囲陣が上手く機能しない可能性は十分に考えられる。


 それでもこの作戦を実行する絶対的自信は、大幅なダメージ軽減を可能とするEX技能エクストリームスキル【全属耐性】を有した古竜ラーシェルの存在にある。


 ラーシェルはそのEX技能の常時発動効果によって、四属性吐息による集中砲火の中にあっても深手を負うことはない。


 つまり、魔雷エルバトールにとっては、逃げ場のない鳥籠の中、互角以上の存在であるラーシェルを相手に立ち回らなけらばならない。


 敵にとっては、まさに地獄のような包囲陣の完成だ。


 今、地竜の長リゲルドを中心に斥候を送っての状況把握、本体の出陣準備と作戦は着々と進められている。ラーシェルもまた、他竜種やフレデリクとの念話で状況を把握しようとしている。


 [フレデリク、そちらの戦況はどうですか? 交戦中であればこの念話は聞き流してください]


 [……]


 (サンダーバードが相手では、話どころではないでしょうね。ですが、フレデリクの実力であれば、もうそろそろ決着がついてもいい頃合いですが……)


 [──ラ…ラ……ラーシェル! 聞こえるか? フレデリクだ]


 プツプツと途切れるフレデリクの声。

 ラーシェルはすぐに言葉を返す。


 [ええ聞こえますよ、フレデリク。私の念話が途切れるなんて……何かあったのですか?]


 [く…黒…か……が、見たこともない…現れ…]


 (何かがおかしい、ヴァルル…)


 念話とは、精霊を通じた相手との対話である。

 その強度は属性力に比例し、フレデリクほどの実力者であれば、念話が途切れることは考えにくい。


 唯一途切れる原因があるとすれば、それは強大な属性力の干渉によるもの。


 (ここまでの干渉を生み出すなんて、サンダーバードの属性力だけとは考えにくい。フレデリク……一体何者を相手にしているというの?)


 [……ラーシェル! 聞こえるか?]


 [フレデリク! 聞こえますよ、何があったのですか?]


 [ラーシェル、不味いことが起きてる。外には出るな! 兵を出しているならすぐに退け! すまないが、救援にはしばらく行けそうにない。こっちも魔将2体を相手にしている。サンダーバード……それに、黒い鎌を持っ……]


 [フレデリク! 魔将はサンダーバードだけではないのですか? 黒い鎌とは何なのですか?]


 [……]


 それ以降、応答はなかった。

 フレデリクの身に何か災いが降りかかっていることは間違いない。

 

 (外に出るなと言っていましたね。それに兵を引けとも……ヴァルル!?)


 兵の外への展開指示を思い出したラーシェル。

 急いでリゲルドへ撤収するよう念話を送る。


 ……だが、既に手遅れ。


 そう告げるように、聞き慣れない声が徐々にこちらへと近づいてくる。


 「な~んか、すご──い。壁がキラキラして綺麗だねぇ~。あねね? 綺麗な竜種ドラゴン!」


 ラーシェルの目の前へと、虚空より静かに降り立つ一人の少女。


 ゆったりとした口調で、にこやかな独り言。

 そして、一気に急変する眼光は鋭く重い…。


 「でもね、その目は嫌い……」

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