第72話 異世界人と魔人覚醒

 「それで……俺を召喚した理由についてお聞きしてもいいですか?」


 真っすぐ見上げるその先で、首を丸くこちらを見下ろすラーシェルが、俺の問いに静かに口を開く。


 「理由は貴方もご存じのはず。四彗魔人の復活……その兆しが見え始めていることに他なりません」


 「──話には聞きました。〝複合型シールド国術式タワー封印陣サークル〟に対する属性付与がここ100年余り上手くいっていないと……」


 「そうですね。籠められた属性量は残り僅か。二国間の争いで魔法石が枯渇しそうなのです。このままでは封印が解けてしまいます」


 「じゃあ、どうにかして魔法石への属性付与を急がなくてはならないってことですよね?」


 俺の返しに首を横に振るラーシェル。


 「いいえ、そうではありません。そもそも封印では限界があるのです。生ある者の意思…その多くは弱く脆いもの。時代の流れとともに変化する。拒むものもいれば、望むものもいる。貴方に期待するのは再度の四彗封印などではありません。〝四彗の討伐〟……ハルセ、貴方にはその力があります」


 「四彗を……俺が倒す……?」


 ラーシェルが告げる、四彗討伐とそれを成し得る俺の力……。勇者と称されるフレデリクにすら成し得なかったこと。


 俺の中に眠る力がそれを可能にするとでも言うのだろうか……。


 [──俺にそんな力は……]


 「フフフ……貴方は考えている。勇者に出来なかったことが自分に出来るわけがない。そんな力があるわけがないと……ヴァルル」


 心が読めるかのように、つらつらと言葉を紡ぐラーシェル。その言葉どおり俺は、自分の力を理解出来てはいない。


 この力に世界を救える程のことが、本当に可能なのか。自信の無さを露呈するように、目の前のラーシェルから視線を外し、声音を低く、答えを返す。 


 「ラーシェルさん。ご存じかと思いますが、俺の力は〝地属性〟……この世界では極域の存在しない最弱の力だと聞いています。その俺に極域魔法の使い手である四彗魔人を倒せるなんて……正直思えないんですが」


 言葉を遮ることなく静かに聞き入れたラーシェル。視線を外した俺の前へとグイっと顔を覗かせる。


 「確かに、これまで地属性の極域を使える者は存在しませんでした。勇者フレデリク……彼の力も貴方と同じ〝地属性〟だったのですよ」



 !?



 「フレデリクも地属性……?」


 「地属性の極域を使える者がいなかったと言いましたが、意味は分かりますね? それは地属性にも極域が存在するからです。貴方へと伝えた〝大気振撃アトモスシェイカー〟 それこそが、極域の力なのです」


 これまでないと思っていた極域の力。最弱だと思っていた地属性の力。俺は自身の両掌を見つめ、独り言のように呟く。


 「俺のこの力が……極域?」


 「その通りです。貴方は見事に大気振撃アトモスシェイカーを習得することに成功しました。ですが、今はまだ自在に使いこなせるだけの属性力が足りません」


 心の奥底では、ただならぬ力だとも感じてはいた。だが、まさか〝極域〟とは思いもしなかった。


 極域魔法を使える四彗魔人は、世界を敵に回せるほどの強大な力を持つ……いわば天災的な存在。そんな力が俺の中にあるとは、到底見当もつかないことだ。


 「あの時、一度だけ大気振撃この力を使うことが出来た……でも、どうして使えたのか、俺には全く分からないんです」


 「何故、属性力の満たない貴方が使うことが出来たのか……それは簡単なことです。私のEX技能スキル【魔技伝承】は、所持する魔法を伝承する際、発動に必要な属性力も同時に付与します。但し、それも初めの一度限り。当然、適正がない者の場合、伝承自体が無効化されるのです」


 ラーシェルの技能スキルによって俺へと伝承された地属性の極域魔法。でも、俺には一つピンとこないところがある……。


 「俺、分からないんですが、この力があれば、四彗に勝てる……ということですよね? もしそうなら、俺に伝承するより、ラーシェルさん自身で戦った方が確実なんじゃないですか? せっかく貰った力も、今の俺では使えない……」


 依然として声を張れない俺に、ラーシェルの怜悧れいりな目が諭すように向けられる。


 「ハルセ、古竜エンシェントドラゴンである私に四彗を完全に消滅させることは無理なのです。古竜は全ての属性魔法を身に宿し、そして、技能によって伝承することが出来ます。ですが、私は無属性……魔法を使うことは出来ません。当然、大気振撃アトモスシェイカーも例外ではないのです」


 「古竜が無属性……? でも、ルーナは火の魔法で俺達を助けてくれました。あれは、魔法ではないのですか?」


 「それは、古竜の持つ攻撃技能【竜火ドラゴファイア】によるもの。 私達は攻撃や防御、補助といった属性魔法が使えない代わりに技能によって様々な力を行使できるのです。ルーナも、これから多くの技能を習得していくことでしょう、ヴァルル」


 ラーシェルの話では、古竜の属性タイプは無属性であり、各属性魔法は当然ながら使うことが出来ない。それでも、身に宿した召喚魔法【異空間転送ディメンションムーブ】と自身のEX技能【魔技伝承】を組み合わせることで、他者を通した〝召喚〟を可能とし、四彗魔人対抗の布石である〝勇者〟を生み出すことは出来る。


 まさにそれこそが、世界安寧への鍵であるとラーシェルは信じているのだ。


 だが、ここにも疑問がある。


 「あの……わざわざ異世界から召喚するのは、何か意味があるのですか? この世界で探す方が効率的な気がするんですが……」


 不思議に思った俺は当然尋ねる。対するラーシェルの返しも早い。


 「ええ、ちゃんと意味はあります。この世界で生まれた者の魂……それは純粋なる精霊核が一つのみですが、異世界から来た場合は、既に自分の命を支える魂魄を宿した状態でこの世界へと召喚されます。当然、この世界に来るということは、元々の魂魄とは別に精霊核も宿すことになるのです。一つの肉体に二つの核。それらは融合し、本来よりも強い精霊核として、この世界に転生を果たすのです。極域魔法を使うには強い精霊核が必要となります。異世界人は、その器として最も適しているのです」


 二つの核の融合……そして生まれる強化された精霊核。


 そうであれば、極域に達した四彗魔人も異世界人ということなのだろうか? それとも生まれつき強い精霊核を宿した存在なのか? 疑問に次ぐ疑問の創出。この世界に初めて来た頃のことを思い出す。何もかもが謎に包まれ、???疑問符が頭の中を巡っていた。


 だが、今は疑問のままでは終わらない。

 目の前のラーシェルが、きっと答えへと導いてくれる。


 「ラーシェルさん、極域に達するには強い精霊核が必要ということは分かりました。そうなると、四彗魔人も元を正せば〝異世界人〟ということですか?」


 「中々に難しい話です。これを理解するには、魔人とは何か? というところから、お話しするべきでしょうね」


 ラーシェルが言う〝魔人〟とは本来、善良なる者。元を辿ればそれらは人間であり、獣人であり、エルフやドワーフといった普通の種族の成れの果ての姿のようだ。


 魔人への覚醒…それを可能とするのは、竜種ドラゴンの〝精霊核〟を生ある状態で取り込むことによって引き起こされる……変則的イレギュラー属性エレメンタル暴走スタンピード。耐え難い苦痛を乗り越えた先にある特殊変異ともいえる姿が〝魔人〟と呼ばれている者達の正体だと言うのだ。


 「普通は、生命がその役割を終えるとき、稀に起こる現象に属性暴走があります。ですが、彼らは生あるままに竜種の精霊核を取り込んでしまったのです。どういった状況からそこに至ったのかまでは分かりません。ですが理由はどうあれ、異常ともいえる事態です」


 【属性エレメンタル暴走スタンピード

 亡骸から抜けることが出来ない精霊が引き起こす暴走……と歴史書にはそんな記述があった。だが、生あるものが他の精霊核を取り込むことで、強制的に引き起こすことが出来るというのは初耳だ。


 「異世界人が魔人化したという話は……よく思い出せません。ただ、この世界の者でも、覚醒することで成り得る存在が魔人なのです」


 竜種と他種族との融合した姿……魔人。

 俺の中にある精霊核は、元々の俺の命と地属性の精霊の融合。で、一方の魔人は竜種との融合。


 [何か精霊核からしても圧倒的な差を感じるのだが……]


 首を捻り、眉間に皺を寄せる俺。

 ラーシェルの励ますような声が、耳へと届く。


 「大丈夫、まだ時間はあります。貴方はこれからもっと強く成長していく。必ず、その力を解放する時が訪れます、ヴァルル」


  (──えっ?)


 やはり、俺の心が読めるのだろうか……?

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