第71話 世界の均衡

 見たところ、ラーシェルは魔法陣上に留まり、激しく揺らめく光鎖のようなもので、両手両足を拘束されている。


 ……何かの封印陣だろうか?


 「あの……聞きたいことは山ほどあるんですが、その…ラーシェルさんを縛りつけている、それは何なのですか?」


 俺の最初の問いかけに、ラーシェルはこちらを見つめ静かに答える。


 「やはり、気になりますか……これは、強力な雷魔法による捕縛の魔法陣なのです。おかげで、私はここから出ることすら叶いません」


 「雷……? 光魔法じゃないんですか?」


 「ええ。四彗魔人ご存じかしら? この魔法陣はその一角、四彗魔雷しすいまらいエルバトールの〝極域魔法〟の力によるものなのです」


 四彗魔雷エルバトール……歴史書に出てくる伝説的な魔人か。ということは、そんなに長い間ここに?


 「四彗魔人は歴史書で学びました。ということは、ラーシェルさんは300年前からこの状態ということですか?」


 「……もう、そんなになるのですか? 時は立ち止まることなく流れるのですね」


 「あの……やはり、この魔法陣の解除は難しいのでしょうか?」


 「そうですね。これの解除は難しいですが【空間転移】の技能スキルさえ使えれば脱出は可能です。ただ、それも力を使い果たした今となっては……」


 雷鎖による捕縛。

 ラーシェルを縛りつけている魔法陣は、電撃によるダメージを与えつつ、対象をその場に拘束し続ける極域魔法。俺の【大地封鎖アースチェーンシール】と似ているが、比べ物にならないほど強力だ。


 雷鎖の威力は、当然、常人では耐えることは不可能だという。ラーシェルが300年に渡り耐え続けることが出来ている大きな理由は、古竜エンシェントドラゴンに備わる各属性に対する耐性技能の効果によるもの。


 

 (ダメージの大幅軽減……ある意味チート能力とも言える力のお陰か)



 とは言っても捕縛された当初は、同じ極域に相当する技能以外は封じられていたこともあり、雷耐性を解放するまで、かなり過酷な日々を送っていたようだ。


 ラーシェルは、崩れ落ちた天井の外を見上げ、言葉を発する。


 「あの子も上に来ているのですよね? 会いたかったですが、今の私では一人の転送が限界です。それにまずは貴方と話をと思いまして。あの子を任せるにふさわしいかどうか……見極めるために」


 「それなんですが……ルーナ、いえ、ロザリア?でしたか。ラシェールさんの子供なんですか?」


 「ルーナ? ロザリアは私の大切な娘よ」


 俺達がルーナと名付けた竜種ドラゴンには、既にロザリアという名前があった。


 古竜ラシェールの娘であり、彼女もまた古竜……。


 「あ、すみません。名前がないって聞いてたので、勝手ながらルーナと呼んでいました……」


 「あらあら、そうだったのですね。謝ることなどありません。元々、私の中での仮の名付け。ルーナ……いい響き、そちらでいきましょう、ヴァルルル」


 「あ、え?……それでいいんですか?」


 「ええ、恥ずかしながら、私はまだあの子の顔すら見れていないのです。名付けはしっかりと対面した際にするつもりでしたが……。その点、貴方はあの子の顔を見て相応しい名前をつけてくれたのでしょう? 素敵な名前をありがとう」


 ラーシェルの優しい瞳。

 それもどこか、俺には寂しく映っている。


愛する我が子と顔を合わせることもなく、この地下深くに幽閉されていた月日すら忘れる程の長い時間を考えると、こちらまで胸を締め付けれる気分になる……。


 ラーシェルは、静かに口を開くとこれまでのことを俺に語り始めた。



 俺が今いる場所の名は【地底都市エルバイユ】

 四彗魔雷エルバトールによって壊滅させられた地竜アースドラゴンの都。


 古竜であるラシェールは、ここエルバイユを女王として治めていた。


 数百年に一度生まれるか生まれないかの希少種である古竜。

 この世界における序列としては、精霊に次ぐ存在のようだ。


 種は歴史書で学んだとおり、火竜ファイアードラゴン水竜ウォータードラゴン風竜ウインドドラゴン地竜アースドラゴン光竜シャイニングドラゴンといった各エレメントごとの五つの種族に分かれている。


 古竜が種族として分類されていない理由は、竜種を統率する唯一無二の存在……覇者としての位置づけに他ならないからだろう。


 リヴルバースにおける竜種は、それぞれの生息地域に根差した都を造り、普段は人の姿で生活しているという。


 各種族には、極めて大きな属性力を保持した者が〝長〟として民を治め、それら全体を束ねるのがラーシェルの役目。


 だが、それも長い年月が大きく変えていた……。


 封じられた古竜ラーシェルの力は、他種族の統率には遠く及ばず、各竜種の長は、四彗魔雷エルバトールと四彗魔炎しすいまえんファルドによる支配地域拡大を危惧し、互いの種の保存を名目とした争いを竜種同士で始めたのだ。


 火竜は風竜を討ち、光竜は水竜を討った。

 そして地竜は四彗魔雷エルバトールによって討たれた。


 残った火竜と光竜の力は互いに拮抗していたが、結末は相討ち……種族間抗争は竜種全体を衰退させた。


 絶滅危惧種……竜種全体が希少な存在へと成り果てつつある世界。


 歴史書だけでは知る由もない、紛れもない現実だ。


 「私はここで貴方という人間を待っていました。〝異世界からの転生者〟である貴方を……ヴァルル」


 ラーシェルの口から予期せず語られたもの。


 ……それは、俺が一番知りたかった言葉。


 俺は考える間もなく質問を返す。


 「なぜ俺が異世界から来たことを知っているのですか!?」


 「ええ、それは……貴方をこの世界へ召喚したのが、私だからです」


 「ラ、ラーシェルさんが……その、俺を!? 一体、どうして?」


 「まずは、落ち着きましょう。貴方は、勇者フレデリクの名を聞いたことはありますか?」


 ラーシェルの言葉に動揺するのも仕方のないことだが、逸る気持ちを抑えるように、俺は数回、深呼吸をする。


 そして再び、視線を戻す。


 「すみません、もう大丈夫です……はい、フレデリクの名は、この世界に来て話には聞いたことがあります。四彗封印戦において、人々を率いて戦ったと」


 「その通りです。よくご存じですね。勇者フレデリクもまた、この世界に召喚された異世界人。貴方と同じ異世界から来たのです」


 「!?」


 勇者フレデリク。

 伝説上の勇者も、俺と同じ異世界人であると、古竜ラーシェルは伝える。


 四彗魔人との戦いの後、彼は一体どうなったのか?

 歴史書にはそういった後日談のような記載は、一切なかった。

 そもそも彼と言ったが、フレデリクが男なのか女なのかすらも謎なのだから……。


 勇者の過去と俺の今。

 俺が召喚されたことも、何か関係しているのだろうか……?


 「フレデリクもラーシェルさんが?」


 「ご明察の通り、私が召喚しました。理由は〝魔雷エルバトール〟を倒すため」


 「魔雷エルバトール? 四彗魔人全員ではないんですか?」


 「そうですね、疑問はごもっともです。元々は魔雷と魔炎……魔人の存在はこの二人のみ、〝四彗〟と冠するようになったのは、私が封印された後のことです。当時の世界の均衡は、魔雷エルバトール、魔炎ファルド、中央聖魔教会、各国騎士団やリフランディアのエルフ魔弓師団まきゅうしだん、そして、古竜である私によって保たれていました」


 「そうやって保たれていた均衡はもろくも崩れた……ということですか。そもそもエルバトールを倒す目的との話でしたが、ファルドは敵視していなかったのですか?」


 「ええ。元々、エルバトールとファルドは対照的で相容れず、互いに一定の距離を保っていました。エルバトールは支配欲が強く、ファルドはその点、無関心といいますか……強者に挑まれない限りは相手にしない、武人気質なところがありました。わざわざ戦いを挑まずとも、世界をどうこうするような魔人ではなかったというだけのことです、ヴァルル」



 (……となれば、魔雷エルバトールと中央聖魔教会がこの均衡を壊したということなのか? それに対する勢力を各国とラーシェルと考えれば、単純にエルバトールのほうが分が悪いような気がするが……)



 俺はここまで聞いた内容を理解しようとしているが、やはり頭の整理が追いつかない……。気づけば、眉間に皺を寄せて、難解な顔になっているのが自分でも分かる。


 そんな俺を察しているのだろうか。

 ラーシェルは、こちらが口を開くまでただ静かに見守っている。

 俺はそんなラーシェルに甘えるように、このまま質問を続けた。


 召喚された理由や多くの謎を解く鍵が、今目の前にあるのだから。

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