第70話 竜種の女王

 開始を告げるルーチェリアの声。



 (──何から試すか……)



 先ずは魔法陣内での右目への属性表示を試みる。


 だが、何も起きない。


 次は、石柱に手を当てて属性表示をしてみる……それでも変わらず何もなし。


 俺に出来ることの全てをやりきるんだ。


 今度は魔法を順に発動する。


 大地拳アースフィスト大地盾纏アースシールドも駄目となると、いよいよ中域魔法に突入するわけだが……ここからは、地形に与える影響も大きい。



 (刻まれた文字を、極力、破壊することのない魔法は──)



 頭に浮かぶのは、未だ一度しか使えていない【大気振撃アトモスシェイカー】だけだ。


 これなら、奇跡的に発動しても振動さえ制御出来れば、大きな破壊までには至らないだろう。



 (でもな……いや、出来るかどうかじゃない。やるんだ)



 俺は石柱に手をあて、大気振撃を発動するための詠唱を行う。


 「大地よ……その力、我を伝い大気を揺るがす衝撃となれ。〝大気振撃〟!」


 意識の集中。体をほとばしる発動感覚……。


 手の指先から足のつま先まで、大気の流れが循環していく感覚が、俺の中に起こり始める。


 魔法が発動する、この前段階まではいける。


 だが、発動には至らない。


 ジアルケスに放ったあの時……もっとこの流れが、ビリビリとした強いものだった。


 でも、その感覚は今はない。



 (やっぱり、何も起こらないか……)



 そう思った、その時だった。

 目の前の石柱の光が徐々に明るさを増し始めた。


 足元の文字は、あの歴史書と同じように幾何学模様に発光している。


 「これはまずい……」

 

 そう感じた俺は、急いで円の外へと駆け出したが、すでに遅かった。


 俺とルーチェリア達との間を遮断するように、円の外周から青白い光が走り出した。


 その光は瞬く間に高さと厚さを増し、透明な結界のような障壁となって俺を包み込んだ。


 「え!? これ何? ハルセ、大丈夫!?」


 慌てふためくルーチェリアと、その声でようやく目を覚ましたルーナの二人。


 「ルーチェリア、どうした?……あー! 外に出た時と同じ光! ガゥウ!」


 ルーナはこちらに走り寄ると、障壁をペタペタと触りながら、興奮気味に声を上げた。


 「ルーナ、あの石から外に出た時と今の光は同じなのか?」


 「うん!……でも入れなかった。光消えててダメだった」


 石柱の中へ入れる?


 本当にそんなことが可能なのだろうか?


  だが、ここは異世界だ。


 信じがたいことだが、こうして魔法が使える世界だ。


 俺は軽く目を閉じると、一呼吸入れる。

 壁に手を当て、二人を見た。


 「ルーチェリア。俺、行ってみるよ。どっちみち、今出来ることはそれしかない」


 不安気な表情を浮かべるルーチェリア。

 俺の手に重ねるように、静かに障壁へと手をあてる。


 「……わかった。ハルセ、お願いだから、無理だけはしないでね」 


 「ああ、心配するな。ルーナを頼む」


 覚悟を決めた俺は、光り輝く石柱へ再び近づく。




 煌々とした橙色の光。

 石柱の目の前に立ち、そこへ右手を恐る恐る伸ばす。


 僅かに触れた指先へと伝わる、柔らかな感触。

 水の波紋が広がるように、その表面が波打っている。



 (これは一体……? 液状になっているのか?)



 指先を押し込むと、液体の中へ手を入れるのと似たような感覚だ。


 然程、抵抗もなく、このまま石柱へと入っていけるかのようだ。



 (信じられない……こんなことが可能なんだ……)



 俺は障壁の向こうにいる二人に手を振り、石柱の内部へと足を踏み入れる。


 柔らかな石の壁を通り抜けた先には、暖かな光に包まれた別の空間が現れる。


 決して広いわけではないが、圧迫感は感じられない。

 前方には、魔法陣らしきものも見えている。


 その周囲を星の砂のような煌びやかな粒が、彩りを添えるかのように舞う。


 ……何とも幻想的な光景だ。


 俺はその上へと進み、陣の中心付近へと立つ。

 すると、足下に刻まれた文字が白光を帯びだし、周囲を舞っていた星砂は、円周上に集まり始めた。



 (これはやっぱり、魔法陣なのか……?)



 刻まれた白光の文字と星砂の障壁によって作られた円形の魔法陣は、次々に俺の下へと現れる幾何学模様の光の輪を辿るように、スーッと静かに下降していく。



 ◇◆◇



 地下深くへと広がる別世界。

 周囲は暗く、下へと伸びる光輪以外に何も見えない。


 俺は魔法陣に乗ったまま、スーッと下へ降りていく感覚になれなくて、胃がキュッと締めつけれる。


 だが、ようやく、眼下に朧気ながらも何かが見え始めた。



 (あれって、山?……いや違う、灰色……瓦礫の山か?)



 光輪が続くトンネルのような空間を抜けた先。

 そこに広がっていたのは瓦礫の街だった。


 埃が舞い、曇りガラスのように目に映る。

 至る所から金属が擦れるような音が聞こえてくる。


 多くの建物が倒壊し、残骸として転がっている光景は、まるで何者かによって破壊されたような……そんな異常さがヒシヒシと感じられる。


 そして、最後の光輪を潜り、地下深くへと降り立つと、俺を運んでくれた魔法陣は、地面へと溶け込むように消えた。


 地面には深く文字のようなものが刻み込まれている。

 おそらく再び地上へ戻るには、この場所を覚えておく必要があるのだろう。


 俺は見失わないように、魔法で目印を打ち立てる。


 改めて、目の前に広がるの街。

 容易に崩れ落ちそうなその態様は、まさに襤褸そのものだ。


 こんなに地下深くでありながらも、周囲を明るく照らし出しているのは、洞窟壁に含まれる魔法石だろう。


 上で見た石柱と同じような輝きだ。

 様々な属性の魔法石が入り混じっているのだろうか。


 その輝きは多種多様だ。


 俺は、罅割れた石畳の道を奥へゆっくりと進む。



 (ん? あれは?)



 俺の目に映ったのは、辛うじて原形を留めた大きな建造物だ。


 城のようなその外観。

 入口の扉は既に朽ち果て、地面に横たわっている。他に入れそうな建物は見当たらない。


 「あそこに、行ってみるか……」


 と、俺が足を向けたその時だった。

 

 何なのかは分からない。

 だが、確かに声のようなものが聞こえた。



 (何だ! 何かいるのか!?)



 俺は身構え、周囲を警戒する。


 何ら動きも音もない。

 この場所ではなく、上の階層から響いてきたのだろうか。


 しかし気になる……気になって仕方がない。


 地下深くの孤独が、俺を更に不安にさせる。


 「ヴァルルル──………」


 「ん!?」


 いや、もう諸だろ?

 俺は今、確かに聞いた。


 しかもその声は、今まさに入ろうとしている建物の中から聞こえてきた。


 近寄るなと警告しているのだろうか?


 とはいえ、ここまで来てしまった以上、後戻りは出来ない。


 このままでは、地上に戻ることも叶わないしな。


 俺は、恐る恐る建物の中へとその歩みを進めた。


 入口は開いていたが、もう一つ、内扉が目の前に立ちはだかる。



 (これって、押したら倒れてきたりしないよな?)



 俺は大きく深呼吸し、そっと扉に手をかける。


 軽く押しても微動だにしない。

 それは、強く押してみても同じだった。


 鍵でも掛かっているのか? と勘ぐってしまったが、それは違った……。


 理由は単純で、手前への両開き戸だったのだ。


 取り敢えず、この失敗はあの二人には内緒にしておこう。


 ようやく開かれた扉。

 その先にあったのは、玉座らしきものが鎮座する開けた空間だった。


 俺は、扉を抜けて前へ踏み出そうとしたが、ふいにその足を止めた。


 あるものが目に入ったからだ。

 玉座より手前に横たわる、大きな何か……。


 すでに建物の天井は崩れ落ちているのだろう。


 上空から降り注ぐ魔法石の光が、その謎の物体を照らし出す。


 「待っていましたよ、ハルセ=セノ」


 首を高く持ち上げ、体を起こそうする何かがこちらを見下ろし語りかける。


 この声……聞き覚えがある。


 俺に技を授け、窮地を救ってくれた声。


 心に響いて来たあの声だ……。


 「驚かせてしまいましたか? 我が名はラーシェル。古竜エンシェントドラゴンにして竜種を統べる者。いえ……それも昔の話。今はただのラーシェル。まさかあの子も貴方に惹かれるとはね、ヴァルル」


 「……あの子?」


 「ええ、あの子はロザリア。貴方たちと一緒にいる竜種のことよ」


 「!?」



 (ロザリア? ルーナのこと、だよな? 名前があったのか──)



 突然のことに俺の思考が追いついていないが、目の前にいる竜種は古竜であることは理解した。


 となると、ルーナも古竜ということか?



 (それにルーナ……いや、ロザリアって……)



 ひとまず、俺は目の前の竜種に跪き、挨拶を返す。

 余りにも神々しい姿を前に、このまま話すのは無礼だと思えたからだ。


 「あ、あの……初めまして、名前は知っているようですが、改めてハルセ=セノといいます」


 「あらあら、ご丁寧な挨拶ですね。人間と話すのは久方ぶりのことです。私で答えられることであれば、お話ししましょう」


 優しく語りかけるラーシェル。

 イメージ通りのその声に、俺は少し気持ちがほっとしている。


 こんな地下深くだ。

 謎の竜種を前に、普通なら慌ててもいい場面なのだろう。


 でも、不思議と不安はなかった。


 ……恐れすらも。


 早速、話を聞きたいところだが……これは一体何なんだ?




 ――――――――――

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