知識向上編

第64話 知識の宝庫へ その1

 この世界で現存する最強のモンスター、嵐斬魔将らんざんましょうデモンサイズ。その圧倒的な力によって、俺の自信は完膚なきまでに叩きのめされた。


 だが、悪いことばかりではない。

 命が助かっただけでも奇跡的だし、デモンサイズ糞カマキリのお陰で俺の鼻っ柱も弾かれ、ここから本格的に強くなるための決意が出来た。


 これまでガル指導の下、俺とルーチェリアは多くの実践的修練を積んできた。半年前に比べても大きな成長を遂げているが、足りないものもある。


 それは知識だ。

 三人で話し合って決めた方針。

 ここからは、次の段階である〝知識の習得〟へと進む。


 一先ずガルに相談しようと思ったのだが……。

 久しぶりの友との酒に、二日酔いに倒れていたガル。まともに話が聞ける状態まで半日が過ぎようとしていた。


 「話は分かった。貴殿らも成長したということか。確かに強さとは精神と肉体強化のみならず知識も必要……だが、知識だけ豊富になって、頭でっかちになっただけでは困るぞ。ビハハハハ」


 俺達は決めた方針をガルへと話し、しばらくの間、修練割合を7:3程に振り分ける案で決定した。


 勿論、知識=7、実践的修練=3の割合だ。


 ガルの鬼修練は、少しばかり息を潜めることになる。嬉しいことだが、本音は伏せておく。


 これでガルの了承は得た。まずは第一歩として、その知識を得るためにはどうすべきか。


 考えるべきはそこからだ。

 そして、あまり長々と効率の悪いことをしていてはガルに大目玉を喰らう。


 極力早く必要な知識を習得し、実践的修練へ反映させる。その裏付けがあるからこそ、ガルは俺達の意思を汲んでくれたはずだ。


 異世界で、こうして平和に暮らしていくこと。

 今の俺の願いだ。


 「じゃあさ、明日、街にある王立図書館に行かない?」


 知識と言えば、まず「ここでしょ?」と言わんばかりのルーチェリアの提案。確かに知識は〝書〟からだ。これ以上の提案はないだろう。


 「王立図書館か……昔からあまり本は読んでこなかったからな。若干、苦手だけどそうなるよな」


 「図書館? 本?」


 「本ってのは色んな知識、人の考え方とか、何かをするときの助けになることが書いてあるものだよ。そして、図書館はその本が沢山あるんだ」


 「うおお──! 図書館凄い! ガゥウ!」


 「それで、今の俺達に必要な知識って何だと思う? ある程度は絞っておいたほうが効率いいだろうし」


 俺達はこれから必要な知識についての取捨選択を話し合う。その中で出てきた必須とも言える知識〝世界の地理〟・〝薬学〟・〝モンスターの特性〟そしてもう一つ。


 「今のところ、その三つだろうな。掘り下げるとなると本当に骨が折れそうだ。でも後一つ、気がかりなことがあるんだ」


 「後一つ?」


 「ああ、ルーナの故郷のことだ。あの地下階層フロア。床一面に模様が円を描くように刻まれていた。あれが何を意味するのか。そして、あの【魔法源石】……ルーナはあれから生まれた。謎多いあの場所をもう一度調べたいと思うんだけど、そのための知識が何かあればなと」


 「ルーナのお家を調べるの?」


 「ああ、ルーナが嫌じゃなければな」


 嫌じゃないと意思表示するように、首をブンブンと振り出すルーナ。


 自分が生まれた場所だからというよりも、どこかに遊びに行きたいという気持ちが、その目からは見て取れる。こうしてルーナの顔を見ていて、もう一つ思い出したことがある。


 「そういえば、聞きそびれてたけど……ルーナが見せてくれたあの力、デモンサイズを燃やした火の玉も凄かったし、奴に突っ込んでいくときは体の色が変わったようにも見えた。あれは魔法なのか?」


 デモンサイズとの戦いで見せたルーナの力。

 あれだけ衝撃的な登場であったにもかかわらず、すっかり聞くのを忘れていた。


 「ルーナ、あのデモンサイズを燃やしたの!? え? 何?」


 その話になった途端、驚声を上げて目を見開くルーチェリア。


 「ああ、そうか。ルーチェリアは見てなかったんだよな。凄かったんだよ。あの時、ルーナが来てくれなければ、メリッサさんは確実に殺られてたし、俺やガルベルトさんも無事では済まなかったって思うよ。俺達の命を救ってくれたのは|紛れもなくルーナだ」


 きょとんとした表情でルーナを見つめるルーチェリア。


 その視線を気にすることなく、ルーナは首を右に左に傾げながら、俺の質問に答えようと考えこんでいる様子だ。


 「う~ん。ハルセに右目に集中って言われてから、練習してたの。そしたらね、何か見えたの。それでね、その文字に集中してたら、声が聞こえたの」


 「──!?」


 ルーナの口から飛び出す、気になる言葉ワード。俺は気持ちを落ち着け、ゆっくり問いかける。


 「ステータスが見えるようになったのか? それに声? どんな声だった?」


 「ステータス? 何かね、浮かんでたの。今は消えてるけど。声は……う~ん、女の人? でも、何か懐かしい声だったかな……」


 俺も最初、ステータスの確認は出来なかった。

 文字らしきものだということは分かるのだが、遠くでぼやけている感じで判読は困難だった。


 ルーナも急に見えるようになった? それに女の人の声…俺が聞いたあの声と同じだろうか。


 「それで、その女の人の声は何か言ってたか?」


 「うん。ルーナに〝竜火ドラゴファイア〟と〝竜皮硬化ドラゴハーデン〟を授ける、解き、解き……なんちゃら言ってた。それでね、目の前に浮かんでたやつ、綺麗に見えたの」


 「そのなんちゃらって、『』じゃなかったか?」


 「ハルセ! 何で知ってる? それ! ガゥウ!」


 女の人の声……技を伝授し〝解き放て〟という言葉で終えている。


 同一人物とは限らないが、数少ない共通点だ。


 「ああ、俺も女の人の声で、その台詞を聞いたことがあるんだ。同じ人かは分からないけど」


 「ハルセのお母さん?」


 「何でそうなるんだよ……」


 それから俺達は夕食を挟んだ後も、必要な準備と話合いを続けた。


 ガルのいびきが聞こえてくる夜更け。

 俺達はそれぞれ耳栓を装備し、明日へ備え休むこととした。



 ◇◆◇



 翌朝、毎朝のルーティンである朝食と清掃活動を終えると、王立図書館へ向けて出発した。


 ルーチェリアの話によれば、王立図書館は朝早くから開いているらしく、席を確保するには早めに行かなければならないようだ。前の世界でもそうだったが、図書館での席取り合戦は異世界でも同様か。


 俺達は門番の二人と挨拶あいさつを交わし、街の中央広場を目指して歩く。


 「なぁ、ルーチェリア。王立図書館の場所は分かってるのか?」


 「うん。ハルセと出会う前に、本の納品とかで何度か行ったことがあるから」


 「そっか……悪い、思い出させてしまったな」


 「ううん、大丈夫。もう自分の中でのけじめはついてるから。それに、ハルセが一緒にけじめをつけてくれたし。ねっ!」


 明るく振る舞うルーチェリアだが、俺の気にしすぎだろうか……。


 以前に比べれば、その態度や声は自然だ。

 違和感を感じることも少なくなった。

 でも、ルーチェリアにとってこの街は故郷ではなく、捕虜としての辛い過去に満ちた街。


 ……と、こんな風に俺が考えていては逆に思い出させてしまうか。それに向けられるルーチェリアの笑顔は、少なからず、俺に心を許してくれている証なのだろう。


 「ほら、あそこだよ。大きいでしょ?」


 「ルーチェリア! すごい、大きいね! ガゥウ!」


 王都リゼリアの街の中心にある噴水広場。

 街のいこいの場として親しまれている。

 王国騎士団本部や王国兵団本部、回復術士協会といった王立施設が数多く立ち並ぶ中、その中央に構えているのが王立図書館である。

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