第63話 強くなるために その2

 バイト最終日である7日目も無事に閉店し、俺達はカウンター前へと並ぶ。


 眼鏡をくいっと持ち上げてにこやかに笑うリッドが、俺達の前に立った。後ろには給料袋何かを隠し持っているのが見え見えだ。


 「今日でバイトも最終日だったな。お前達、本当にご苦労だった。ほら、回復薬の代金の残りとバイト代だ。そして、もう一つ朗報だ。バイトを休んでた二日分も特別に支給してある。俺からの感謝のしるしだ」


 リッドは俺達に金の入った袋を渡してから、ふと思い出したように言葉を続けた。


 「ああ、そうだ。今回は予想以上に儲けさせてもらった。その分を山分けと言えればいいんだが、俺も経営があるからな。金は渡した分で満足してもらいたいんだが、それでは俺の気が収まらないというか、モヤモヤしちまうんだよ。そこでだ、俺は素材屋だが、鍛冶師でもある。お前達の装備を一度だけ無料で打ってやる。今の装備の強化でも構わんし、新たな装備のオーダーでも構わん。どうだ?」


 「リッドさん。それって……三人分を一通りってことでいいんだよね?」


 「はっ、相変わらず、ルーチェリアちゃんには敵わないな。おう、勿論だ。但し、仕事の合間に仕上げるからな、多少時間はかかる」


 リッドは最初からそう考えていたのかもしれないが、ルーチェリアの兎の一声で決まったようなものだった。結局、装備品をそれぞれ一式ずつ新調してくれることになった。


 俺達の初めてのアルバイト。

 途中、悪夢を挟んだとはいえ、何とか無事に終えることが出来た。


 俺だけでは無理だったけど、仲間がいたおかげで乗り切れた。


 そして、またここから一緒に歩いていくんだ。


 「ハルセ、何一人で頷いてるの?」


 「ルーナと手を繋ぐの!」


 「よし! 三人で手を繋いで帰ろう!」


 「えっ? わ、わ、私も!? ま、まぁ、ルーナも繋ぐし、ハルセがそうしたいなら……」


 「ルーチェリアはいいの。ルーナとだけでいいの!」


 「な、何よそれ──っ!」


 神様、今日も異世界は賑やかです。



 ◇◆◇



 その夜、俺達はガルの帰宅を食事を作りながら待っていた。


 あの日以降、ガルは城へ入り浸りだ。

 城での報告事や処理が長引いているのだろうか……今日も帰りが遅い。


 (あれだけのことがあったんだ……簡単に終わるわけないか……)


 ……だが、この心配は杞憂に終わる。


 勢いよく開かれる我が家の戸。

 肩を組んで、千鳥足で転がり込んでくるガルとリッド。


 「おお~貴殿たちぃ~。かえってきたぞぉ~ビハハハハハ~!」


 「お前らぁ~この分からず屋に何とかいってやってくれよぉ~。ガルベル……うぅ、気持ちわ……おぼぼぼぼ……」


 「あばばばば、ハルセ、拭くやつ、それ、それとって!」


 「この二人匂う。なんか変」


 転がり込んでくるなり、聖水をぶちまけるリッド。それを指差し、笑い転げるガル。


 俺達はこのアホ二人の対応に大慌てだ。

 どこで飲んできたのか、かなりの酔っぱらいだ。


 その場に着の身着のまま横になって動かなくなる二人を、俺達は必死の思いでガルの部屋へとぶち込んで毛布を掛ける。


 せっかく、夕食を作って待っていたのだが……。


 でも、責める気はない。

 あんなに楽しそうなガルを見たのは久々だった。


 俺達は夕食を済ませると、残り物を二人分の朝食に作り変える。


 「ハルセ、明日から何しよっか? アルバイトも今日で終わったしね。それに、これだけお金があれば十分だよね」


 「ああ、十分だな。明日からのことは……本当ならガルベルトさんも一緒に話したかったんだが、あの二人の様子じゃ……とりあえず、俺達だけで話そう」


 「何? 何を話す?」


 俺達は上着を羽織って、食後のエルリンド茶を煎れて外のテーブルへと移動する。


 久々の平和な時間。

 ゆっくりとした時の流れ。

 俺達は互いに、今思うことを交わし合う。


 「俺は強くなった気でいた……でも、それは間違いで、現実は弱かった。初めは、自分の無力感に潰されそうだった。けど、俺達は互いに守り合って、あの難局を乗り切ることが出来た。俺は弱くても〝俺達〟なら強い」


 「ハルセは弱くなんかない! 本当に弱いのは私……。自分が情けないくらいに震えが止まらなかった。いつデモンサイズあいつが現れて切り裂かれないか。そんな考えが私の足を止めてた。だから、私が強くならなきゃ」


 「ルーナも怖かったよ。カマキリは強い。ルーナも強くなって、ハルセを守るの」


 あの悪夢のような二日間、そして其々に感じたこと。弱さを認めることは、決して恥ずかしいことではない。自身の弱さを知っているからこそ、その弱さを埋めることが出来る。



 ……より強く前へ進むことが出来る。



 「それでなんだが、そろそろ俺達も次の段階へ進もう」


 「次の段階?」


 「次のって?」


 「ああ、今の俺達に一番足りないものは〝知識〟だと思うんだ。これまで散々走ったり、魔法の実践ばかりだったけど、俺達にはまず、敵に対する知識が足りない。それに、世界についても見識を広げないと戦いにおける戦略も立てられない。これまで通りの修練は当然続けるべきだろうけど、その割合を知識の習得にも振り分けたい。どうだろう?」


 「うん、私もそれがいいと思う!」


 「……ガゥウ?」


 俺の意見に賛同するルーチェリアと意味が分からない感じのルーナ。戦いで生き延びる上で、知識は最大の武器になり得る。


 得られる知識によって、俺達の世界は大きく広がるはずだ。



 ◇◆◇

 


 翌朝、ガルとリッドはいつもより遅く起床する。

 あれだけの醜態を晒していたリッドは、何事もなかったかのようにけろっとした顔で『開店に間に合わない!』と急いで帰っていった。


 一方、ガルは二日酔いで頭が痛いらしく、「うぅ~うぅ~」と唸っている。


 新しいスタートとして何とも言えない状況だが、真に強くなるための修練がこれから始まる。


 俺達の新しい仲間、ルーナも一緒だ。




 ――――――――――

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