第62話 強くなるために その1
陽が地平線へと傾く頃、各捜索地点での任務を終えた騎士団が次々と捜索拠点へと戻ってくる。
そして、報告される内容はどれも凄惨なものであった。
ガルとメリッサが最奥まで進んだところ、10名の遺体が目に飛び込んできた。首や腹部付近から両断されたそれらは、死臭を放ちながら血の海に浮かんでいた。
北方捜索領域では、5名の死亡を確認。
その全てが肉片として散らばり、胴体の数でその人数を算定するほかない状況となっていた。
西側、東側についてもそれぞれの合計で残り14名に値する遺体を確認。そのどれもが、北方と同様に原形を留めておらず、顔が分かるものなど一人も存在しなかった。
捜索に向かった騎士団への被害は、南方捜索隊の小隊長含む数名。魔法石にほど近い領域や襲撃場所周辺を除き、回収できる遺体は袋へと入れられ、安置所である
回収できたとはいえ、そのほとんどが体の一部のみだ。騎士団への被害は最小限に食い止めた。
だが、誰一人として救出は叶わなかった現実。
良くも悪くもラグーム平原中央部の危険性を改めて、世界へ示す形となった。
多くの命が失われた。
俺はひたすら手を合わせるしかなかった。
この戦いで俺は自分の無力さを痛感した。
騎士達が馬鹿にするのも、仕方ないと思えた。
俺は弱い。
……ただ、強くなった気でいただけだった。
今日はこのまま野営のようだ。
月明りが照らす中、俺は空を見上げ誓う。
真の強さを身につけることを。
◇◆◇
一夜明け、俺達は早朝から撤収作業に入り、王都リゼリアへと帰還する。
騎士や兵士達の表情はどこも暗い。
誰一人として言葉を発しない。まさに敗戦の様相だ……。
多くの死者を目のあたりにした、あの地獄絵図を思えば当然だろう。
俺も同じだ。
体は回復魔法によって傷は塞がり、多少の疲労が残る程度で問題はない。
だが、心の傷は魔法では癒せない。
真なる強さは、決して、俺が自己満足に強くなったと思うことではない。
……俺に与えられた力は本当に無力なのだろうか。
あの時の〝声〟と与えられた〝
声が聞こえたのも、魔法を発動出来たのも……あの一度だけだ。
……偶々だった?
いや、俺のステータスには〝習得済み〟として表示もされている。
これが偶然であるはずはない。
発動出来ない原因は、きっと俺の力不足だろう。
声が聞こえないのも、今の俺では話すだけ無駄だと思われているのかも知れない。
今、俺がすべきこと……それは自分自身を強く成長させることだ。
だが、これまでのように只がむしゃらに鍛えていくだけでは限界がある。それには薄々気づいていた。強くなるには己を知り、世界を知ることも重要な要素だ。
今の俺は余りにも無知過ぎる……。
ここからは、知識の習得も併せて行う必要があるだろう。
「ハルセ殿、私は城へと報告に行かねばならんが貴殿らはどうする?」
「ああ、俺達はリッドさんのところに行くよ。バイトほったらかしにして来たし。それに、何かしていたほうが気が紛れる」
少々ぶっきらぼうな返事をする俺に、ガルは軽く笑みを浮かべると、
「そうか……では、後で寄る。リッドにもよろしく伝えてくれ」
とだけ言葉を発し、手綱を握る騎士へと停車位置を伝える。
俺達はバイト先であるリコ・リッドの前で馬車を降りる。店の前に立て掛けられた木製の看板を見ていると、どこか少しだけほっとしている自分がいる。
扉を開けると鳴り響く来店を知らせる音。
これですら何か心地いい。
「おお、お前ら、無事に帰ってきたか。事は片付いたのか?」
俺はリッドにラグーム平原での出来事を話す。
予想通りではあるが、とても和やかな表情のままで聞ける話ではない。
「そうか……こっちでも話では聞いていたが、あの行商一団には俺の知り合いも数人いた。予想以上の脅威があの領域には潜んでいるのだな」
「ルーナが追っ払った! ガゥウ!」
「ハハハハ、ルーナの嬢ちゃんがねぇ。流石じゃないか」
「ああ、ルーナには助けられたよ。それに、ルーチェリアも負傷者の手当大変だったな。ありがとう」
「わ、私はそんな……。ハルセのおかげで無事に外に出られたし、ルーナがあの時、私を置いて行ったから、外で待ってる人も必要だって言ってくれたから……だから、こうして生きてる。私こそ、二人に感謝してもしきれないよ」
俺達はリッドへの報告を終え、ゆっくりと帰路につく。
「今日のバイトは免除、ゆっくり休め」とリッドからの業務命令を受けてのことだ。
◇◆◇
アルバイト6日目、そして7日目……と、あっという間に過ぎ去っていく。
心地いい時間は短く、苦痛は長い。
逆ならば、どれだけ幸せなことだろうか。
この2日、余計なことを考え過ぎずに済んだのはバイトのお陰だ。自分なりにやるべき事は分かっているといえ、何事もなかったかのようにすぐに行動できるほど、俺のメンタルは鋼ではない。
むしろ豆腐……でも、少しだけ気持ちの整理がついた。
俺はあの夜、強くなると決めた。そして、強くなるための知識を得ると決めた。時間の流れと周りの支えが、俺にこの考えを実行に移す気力を与えてくれた。
隣を見れば、支え合ってきたルーチェリアが笑っている。俺を守ってくれたルーナの明るい声も聞こえてくる。
一人で抱え込むことじゃないんだ。
ずっと一人で過ごしてきた前の世界とは違う。この世界は違うんだ……。
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