第61話 追うもの追われる者

 限界まで威力を高めた大地の拳とデモンサイズが放つ激風の輪刃。


 回転する風の刃が大地を削り飛ばし、轟音とともにこちらに襲いかかる。


 俺は拳で相手の攻撃を受け止めると、属性開放技〝破砕クラッシュ〟を放った。


 大地拳アースフィストから生じる無数の破片が弾丸の如く前方へと飛散し、突き抜けていく。


 デモンサイズやつの技と俺の渾身の一撃。


 その激しい衝突は互いに削り合う轟音を伴い、大気を揺るがす波動となって周囲へと広がる。


 俺は力尽きたようにその場に膝から崩れ落ち、辺りは砂煙に覆われる。


 ガラガラと舞い落ちる、大地の破片。


 デモンサイズやつの技はなんとか凌いだが、アイツにダメージを与えることは出来たのだろうか。


 技を防いだだけでは意味がない。

 相手に傷一つつけられないなんて、情けないからな……。


 あの日、初めてデモンサイズに遭遇してから、俺はずいぶん強くなったつもりだった。


 だが、現実は違う……もう、ボロボロだ。

 体だけじゃない、気持ちまで地面に伏せちまう。


 俺は自分を咎めていた。


 まだ、視界は開けず敵の状況すら分からない。

 目を凝らし、その煙経つ先へと神経を尖らせる。


 だが無情にも、デモンサイズやつの羽音が、俺の背後から聞こえてきた。


 同時に、重い音を立てて着地するような音も……。




 (……そうか。


 俺の拳は……届かなかったのか。


 今できることは全てやった……それでも、駄目だったのか……。


 ──俺にはもう、アイツを止めるだけの力は……)





 周囲を警戒するように四望しながら、ジリジリとこちらへと近づくデモンサイズ。


 その一歩一歩が、重く圧し掛かる畏怖べき跫音。


 ……何度目のことだろうか。


 死を覚悟した俺は、遠くの空を眺める。


 身に纏う装備はズタ襤褸で、もう体も動かない。


 そんな俺の目に映るのは、朱く染まりゆく空と煌々と輝く一筋の光。



 (綺麗だな……この世界にも、流れ星ってあるんだな……)



 そう思っていた俺の方へ、その光は段々と近づいて来る。


 「聡明なる光の聖霊よ、煌々たる光槍へと姿を変え、の者を討て〝煌槍流星シューティングスピア〟!」


 響き渡る一声とともに、一筋の光が俺の背後へと流れ落ちる。そして、デモンサイズは流星から距離を取るように後方へと回避した。


 ズサッと大地に突き刺さる鋭い音。

 流れ星と思っていたもの……それは、光に包まれた長槍だった。


 (この槍って……どこかで)


 「間に合ったようだな。ガルベルト殿」


 「ああ、そのようだな。ハルセ殿、大丈夫……ではないか。よく頑張ったな」


 聞き慣れた声。

 俺を挟むように姿を見せたのは、騎士団長メリッサとガルであった。前線からこちらへと戻ってきてくれたようだ。


 俺は辛うじて体を起こし、かすれた声で言う。


 「ガルベルトさん、俺……」


 「もう大丈夫だ。ルーチェリア殿とルーナ殿はどうした?」


 「……ああ、あの二人ならもう、この魔法石効果範囲エリアからは抜けたはずだ」


 「そうか、一先ずこれでも飲んでおけ。回復魔法のほうがいいだろうが、今はデモンサイズやつをどうにかせねばな」


 「ああ、分かってる。ありがとう」


 俺はガルから回復薬を受け取ると、喉の渇きも相まって一気に飲み干す。


 やはり、ガルのお手製回復薬は効き目が抜群だ。


 飲み干した途端、俺の出血が止まり始めた。

 傷口は深くて完全に治るわけではないが、かなり良くなった。


 「ハルセ殿、立てるか? 貴殿はそのまま我々の中心に居てくれ。私とガルベルト殿で守る。このまま魔法石効果範囲外エリア外まで退避するぞ」


 「ごめん。メリッサさん、ガルベルトさん……俺、とんだ足手まといになってしまって」


 「貴殿はよくやった。生きているのが奇跡と言っていい。何より、ルーチェリア殿にルーナ殿の命を守り抜いたのだ。ここからは、私達が貴殿の命を守る。暗い顔をするな。ビハハハ」


 励ましの言葉……今はそれを素直に受け止めるべきだろう。確かに俺は、大切な二人を守ることは出来た。でも、俺がもっと強ければ、デモンサイズやつを一人で押さえるくらいの力さえあれば……と悔しい思いは、どうしても積る。




 今、俺を中心にガルとメリッサは連携し、周囲を回るように、デモンサイズの猛攻を捌いている。


 俺の歩みに合わせて、前進するガルとメリッサ二人が作り出す防衛陣形。


 きっと、俺が居なければ勝てるのかも知れない。

 そう思えてしまう程、ガルとメリッサの攻防一体の陣形は、流麗かつ力強い。


 そして時折、俺の視界から一瞬消えたかと思う程の速度で攻撃を繰り出す。あの強さレベルに達するには、どれだけの修練が必要なのだろうか。


 だが、この二人を相手にデモンサイズから引く気配は一切感じられない。放たれる攻撃は一層の熾烈さを増している。


 俺が見ていた攻撃から、更にギアを一段階上げてきたかと感じるほどの〝かまいたち〟の連撃。


 一つ一つの刃には激しい風切り音が生じ、デモンサイズやつの重い足音すらもかき消している。


 前方にあったはずのその姿は、瞬間移動でもしたかのように素早く、後方からの攻撃で気付かされる。


 あらゆる方向から襲い来る真空の刃は正しく〝乱れ撃ち〟だ。その凄まじいまでの攻撃速度に呼応するかのように、ガルとメリッサは互いにカバーし合う。


 俺はただ、その中心で守られるばかり……。

 相手のペースに合わせた防戦一方では、体力はどんどん奪われる。


 守りながら戦うのは苦しいことだ……。


 そんな俺の悪い予感があたった。

 メリッサが、辛そうに肩で息をし始めた。


 こちらは生身の人間で、相手は魔法石から永続的に力を供給される怪物。どちらの体力が先に尽きるかなど、初めから分かっていることだ。


 今はこの防衛陣形を維持するために必死な二人もこのままでは、どちらかが限界に達してしまう。そうなれば、簡単に崩壊するだろう。


 体力の限界が先か……魔法石効果範囲外エリア外に達することが先か。


 だが、どちらが先かは答えは出ている。

 この場所から外まではまだまだ遠い。

 既に息が上がり始めたメリッサを見れば、到底持ちそうにない。



 「メリッサ殿!!」



 一瞬の隙を突かれた。

 その針の目ほどの僅かな連携の乱れを見逃さない、デモンサイズの悪魔の鎌が襲い掛かる。


 急いでメリッサの元へと戻ろうとするガル。

 その時、一瞬……俺にちらっと視線を落とした。



 俺の命か、メリッサの命か……。



 防御陣形は崩れた。

 ともなれば、命の選択は必然的になるのだろう。


 俺はこの展開は避けられないと途中から悟っていた。メリッサが肩で息をし始めた時には、既に限界が近かったのだ。


 普通の人間が、あれだけの時間を息継ぎなしに防戦するのは苦しいことだ。


 戦いにおいて、間合いを取り、息を整え、自身の能力を制御することは重要なことだ。だが、今は俺のような荷物を抱え、間合いも取れず、息継ぎすらも碌に出来ない。


 メリッサのような強者であっても、相手に戦局を握られた状態で戦い続ける現状は、困難を極める。


 決してメリッサが弱いわけじゃない。

 全ては無力な俺の責任……。


 俺は約束を破って、メリッサの方へと走り出して手を伸ばした。


 ガルもまた、デモンサイズが振るう鎌を弾くべく、攻撃体勢のまま力強く踏み込んだ。



 (──ここまでか……)



「俺達の思いは届かない……」と頭をよぎったその時だった。


 頭上から風が吹き下ろす。そして、黒い巨影が地面に落ちてくる。


 「〝竜火ドラゴファイア〟! ガウヴァール!!」


 メリッサの首に悪魔の鎌が届きそうな瞬間、燃え盛る火の玉がデモンサイズの体を包みこむ。


 俺とガルはメリッサの腕を掴み、悶えるデモンサイズから力一杯に引き離す。


 「はぁはぁ……すまない。油断した……」


 「気にするな、メリッサ殿。無事で何よりだ。あの竜種ドラゴンに助けられたな」


 「……なんだ? ド、竜種ドラゴン?」


 俺達の遥か上。

 翼を大きくはためかせる竜種のシルエットが逆光によって浮かび上がる。その黒い影は滑空し、こちらへと向かっている。


 「ハルセ! 助けに来たよ! ガゥウ!」


 白銀に輝き空を舞う竜種の姿。

 一度しか見たことはないが、見間違えるものか。


 「ルーナ!」


 ルーナは俺達の上空を飛び越えると、デモンサイズの真上で空中停止する。依然として、身を焦がし続ける火の勢いを止めることが出来ていないデモンサイズを横目に、追撃と言わんばかりに大きく口を開く。


 「もう一発いくよ! 竜火ドラゴファイア! ガウヴァル!」


 開いた口の奥。赤く燃え盛る小さな種火が烈火の如き火の玉へと拡大していく。そして放たれる全てを焼き尽くす業火の塊。


 デモンサイズはその気配に気づいたのか、頭上に向けて両手の鎌を双節棍ぬんちゃくのように振り始める。そこに生じる無数の真空の刃〝かまいたち〟が、ルーナの火の玉を遮断するように広がっている。


 だが、ルーナの猛攻は止まらない。

  竜火ドラゴファイアによる攻撃と同時に、自身の放った火の玉を追うように、デモンサイズへ向けて滑空していた。


 「まだまだぁ! 〝竜皮硬化ドラゴハーデン〟! ガウヴァル!」


 ルーナは赫灼たる白銀のその体を、黒曜の輝きへと変化させると、対象へ向けてそのまま直線的な攻撃を仕掛ける。


 デモンサイズも反応が早く、ルーナの接近に気づくと両手で防御していた 竜火ドラゴファイアから片手を離す。


 ルーナは空中で体を反転させ、槍のように鋭い尾をデモンサイズへ向け突き刺すように放つ。デモンサイズもまた、その尾を切り落とすかのように、力を溜めた鎌を一気に振り抜く。


 〝ガギィン〟と金属同士がぶつかったかのような激しい衝突音が鳴り響く。力の拮抗は大きな反動を生み出し、両者それぞれ、左右へ別たれたかのように体勢を崩し転がっていく。


 地面に爪を突き立て、受け身を取ったルーナ。

 すぐに起き上がり、デモンサイズへ視線を向けるもその姿はない。


 ブオ──ン。

 不気味に響く、デモンサイズの大きな羽音。

 その羽ばたきが生み出す気流が、俺の体へ吹きつける。


 デモンサイズとルーナが対峙する。

 ギロッとした鋭い視線でルーナを見据えた後、俺やガル、メリッサを睥睨へいげいしている。


 そのまま、どれだけの時間が流れただろうか。

 時の流れが遅くなったかのように長く感じた。


 緊迫した空気は、俺の心を激しく締め付ける。


 ようやくデモンサイズやつは、その視線を外さず、こちらを警戒したまま、大きな羽音を立ててその場を去る。


 ルーナが追う素振りを見せたが、ガルが「待て!」と声を上げた。


 それも当然だろう。この奥はより魔法石の効果が強まり、デモンサイズやつの力は確実に増す。この場で仕留められなかった俺達に勝ち目はない。


 ルーナはデモンサイズが飛び去った方向を警戒しながら、俺達の元へと歩み寄る。


 「ハルセ、早く出よう。アイツ、また来る」


 「ルーナ殿。私達は自力で脱出出来るが、ハルセ殿は傷が深い。先に連れて戻ってくれないか?」


 「ガルベルトは大丈夫。メリッサは大丈夫?」


 竜種の姿となったルーナを初めて見たメリッサ。その表情は驚きに満ちている。あの小さな少女が、目の前の竜種であるなど、夢にも思わないだろう。


 「ルーナ殿……なのか? アハハハ。これは凄いな。竜種と話せる日が来るなど夢にも思わなかった。私は大丈夫! ハルセ殿を頼む」


 メリッサの返事を聞いたルーナは俺を背に乗せ、魔法石効果範囲外エリア外へ向けて飛び立つ。ガルベルトとメリッサもまた風属性魔法〝風駆〟により、俺達の後を追うように難を逃れた。


 俺達が外に出た直後……ずっと待っていたのだろう。


 ルーチェリアが目に涙を一杯に浮かべて俺に抱きついて来た。嬉しい抱擁なのだが、傷が深い俺は思わず情けない声を上げてしまった……。


 (ホント、情けねぇ……ハハハ)


 一生の不覚だ……。




 ── 魔技紹介 ──


 【煌槍流星シューティングスピア

 ・属性領域:中域

 ・魔法強化段階:LV1 - LV3

 ・用途:攻撃特性

 ・発動言詞:『煌々たる光槍』

 ・発動手段(直接発動及び属性付与)

  発動言詞の詠唱及び煌々と輝く流星が槍となりて敵を貫く想像実行又は所有物への付加効果の想像実行。

 ・備考

  魔法強化段階に応じた影響及び所有物の性能による影響あり。


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