第60話 迫りくる脅威 その2

 ── デモンサイズ襲撃直前 ──


 ガルとメリッサは、南方からラグーム平原中央部にある魔法石を目指して捜索を開始した。風属性魔法【風駆ウィンドラム】で高速移動しながら、後続との距離を開けていき、早々に魔法石周辺の捜索に入った。


 「死体ばかり……生存の可能性はやはり絶望的か。メリッサ殿! そっちはどうだ?」


 「ああ、こっちも生存者は確認出来ない。何より、この魔法石から溢れ出す属性力……ここまで力を取り戻しているとは。あまり長居は出来ないな。商人達も生きているなら既にこの場は離れているはずだ」


 大地に突き刺すように立つ斧の形状をした魔法石。その周囲をそれぞれ時計回りと反時計回りで捜索を行っているガルとメリッサ。


 魔法石からは緑色のオーラが波のように溢れ出ていた。足元は雲海のように覆われており、その中では生命力が吸われていく感覚に襲われた。


 「この場からの遺体の回収は難しいな。残念だが置いていくしかない」


 「メリッサ殿。それは致し方ないことだ。現状では難しいのは当然……だが、その袋はなんだ?」


 「ああ、せめて形見になるような物だけでも家族に持ち帰ってやろうと思ってな。そういうガルベルト殿もその袋は何だ?」


 「──そうか、考えることは同じのようだ」


 魔法石の影響力が大きいラグーム平原中央部。

 この場所からの搬出が困難であることを悟った二人は、遺体が身につけていたと思われる遺品を形見として回収していた。


 「よし、これで一周したな。ガルベルト殿、急いで離れよう……だが、デモンサイズやつも居ない。我々の接近に気付いたか」


 「そうかも知れんな。だが、この魔法石効果範囲外エリア外に出ることは考えられない。私達以外は直ぐに範囲外への離脱が可能な捜索範囲だ。そう易々と……」


 「‥ぉぁ…ぁぁぁ‥‥」


 「「!?」」


 呻くような声が風に運ばれ微かに聞こえる。


 咄嗟に身構える二人。

 息を凝らし周囲を警戒する。


 「聞こえたか? メリッサ殿」


 「あぁ、途切れそうなほど微かではあるが、何やら呻き声のような」


 「聞こえた方角は南の方からではなかったか? 少なくともこの周辺ではないようだ」


 「ガルベルト殿……何やら嫌な予感がする。この一帯の捜索は済んだ。一度、南方の部隊と合流しよう。まさかとは思うが、デモンサイズやつに裏を取られたのでは……」


 ガルベルトはすぐさま〝風駆ウィンドラム〟を発動し、メリッサの革製長靴レザーブーツに対しても属性付与を施す。


 「では、急いで戻ろう」


 「了解だ」 


 ガルベルトとメリッサは其々が左右へ展開、警戒しながら高速移動体勢へと移行する。



 ◇◆◇



 ── ラグーム平原南方 ──


 ザシュン! ザシュッシュン!


 【かまいたち】……それは鎌から放たれる激しい風の刃と、その着弾地点に生じた真空へと吹き込む風の激流による、二段構えの攻撃。


 一つ一つがガルの一刀に相当する……全てを切り裂く真空の刃だ。


 「うぐっ!?」


 俺は今、避けることさえままならない。

 もう体中に斬り傷ができている。


 ぎりぎりかすり傷で済んでいるけど、血は結構出ている。


  ……これ以上は体が持ちそうにない。


 ルーチェリアもルーナも無事に逃れることが出来ただろうか。

 俺の役目は時間稼ぎに過ぎなかったが、せめてデモンサイズやつに、一撃でも与えられればと思っていた。


 あのジアルケスと一戦交えたことは、俺の自信だ。


 いくら魔将相手とはいえ、一撃くらいは入れられると思ってはいたけど……ったく、それどころか掠りもしない。


 デモンサイズの攻撃は近距離では高速の斬撃、距離をとれば〝かまいたち〟が追尾するように襲い来る。大地盾纏アースシールドはいとも簡単に削り取られ、攻撃の際に受ける衝撃によって俺の動きは制限される。


 その場からの退避すらも、命からがらと言ったところだ。


 正直、ここまでの力の差があるとは思わなかった。これまで受けたどの風属性の技よりも、鋭く重い。


 ガルの技は手加減されていたから参考にならないけど、殺し屋ニコの斬撃なんて、風圧程度にしか感じられなかった。それほどの差がある。


 それだけの攻撃を息をするかのように連続で放ってくる。しかもここは、魔法石の影響が及ぶギリギリの場所だろう。


 ガルは力の供給源である魔法石から離れれば離れるほど、デモンサイズの力は弱まると言っていた。その言葉が正しければ、今のデモンサイズやつは力を制限された状態のはず……でも、それですら俺の力は届かない。


 これ以上絶望的な状況はないだろう。

 唯一可能性があるとすれば、ジアルケスに放った大気振撃アトモスシェイカーだが、使えたのはあの一度きり。


 ずっと、練習はしていた。

 この戦いの中でも試してはみた。

 残念ながら、発動感覚すら得られないままだ。


 俺の心に響いたあの声の主。

 あれは一体誰だったのか。


 この魔法さえ使えれば……そんな淡い期待は持つだけ無駄らしい。


 デモンサイズは動きを止めると、力を溜めるように片方の鎌を後方へと振り上げている。


 俺の限界を察知したとでもいうのだろうか……。

 止めを刺すと言わんばかりに、奴の周囲には激しい風が巻き起こっている。


 (このまま黙ってやられると思うなよ……最後まで足掻いてやる)


 俺も片腕に力を込めて、大地拳アースフィストを発動した。流れ込む大地の粒子によって、巨大で堅牢な拳へと変化していく……だが、これだけでは足りない。


 これが最後……腕の限界までだ。

 大地の粒子にとどまらなくていい。


 石や岩、木片に至るまで……その多くを俺の拳と化せ。どんどんと集まる大地の力。それは、拳というにはあまりにも大きすぎる。


 (くぅっ……重すぎる……腕が千切れそうだ……)


 ただでさえ負傷した体に、俺は限界までの酷使という絶望的な選択ギフトを与えた。苦しいのは当たり前だ。それに、何もしなくてもデモンサイズやつの次の一撃で俺は終わる。


 それだけは嫌だ……。


 「俺は生きて帰る……大切な人が……家族が……待っているんだぁ──!」


 力を溜めた鎌を一気に振り下ろすデモンサイズ。

 同時に俺も、巨大な拳を前方へと力一杯に振り抜いた。


 腕を失うかのような激痛が全身にほとばしり、肩からは血が噴き出す。


 だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 腕の一本持っていかれようが覚悟の上だ。

 俺は歯を食いしばり、崩れ落ちそうな体を気力で支える。


 ……そして、勝負の属性開放へと繋ぐ。

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