第56話 嵐斬魔将デモンサイズ

 ── 特別応接室 ──


 中央に大理石のテーブルが置かれている。


 王やリオハルト、メリッサ、そして騎士数名が目の前に座っている。


 対するこちらは俺を挟むようにして、ルーナとルーチェリアが並ぶ。


 豪華な装飾で縁取られた絵画。

 光の魔法石で様々な景色が投影されており、それを眺めることで、窓のない無機質な空間においても閉塞感を感じることはない。


 ここは要人との会合や国家戦略の作戦会議に使われる特別な部屋だ。


 外部へアクセスできる箇所は出入口のみに限定され、王の側近リオハルトの親衛隊によって守られている。


 緊張感漂う室内。

 一体何の会合か分からないバランスで向き合う様は、周囲からは滑稽に見えるだろう。


 いつもは賑やかなルーナも張り詰めた空気を感じているのか……この部屋に入ってからというもの、急に息を潜めるように静かになった。


 眼前にはガルの到着を待つ王。

 今か今かと待ち焦がれる俺達三人。


 ようやく、その時は訪れた。

 静寂を振り払うように扉を開く音が響き渡る。


 特別応接室の警護にあたる一人の騎士。

 室内へガルを誘導するとともに王へと一礼する。


 「失礼いたします。ガルベルト殿が到着されました」


 「ご苦労であった。下がってよいぞ」


 「ハッ!」


 入室し、王へと一礼するガル。

 指示された椅子に座る。


 そして到着したのも束の間、王がメリッサへと目配せし、今回の件についての話し合いが開始される。


 黒い鎌とどす黒い体に赤いラインが入っているのが特徴のカマキリのようなモンスターが対象だ。


 現在、商人一名がその悪魔の鎌の犠牲となり、その多くの仲間が消息不明の状況。


 世界の常識では〝ラグーム平原の中央には危険が潜む〟と言われている。


 当然、行商を行う者達がこのことを知らないはずがない。


 だが今回は、積荷の納期に間に合わないと踏んだ商会本部の決断によって、この地域の通行を指示した。


 結果的に、モンスターの縄張りへと迷い込んだ一団は、その餌食となったというわけだ。


 「これから我々はこれを討伐し……」と普通のモンスターであれば着々と話は進むのだろうが、このように国が動くほどの相手だ。


 ことは簡単には運ばない。

 この場に居る全員が感じていることだろう。


 「概要は以上だ。今回の目的は、取り残された商人の生き残りを見つけ出し、救出することを最優先で考えている。皆の意見を聞きたい」


 メリッサの横へ着座している騎士達。

 ブツブツと小声で話込んでいるが、対面に並ぶ俺達への不満の声もちらほら聞こえてくる。


 「救出とはいえ、餓鬼共はなんだ。ガルベルト殿はともかく……。それに聞いた話によると、あの少年は〝地属性〟と言うではないか。ったく……一人で死ぬだけならともかく、我々も足を引っ張られかねんぞ」


 「全くだ。今回の任務は相当やばいことになると聞いている。そもそも、ここでの話し合いなど滅多にあることではない。それだけ重要な話に、あんな無力な少年まで引っ張り出すとは何を考えておられるのか、王も騎士団長も……」


 ……不満を垂れ流すのは構わない。

 だが、どうせなら聞こえないようにして欲しいものだ。


 話合いと称して時間を設けたところで、全く持って意味はない。


 こうしているうちにも、残された商人達の命は刻々と失われていく。


 俺は「すぐにでも行くべきだ」と言って立ち上がろうとしたが、隣のガルが肩を抑えて先に話し始めた。


 「申し上げる。事は一刻を争うことはお分かりのはず。こうしている間にも残された商人達の生存率は下がる一方。皆様はそのモンスターの脅威を、どれほど恐ろしいものなのかを理解されているのか?」


 茶の間会議のように話込んでいた騎士達。

 黙り込むと一斉にこちらへ注目し、王やリオハルトもまた、ガルの言葉に耳を傾けている。


 メリッサは口を開いてガルに話しかける。


 「ガルベルト殿。昔、ラグーム平原で貴殿に助けられたことがあったな……覚えているか?」


 「ああ、覚えているとも。10年ほど前のことであるな。だが、思い出話は次回にしよう。メリッサ殿は私とともに過去一戦、奴と交えている。まだまだ普通のモンスターと同様に考えている者も多くいるが、その認識は改めて頂きたい。歴史を学んでいる者であれば既知の事実。あれは四彗が放ったモンスター、嵐斬魔将らんざんましょうデモンサイズ……魔将の一角だ」


 「「!!!」」


 騎士達は驚きの顔だが、王やリオハルト、メリッサは冷静なままだ。


 「何故、あの地域を縄張りとしているのか……それは、デモンサイズやつの生命源でもある〝魔法石〟がラグーム平原中央部にあり、その効果範囲でしか行動できないからだ」


 ガルの言葉に反応した王。

 初めて聞いた情報だったのか、すぐさま問いかける。 


 「ガルベルトよ。私も魔法石の存在は知っておったが、効果範囲が存在するのは、今初めて知ったぞ。その範囲内であれば、どこでも一定の効果を発揮するものなのか?」


 「王よ、デモンサイズにとっての力の源は、極域魔法が込められたと言われる魔法石にあるのです。魔法石から遠ざかるほど、デモンサイズの力は弱体化し、逆に近づくほどに力を増す。元々はその体に埋め込まれていた物のようですが、四彗の封印によって魔法石の属性量が減少し、モンスターと分離してしまったと考えられております」


 「成程……極域魔法とは、かくも凄まじいものなのだな。過去の封印戦から300年近くが経過しようと言うのに……ともかくだ、今はその効果範囲とやらを逆手にとって作戦を立てるのが無難であろうな」


 「おっしゃる通りです。この救出作戦、私も同行してよろしいでしょうか? 効果範囲については熟知しているつもりです」


 「無論だ。ガレシア商会の件といい、貴殿に頼ってばかりで王国として不甲斐ないが、事は一刻を争うからな」


 「では、出発準備に入りましょう。作戦立案は魔法石の効果範囲外であれば十分に可能です。あの地域はラグーム平原に生息するモンスターですら、本能的に避けておりますから」


 王やガルの指示に従って、全員が出発の準備を始める。


 しかし、メリッサは事前に準備作業を指示しておいたようで、物資はほとんど揃っていた。


 テントや毛布、食料などの野営用品と、捜索隊の騎士が大勢集まっている。


 まるで戦争に備えるかのような光景だ。


 「三人ともよく聞いてくれ。ここから先、相応の危険を伴うことは分かるな? そこで聞いておきたい。私は貴殿らを連れて行きたくはない。騎士達もそうだ。無駄に多くの命が露と消えるかもしれぬ。本心を言えば、その残された商人達は自業自得だ。いくら指示とはいえ、通るべきでないことは分かっていたはず……それを破ったのだ。それでも、この作戦に参加したいか?」


 ガルは俺達一人一人にしっかりと目線を合わせ、信を問う。


 「俺も同じだ。正直、自業自得だと思っている。そのせいで多くの命が危険にさらされてるわけだからな。でも、家族がその危険な場所へ向かうというなら、たとえ止められても俺は行く」


 「私も! 家で待ってるだけなんて無理だよ。まだまだ力不足かもしれないけど、一緒にいく。だって、家族でしょ?」


 「ルーナも行く! ハルセ行くならついてく! ガゥウ!」


 「ルーナ、約束は覚えてるよな?」


 「ハルセ、覚えてるよ。一人でつっぱりない」


 ルーナの〝つっぱりない〟はおそらく〝突っ走らない〟と言いたいのだろう。


 俺達三人の気持ちは同じだ。その思いを受け取ったガル。


 「分かった」と一言だけ言葉を発すると、直ぐに背を向け準備作業を続ける。


 そして陽が天頂に昇る頃、メリッサ率いる王国騎士団とガルと愉快な仲間達はラグーム平原中央部を目指し出発した。

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