第54話 血塗られた平和 その1
異世界アルバイト初日。
看板娘担当:ルーチェリア、装備品磨き隊:ハルセ&ルーナといった役割分担の下、それぞれの初仕事が始まっていた。
箱に詰め込まれた装備品の山。
悪戦苦闘している俺とルーナだったが、少しずつ光を取り戻していく武器や防具を見ていると、案外楽しいものだ。
一方、看板娘のルーチェリアもまた奮闘していた。
「お姉ちゃん、これ見せて欲しいんだけど」
「はい! ただいま!」
「あ、店員さん! この薬の材料が欲しいんだけど……」
「はぁい! ちょっとお待ちくださいね──」
開店直後からバタバタして、狭い店内を走り回るルーチェリア。
この店リコ・リッドが、普段から今日ほど大盛況かといえば、全くそんなことはない。訪れる客は一日に数名程度、片手で足りる日も多い。
では何故、今日に限ってここまで客が多い状態なのか。
その理由もルーチェリアにある。
◇◆◇
「ルーチェリアちゃん、この回復薬と調合素材なんだが、使用期限も近くてな、すぐにでも捌かないと廃棄になっちまうんだ。そこでだ! 店先で叩き売ってくんねぇか? なぁに値段は任せるよ。どうせ売れなきゃ捨てるだけ。店の宣伝になればいいんだ」
リッドのお願いに二つ返事で了承したルーチェリアは、店先にテーブルを並べると、受け取った商品を次々と並べていく。
まさにアルバイトの鑑。
指示を受けてから行動までが、
(ルーチェリアちゃんはいい子だな。廃棄にも金がかかるし、
リッドは店内の棚の整理をしながら、窓から見えるルーチェリアの姿に関心していた。だが、少しでも処分できればという思惑はこの後、大きく外れることとなる。
「あの、すみません。この回復薬は疲労にも効きますか?」
「はい。こちらは疲労と軽い擦り傷程度でしたら、十分な効果が見込めますよ」
「じゃあ、これを5本ください」
「お姉さん、俺にも2本くれ。いくらだい?」
「はい、ありがとうございます! そちらは、そうね…銅貨25枚、こちらのお客様は銅貸10枚になります!」
(ええっ!?)
その言葉を聞いたリッドは、棚の上の商品を盛大に落としかけた……。
(おいおい……銅貨25枚に銅貨10枚? え……1本いくらだ? 5本で25枚に、2本で10枚てことは……1本銅貨5枚だとぉ~! あのゴミ……いや、あの商品に!?)
合成回復薬でもない、単なる回復薬。
使用期限も近いとなれば、銅貨5枚は相当な割高。何しろ新品の相場が銅貨8枚程であり、そこから値引きで銅貨5枚を提示するのが一般的だ。
あんな廃棄寸前の回復薬なんて、せいぜい銅貨1枚、よくて2枚が関の山……寧ろ、
そんな高額すぎる回復薬でも、ルーチェリアが店先に出た途端、客がどんどん足を止めた。
この店の立地の良さに加えて、ルーチェリアという看板娘の絶大な影響力。
「ったく、ルーチェリアちゃんは確かに獣人の中でも美人だからなぁ。リコの時と同じだ、俺の努力を軽々と超えていきやがる」
軽く溜息混じりのリッドではあるが、その表情には笑みが零れる。
看板娘ルーチェリアの店頭販売は大盛況。
そして、廃棄覚悟の商品は見事〝完売〟したのであった。
◇◆◇
── 現在 ──
店頭販売終了後もその看板娘効果はとどまらない。
こんなに客が多いのは久しぶりだ。
店内まで多くの客が訪れ、強面のリッドもホクホク顔だ。
開店当初は、リッドの妻リコが店先に立って客引をしていたらしく、店は大繁盛していたようだ。だが、リコが病に倒れると店の状況は一変した。
これまで来ていた多くの客足は徐々に途絶えていき、残ったのは、ガルを含めた少ない常連と一日数人の客のみ。
そんな状況からここまでやってこれたのは、リッドの人柄もあるのだろうが、何より、リコが残してくれたたくさんの蓄えのおかげだった。
今から5年前、リコはこの世を去った……。
リッドにとって、妻との思い出はこの店そのものなのだろう。店を残すために妻が残した蓄えを使い、自身も取引先の拡大に尽力した。
そのおかげで今も、素材の店リコ・リッドは店を畳むことなく、思い出とともに生き続けている。カウンターの裏から覗き見していた俺は、ガルから聞いたリッドの過去を思い浮かべていた。
(過去はさておき、こんなに繁盛してるのは初めて見たな……)
繁盛しているのはいいことだし、リッドの嬉しそうな顔を見ていると手伝ってよかったと心から思える。
だが、ルーチェリアに目を奪われる客の視線が気になる。どの世界でも同じ……男は幼気な少女に弱い。
つまり、この世界もロリコン揃いということか。
とはいえ、流石にリッドが店頭ってわけにもいかないか。周囲に結界でも張られたかのように、誰も近づかない様子しか浮かんでこない……。
そして話は変わり、時を同じくする俺達〝装備品磨き隊〟の成果なのだが……。当然、順調の二文字すらも光り輝くほどに、着々と励んでいる。
「よぉ~ハルセにルーナの嬢ちゃん。どうだそっちは? 順調か?」
「勿論だよ。俺とルーナの力を見くびってもらっては困る」
「困るぞ。リッド野郎」
「ハハハハ、やっと名前を憶えて貰えたようだが、〝野郎〟はついたままだな。ま、面白れぇからいいや」
リッドはこちらの様子を|窺うと磨きのコツを軽くレクチャーし、持ち場へと戻っていく。
売り場もまだまだ慌ただしい様子。
のんびりしたいつもの空気感はなく、忙しない時だけが唯々流れていく。
俺達のバイト初日は、それぞれの担当を全力でこなし、あっと言う間に閉店時刻を迎えた。
「ふぅ~お疲れだったなぁ。お前達のおかげで今日は売上も倍増、質のいい品を安く仕入れも出来た。明日からもよろしく頼むぞ」
閉店後の店内清掃、そして明日への下準備。
しばしの談笑後、俺達は心地いい疲労感とともに帰路へと着いた。
◇◆◇
2日目、3日目と難なくこなした異世界でのアルバイト生活。今日で4日目に差し掛かり、ターニングポイントとなった。
(──さてと、今日はどんな一日になるのか)
早速、開店準備に取り掛かろうとしていた俺達。
だが、城門付近がやけに騒がしい。
俺は準備の手を止め、城門付近へと視線を移す。
「ハルセ、あれ、何だろう?」
同じく異変にきづいたルーチェリアが俺の隣に並んでいる。
「分からないけど、どうしたのかな……ルーチェリア、確認してみるか。リッドさん! 城門で何かあったみたいなんだ。少し持ち場を離れるよ」
「ん? ああ、分かった。準備は俺がしておく」
「ルーナも行く! ガゥウ!」
「おおっと、ルーナの嬢ちゃんはダメだ。こっちを手伝うんだよ。流石に全員で野次馬は許さんぞ」
俺達二人は、リッドさんと少々不貞腐れ気味のルーナに開店準備を任せると、人だかりの出来た城門へと急いで向かう。近づけば近づくほどに伝わる、ただ事ではない雰囲気。それは悲痛な呻きや焦りの声が入り混じり、俺達の不安を煽ってくる。
「うぅ…ご、ごほっ…た、た‥すけ…」
人混みの先。
俺達の目に映ったのは、血にまみれる一人の商人らしき男の姿。右腕に加え、左足の踝から下も切断された状態……。
その光景は凄惨そのもの。
咳き込むたびに、口から赤い鮮血が漏れ出た。
男は蠢くように、その海に横たわっていた。
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