第53話 異世界アルバイト
── 昨日 ──
王都から戻った俺達は、ガルへのサプライズ作戦最終章を迎えていた。
俺達に対して過保護すぎるガル。
置手紙だけを残して居なくなっていたこともあって、かなり心配していたみたいだ。
とはいえ、行先は街。
彼がそこまで不安に思うほどの遠出をしたわけではないのだが……。
(ま、あれだけの鬼畜修練の後だし、家出したとでも思ったのかな?)
「貴殿達、よく帰ってきてくれた!」と両手を広げて走り寄るガルに、俺はサッと銀貨の入った袋を手渡した。
「ハルセ殿……これは?」
「ああ、俺達の生活費だ。まだ半分だけどね。今日はこれを稼ぐために街に行ってたんだ。三人で話し合って、ガルベルトさんを驚かせようと思ってさ」
俺達は顔を見合わせ、笑顔でガルを見つめた。
涙が込み上げているのか、彼の目は潤んでいるようにも見えた。
「俺、感謝しているんだ。この世界に来て、ガルベルトさんと出会えて、ここに居てもいいって居場所をもらえて。勿論、俺だけじゃない。ルーチェリアもルーナも……ガルベルトさんは誰一人見捨てなかった。でもさ、その気持ちは俺達にもあるんだ。同じように、ガルベルトさんを助けたい。だからさ、
「ごめんなさい、ガルベルトさん。この間、頭抱えてるところ見ちゃって……私達もこれからは一緒に考えるから」
「ルーナも、ルーナも考える!」
俺達はガルの前に三人並ぶと「サプライズは成功かな?」と問いかけた。
ガルは静かに俺達に背を向け、少し俯き顔を拭った。
彼はゆっくりと振り向き、
「ああ、そうだな……大成功だ、貴殿達。最高のサプライズだ」
と口にすると、俺達はガルの両腕に顔を埋めることになった。
少し毛がこそばゆいが、俺達はその温もりをしっかりと受け取った。
こうやって誰かに抱きしめられるなんて、いつ以来のことだろう。
サプライズも成功。
これで更に俺達の結束は強くなることだろう。
「……」
(……余韻は大切だよな)
「……」
(もう少しこのままで……)
「……」
(少し長くないか? そろそろ暑くなってきた……)
「……」
「……」
「……そろそろいい? ガルベルトさん?」
◇◆◇
そして一夜明けた今。
俺達三人は約束通りにアルバイトのため、素材の店 リコ・リッドへと向かっている。
今回はガルにも行先や要件はしっかりと伝えてある。
見た目は屈強だが、内面は心配症な獣人……ホントに困ったものだ。
本日も意気揚々と王都への大橋を渡っていると、城門がガラガラと音を立てて開いた。
どうやら俺達は、本当に顔パス入場が可能となったようだ。
当たり前のことだが、通常は都度、国民章若しくは通行許可証の提示が必要となる。
しかし俺達は、王国騎士団長であるメリッサのお墨付きもあって、提示の必要なく通行出来ている。
異例とも言える措置だ。
かと言って、国民章が完全に不要の産物なのかといえばそうでもない。
例えば、昨日のように出店する際は国民章での確認がなされるし、王立図書館などの公的施設の利用にも提示が必要となる。
城門の入り口には、両側に分かれて二人の騎士が互いに向き合い立っている。
「おはよう! ダレさん、ドレさん!」
「おう、またお前達か! 最近よく来るなぁ。通してやるが悪さはするなよ、団長を悲しませたら許さんからな」
心なしか、言葉が少し柔らかくなった騎士二人。
門番のダレとドレ。
どこか似てる二人だと思ってはいたが、予想に違わず兄弟である。
相性最悪とも感じていた二人と、こうして挨拶を交わせるようになった理由……それは昨日の帰りのことだ。
ダレとドレが二人揃って、大型の蜂ビーネットに襲われ、その毒針によって顔が腫れあがってしまっていた。
俺達はすぐさま加勢し、ビーネットを撃退。
そして、リッドからお守りにと貰っていた合成回復薬を彼らに使ったのだ。
熱い展開があったわけでもなく、あっさりとしたエピソードではあるのだが、ビーネットの毒は高域回復魔法の解毒効果でなければ効かないほど強力だ。
更には騎士団への解毒薬の納入遅れも相まって、俺達の合成回復薬は神様からの慈悲であるかのように受け取ったようだ。
ビーネットに刺されると、悶えるほどの激痛が波打つように襲ってくる。
俺達はその痛みから解放した救世主というわけだ。
「悪さはしないよ、今日はアルバイトに来たんだ。また夕方通るから、よろしく!」
「おう、頑張ってこい」
相容れないと思ってた彼らとも、今じゃ軽口を叩き合って話せるようになった。
まったく、人生は何が起きるか分からないものだ。
予定より早く着きそうな俺達は、
決して仕事するのが嫌だからとかいうわけではない。
朝の街並みを眺めながら、三人揃って歩けること自体が幸せだなと感じているからだ。
隣を見ると歩幅を合わせて歩くルーチェリアの姿が。
一方、ルーナは自由奔放というか、行く先も知らないはずなのに、俺達よりも前方を歩いている。
度々振り返って、付いてきてるかどうかの確認だけはしているようだ。
(どこか犬の散歩のような感覚だな……)
「ハルセ、お店どこ? アルビイノどこ?」
「アルバイトな。あそこに噴水が見えるだろ? あのすぐ近くだ」
「私もリコ・リッド行くの久しぶりだな。前回行ってから、もう1期以上は経つかなぁ」
「そうだな。ま、今回は客としてではないけどな」
城門をくぐれば遠くからでも見える、素材の店リコ・リッド。
その入口には大きく看板が立て掛けられていた。
俺達は扉を開き中へと入る。
来客を知らせるベルの音が、カランカランと小さく鳴って店内に響く。
「失礼しまーす。おはようございます」
「リッドさーん! おはようございまーす!」
「ルーナ入った! ガゥウ!」
いつもながら、統一感のかけらもないバラバラの挨拶だ。
店に入って正面奥にある小さなカウンター。
そこには肘を乗せ頬杖をつくリッドがうつらうつらと居眠りをしていた。
俺達が静かに近づくと、カッ!と目を開いて驚いた顔を見せた。
「な、何だ、お前達か。客かと思ったぜ」
「ハハッ、ご挨拶だな。そんな驚かれるとこっちまでビックリするよ。アルバイトを依頼してきたのは、リッドさんのほうじゃないか」
「そうだった、そうだった。朝早くからご苦労! そして、おはよう!」
「おはよう、この野郎! ガゥウ!」
「ルーナ! リッドさんでしょ! 野郎ではありません……なんか、すみません」
「おうおう、ルーナの嬢ちゃんは元気でよろしい! でも名前を憶えてくれたら、100点満点をつけてやるけどな」
「100点満点欲しい! 美味しそう! わかった、名前つける! ガゥウ!」
「ハハハ、名前はあるんだがな……」
何とも賑やかな朝だ。
静まり返っていた店内が、一瞬で活気づいた。
リッドもご機嫌な様子でカウンターの裏へと入っていく。
ガタゴトと何かを集めている様子だ。
「おーい! お前達もこっちこーい!」
この奥に仕事があるのだろうか?
俺達は、リッドの呼び声に応じてカウンター裏へと足を踏み入れる。
「さてと、これを見てみろ」
そう告げた彼の足元には、様々な装備品が詰め込まれた大きな箱が置かれていた。
見た感じは中古品のようだ。
年季が入ったものや錆ついているものまで、多くは手入れが行き届いていないものばかりだ。
店の奥には色々な種類の装備品が展示されていた。
ほとんどはガレシア商会から輸入したもので、ドワーフの鍛冶師が有名な【共生国家リフランディア】で作られたものだった。
そのリフランディア製の中でも、エドワルド作の武具は至高の一品として名高く、世界各国でも高値での取引がなされているようだ。
この店にも数は少ないが、エドワルドの打った装備品があるらしい……。
「よーし、お前ら。分かると思うが、今日からこれを磨いてもらう。それと、ルーチェリアちゃんはあっちだ。看板娘として俺と一緒に店頭を手伝ってくれ」
「え? 看板? 私が店頭?」
ルーチェリアには考える暇すらなかった。
「いくぞ、開店準備だ!」と、ルンルン気分のごつい店主に腕を掴まれ連れていかれてしまった。
俺の目には、彼女の後ろ髪引かれるような視線だけが色濃く残っていた。
(がんばれ、ルーチェリア……)
ともかくバイト初日だ。
俺はルーナとともに気合を言葉に乗せた。
「ルーナ! 磨くぞ! バイト開始だ!」
「アルビイノ頑張る!ガゥウ!」
何回教えてもアルバイトを「アルビイノ!」と言っちゃうお茶目さ。
純粋に可愛いので、もうそのままでいいとすら思い始めている。
和やかな雰囲気……とはいえ、これは仕事だ。
与えられたことはしっかりと熟さなければならない。
俺とルーナは気合を入れて、ガシガシと装備を磨いていく。
それから、しばらくして気付いたことがある。
意外にもルーナは装備品の磨き方が上手い。
お世辞抜きに俺よりもピカピカに磨き上げる。
(これも
という冗談はさておき、俺も負けじと手を休めることはない。
文句一つ零すことなく、夢中で磨いているルーナの姿を見ていると、俺も段々と楽しくなってきた。
(……たまには、こういうバイトってのもありかも知れないな)
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