第52話 異世界フリマとバイト採用 その2
陽は真上に君臨し、影は内へと身を隠す。
予定では昼までに完売して帰るはずだった。
だが、予定はあくまで予定だ。
結局、売れたのは1箱のみ。
初めての商売として考えれば、1箱売れたことは素晴らしい成果だろう。
……でも、俺達の目標はあくまでも5箱だ。
何故、売り切らなければならないのか。
素直に喜べないのか……それには大きな理由がある。
実は合成回復薬には賞味期限ではなく〝効能期限〟があるのだ。
要は、精製した日から徐々に効果は低下し始める。効果が強い薬ほど、その期限は短くなる傾向にあるとのことだ。
たまたま通りかかった薬師からその話を聞いた俺達。ぶっちゃけ、唖然としている。
俺達の合成回復薬は、解毒効果を含んだ回復薬として効果が強いものだ。その効能期限は概ね1週間程度。俺達が販売している今日は精製から3日目……。
客は必ずと言っていいほど、『3日経つのね~』と言った感じに首を捻る。
当然、値段もそれなりに下げなければ売れない。
売っている俺達よりも、お客さんのほうがよく分かっている。
思い返せば、我が家に回復薬を常備している時期は、大量に使用する修練期間に限定されていた。長期間保存が出来るものではなかったからこそ、ガルはそのような対応をしていたのだろう。
残念ながら俺達の見立てが甘かった。
今日中に売り切らないと更に価格は下がるだけだ。
とはいえ、なかなか売れないのが現実……。
販売した1箱の客はほとんど、ルーチェリアに目を奪われた連中で、ドリンク代わりに買っていっただけだ。
それでも1箱50本入りだから、まぁまぁの売れ行きかもしれない。これから昼時になると市場から人は抜け、食事が出来るお店へと流れていくだろう。それ以降も夕飯のための調達がメインとなる。回復薬なんて二の次だ。
ここは治安が守られた王都。
回復薬が必要になる機会なんて、俺達が思うほど多くはないのかも知れない。
焦燥感が俺達を包む。
そこへ一人の男が近づいて来る。
どこかで見覚えが……と言うのは冗談で、見覚えありすぎなその風貌。スキンヘッドで顎髭に眼鏡をかけた大男なんて、リッド以外にそうそういない。
「リッドさん!」
「おうおう、ガルベルトの愛弟子じゃないか。こんなところで何やってるんだ? ルーチェリアちゃん、また一段と可愛くなったなぁ」
「ハルセ、この野郎は誰?」
「もう、ルーナ! 初対面の人に対して失礼でしょ? この方はって言いなさい」
「いや、初対面じゃなくても失礼だろ……すみません、リッドさん」
まぁまぁといった感じに掌を広げたリッド。
俺とルーチェリアに軽く視線を落とすと、不機嫌な顔一つせずにルーナの前に膝をつく。
「おいおい、可愛い顔して言うねぇ~。お嬢ちゃんはお初だったな。俺はリッドって言うんだ。よろしくな」
その声にルーナは「私、ルーナ! よろしくな!ガゥウ!」と言って、リッドのスキンヘッドをペチペチと叩いた。
「あわわわわわ、ルーナ、ダメでしょう! もう……ごめんなさい、リッドさん……」
「ルーチェリアちゃん、気にすんなって。それにしても、ルーナちゃんは面白い子だな。ハハハハハ!」
ルーナを挟んで並び立つ俺とルーチェリア。
三人で頭をペコペコと下げる。
リッドは全く気にする様子はなく、「で? 何してるだ?」と興味深げに尋ねてくる。
俺達はリッドに事の経緯を話した。
「そうか……確かに今は禁猟期間だからな。
リッドはそう言うと、俺達の顔を流すように見ながら一つの提案をする。
「俺に名案がある。残った売り物はそこにあるだけか?」
「ああ、今日中に捌きたいのに、まだこんなにあるんだ……」
「──なら、俺が全て買い取ってやる。その代わり一つ条件がある。バイトだ。家でアルバイトをしてみないか?」
「アルバイト……ですか?」
「アル、アルビイノ?」
「ハハハハ。アルバイトだ、ルーナちゃん。お手伝いをしてもらえないかってことだ」
強面な見た目からは想像もつかない満面の笑みがリッドの顔を包んだ。
ルーナのことが相当気に入ったようだ。
「それともう一つ朗報だ。依頼を受けてくれるのなら、相場より高く買い取ってやる」
「相場より高くって具体的にはどのくらいなんですか? リッドさん」
ルーチェリアはリッドの反応をしたたかに窺った。
いつの間にか大人びてきたというか、何というか……。
「そうだな。精製3日目であれば、1本あたり銅貨10枚が関の山だ。だが、依頼を加味して、銅貨30枚で買い取ろう」
「「銅貨30枚!?」」
提示された値段は破格だった。
俺達が売ったのは1本あたり銅貨7枚だが、それの4倍以上だ。
ルーチェリアは目をキラキラさせて「受けよう!」と言ったが、高額買取に見合う〝依頼〟が気にはならないのだろうか?
頭をよぎる不安……それを悟ったかのようにリッドが依頼内容を口にする。
「まぁ、依頼が何か気になるよな? 心配せずとも難しいことは言わねぇ。一週間だけでいいんだが、店番や装備品磨きを手伝ってくれねぇか? うちも素材入手が厳しい時期は、装備品や他の雑貨で凌ぐしかねぇんだわ」
「え? 本当にそんなことでいいの? 銅貨30枚は嬉しいんだけど、リッドさんはそれで大丈夫なのか?」
「ハハハハ、ハルセに心配されるようじゃあ、うちもまだまだだなぁ。大丈夫だ。それに買い取った回復薬は、明日には騎士団に卸すからな。丁度、数が足りなくて困ってたとこだ。こっちとしても大助かりよ」
どうやら互いにメリットはあるようだし、問題はなさそうだ。情で無理をさせるわけにはいかないし、ガルを喜ばせるつもりが、友達に負担をかけることになったら本末転倒だ。
俺達はリッドの説明を受けた上で、三人で軽く打ち合わせをする。
答えは勿論、
「その依頼受けるよ、リッドさん」
「よろしくお願いします」
「アルビイノ頑張る! ガゥウ!」
と、てんでバラバラに言葉を返す。
「お前さん達は仲がいいのか何なのか……取り敢えず、賑やかにはなりそうだ」
リッドは終始笑顔のまま、
肝心の代金については、手持ちの限界ということで半分の銀貨30枚を受け取り、残りはバイト最終日に渡すと約束を交わしてリッドと別れる。
明日からアルバイトをすることになった俺達3人。
まさか、異世界に来てまでアルバイトをすることになるとは思いもしなかったが、それはそれで久しぶりの感覚で逆に楽しみでもある。
気の合う仲間と異世界アルバイト。
俺達は陽が沈むのを見送りながら、撤収作業をバタバタと済ませ帰路へと着いた。
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