第50話 調合実験

 日がまだ直上に達する前。

 森を抜けた俺達は、とある場所に来ていた。


 この作戦はあくまでガルへのサプライズだ。

 籠一杯の薬草を持ったまま、家路につくわけにはいかない。


 とはいえ、作業開始が夜であることを考えれば、家から離れた場所に隠すことも難しい。夜間は多くのモンスターの活動する時間帯。闇夜を出歩くなど、危険極まりない行為だ。


 そこで、俺は事前に隠し場所を見つけていた。


 我が家のすぐ後ろには、大樹が寄り添うように立っている。その根元……薬草を隠すには十分な大きさの窪みがあった。


 俺達はその場所に、採取した薬草を籠ごと隠しておく。


 「ピッタリだな。想定どおり。二人とも、ガルベルトさんが寝静ったら、作戦再開だ」


 「OK!ハルセ。作業は私の部屋がいいよね?」


 「ああ、そうしてもらえると助かるよ」


 「ルーチェリアのお部屋。お部屋で作業、作業はお部屋……」


 こうして、打ち合わせを終えた俺達は「ただいま!」と何事もなかったかのように家へと入る。


 「おかえり! 森は楽しかったか? ルーナ殿」


 「うん! 楽しかった! 沢山ね、薬……☆□△▽〇!」


 「ん? どうした? 薬?」


 「いやぁ、楽しかったな! ルーナ。……どのくらいだろ? 俺の両手を広げても収まらないくらいはあったんじゃないかな? 大きなフィンが沢山いたんだよ。なぁ、ルーチェリア」


 「そ、そうだよね! 狩猟期間に入ったら、釣りに行こうって話してたんだよね」


 「ほう、そんなに大きかったのか。エルバの森も奥の方はまだ手つかずだろうからな。釣りの時は私も同行しよう。……してハルセ殿、そろそろルーナ殿を離してあげたらどうだ? 女の子の口を手で押さえるのは、控えた方がよいぞ」


 手に伝わるモゴモゴとした感触。

 俺は失言しかねないルーナをここで解放するわけにはいかず、愛想笑いのまま自室へと連行する。


 「危なかった……ルーナ、サプライズって言ったろ?」


 「うん! サプライズって何?」


 甘かった……分かってるようで分かってなかった……。


 思い返せば、〝サプライズ〟よりも〝男のプライド〟って言葉に関心を示していたような気がする……。


 意味が分かっていなかったルーナへの改めての説明。その後、俺は夜までの間、少し仮眠を取ることにした。


 流石にこのままじゃ限界だ……。



 ◇◆◇



 虫の音が心地よく響く静かな夜。


 「ハルセ! 始める! ガゥウ!」


 勢いよく開かれる扉と予想通りの大声。

 静寂を打ち破る竜種娘の登場に、俺は「トホホ……」っと心の中で嘆く。


 慌ててルーチェリアがその口を押えこむが、まったく先が思いやられる……。


 これから俺達の作戦が再開される。

 大樹の窪みに隠していた薬草を慎重に部屋へと運び込み、調合器具の用意も並行して行う。


 そして、調合方法についてのルーナの説明が始まる。


 まずは、全ての葉を綺麗に洗うこと。

 これについては、森からの帰りに川の流水で浄化済みだ。次に薬草を細かく裁断し、適度に乾燥させる工程。


 切り刻んだ葉を熱を通しやすいグラン鉱石製の調合皿にのせる。次に火の魔法石でゆっくりと熱することで、中の薬液は草の表面へと押し出される。


 抽出される量は、試験管一本程度。

 後は同じ作業をひたすら続け、各薬草ごとに分担して抽出作業を行っていく。


 夜明けが差し迫ってきた頃、ようやく抽出が終わり、いよいよ最後の工程へと入る。


 合成作業……実はこの作業が一番難しい。

 多くの薬液を抽出出来たものの、ルーナが言うには、半分程は失敗で使い物にならなくなるらしい……。


 そうであれば、合成せずに回復薬と解毒薬を別々で売るほうがいいのでは? とも考えた。だが、単体での効果は合成後と比べるまでもなく低い。


 そして、価格は効果に比例する。

 つまり、効き目の少ない薬は安いということだ。


 俺達は否応なしに、合成回復薬の必要を迫られている。


 (──やるしかない……)


 合成方法は、抽出された各薬を〝回復薬4:解毒薬4:合成薬2〟の割合で混ぜるだけという簡単そうな調合作業だ。


 しかし、少しでも割合が違えば、黒く変色し劇薬の完成となる。ちなみに成功の場合、青く透きとおった薬液だそうだ。


 早速取り掛かる俺達だったが、出来上がるのは黒い薬液失敗作ばかり。どれだけやっても黒く変色するその光景は、俺達の心にも深い影を落としていた……


 長時間に及ぶ調合作業。

 俺達の疲労は既に頂点ピークに達していた。


 顔は歪み、集中力は保てない。

 隣からは「うぅ──……」と苦悶の声が聞こえてくる。発狂寸前……つまりは窮地ピンチ



 ……だが、そんな時だった。



 待ちに待った声が聞こえた。

 

 「出来た! ガゥウ!」


 その瞬間、俺達の笑顔が弾けた。


 ルーナの成功報告を皮切りに、俺達は大量生産モードに突入した。これまでの失敗など忘れてしまうほど、青く透き通る薬液製品が驚くほど簡単に出来上がっていく。


 次々と並んでいく青い輝き。

 俺達は疲れを脱ぎ去り、手を休めることなく一気に駆け抜けていく。


 そして……。


 「終わったぁぁぁ───」


 「や、やったね、ハルセ…」


 「ルーナ頑張った…」


 窓から射し込む朝日の光。

 俺達は、静かに眠りへと落ちていく。



 そう、眠りへと……いや、待て、待てよ……。



 「!?」



 俺はハッ!とした。

 この部屋には俺とルーチェリア、そして〝ルーナ〟がいる!


 「駄目だ! まだ寝るな、ルーナ! 起きろ!!」


 「は~る~せ~大丈夫、大丈夫。ガ、ウ、ゥ……」


 本日、最大級の危機がここにやってきた……。


 (やばい、やばい、やばい!?)


 俺はルーナを抱きかかえると急いで家の外へと走り出す。


 何故かって? このままでは擬態が解けてしまう。

 家の中で本来の竜種ドラゴンの姿に戻るなんて、ありえない事態だ。

 

 静かにしろとか散々言ってきたが、そんなレベルじゃない……大災害だ。


 しかし、気のせいだろうか……。



 (……)



  ──5分経過。



 (………)



  ──10分経過。



 (……ん? 眠ると擬態が解けるって……そう言ってたよな?)


 裸足のまま慌てて飛び出してきた俺。

 腕の中で眠るルーナの姿は人間のまま……。

 スヤスヤと眠りにつく一人の少女のままだ。


 俺の肩からは一気に力が抜けていくのが分かる。

 取り敢えず、いつも寝ていた定位置にルーナを下ろし、観察してみる。


 感覚的に20分以上は経過しただろうか。

 それでも何も変化は見られない……。


 (──ったく、どういうことだよ。何も変わらないじゃないか。俺も眠くなってきたな……もうクタクタだ……) 


 俺はルーナに寄り添って横になる。

 深い眠りに落ちていく感覚……ゆっくりと意識が遠くなっていく。


 (何とも心地いい……)


 だが、現実は甘くなかった。

 俺を安らぎの空間から引き戻そうとするガルあいつが現れた。


 「おはよう、皆! 朝食の準備をするぞ! ん? 居らぬな。ルーチェリア殿、ハルセ殿を知らないか? おお──ハルセ殿!こんなところで寝ていたのか!? 早く起きなさい。今日は貴殿の当番と言っていたであろう!」


 寝ていたのではない。たった今、眠ろうとしていたのだ。事情何て露知らずのガルが、元気に俺達を叩き起こす。


 (朝食が済んだら、少し休もう……)


 疲労困憊の俺達三人に言葉は要らなかった。

 顔を見合わせると静かに頷き合う。


 だが、「朝から寝るとは何事だ!」とガルに一喝され、三人揃って体力錬成させられることになるとは……この時の俺達には知る由もなかった。




 ――――――――――

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