第49話 薬草採取

 ルーナの故郷を後にした俺達は、本来の目的である薬草採取に向けて出発した。


 来た道を引き返し、見えてきた分かれ道を左へと曲がる。しばらく続く木々のアーチを抜けると、陽光が降り注ぐ明るい空間が目の前に広がった。


 湖のほとりにあるこの開けた場所では、水や光、湖面から吹く冷たい風が薬草を育んでいる。目に映るのは、色とりどりの薬草が密やかに茂る光景だ。


 街の人々にとっての薬草採取の名所といえば【エプセト川】周辺地帯だ。当然、採取量も多く植生状況もまばらとなっていた。


 だが、ここは違う……まるで手つかずの自然だ。

 隙間なく生い茂る薬草とその美しさに目的すらも忘れてしまいそうになる。


 俺達の目的……各種薬草を採取し、薬液を調合する。


 そして、街へ売りに行き生活費を得ること。


 その一連の過程で考えれば、まだ一歩目に過ぎない。


 ……時間がない。

 急いで採取して帰らなくては。


 俺は早速、作業に取り掛かろうとしたものの、何がどの程度必要かすらも分からない……。


 ルーチェリアも同様だ。

 頭を振りながら、困っている様子。


 一先ず、適当に採取してから選別だと考えた俺は、雑草でも抜くかのように作業開始したが……。


 「ハルセ、ダメ! それじゃダメ! 」


 と、早々に入るルーナのダメ出し。


 未熟な薬草は役に立たず捨てられてしまうだけだし、命を無意味に奪ってしまうことになる。


 草木だって生きている……命あるものだ。


 考えてみれば、禁猟期間が定められていることも同義だ。生態系の崩壊は、世界全体に多大な影響をもたらす。


 命の循環は守られなければならない。


 ルーナはそう伝えているのだろう。

 拙い言葉だが、それ故に言葉の一つ一つに嘘がない。


 自然とともに生きることを知っている。

 それは十分に理解出来た。


 だが、俺とルーチェリアは分からないんだ。

 その採取法が……。 


 力説を終えたルーナ。

 立ち尽くす俺達を横目に作業再開。

 手際よく、猛スピードで次々と採取していく。


 「これ良……これ悪……これ良……」


 採取用の籠はあっという間に一杯になり、もう入らないと言わんばかりだ。


 対して、俺達の籠……。

 閑古鳥が鳴きそうなほど寂れている。


 「ハルセ! ルーチェリア! サボってないで摘み摘みする! 」


 それはそれは、薬草採取界の王者らしい風格だ。

 でも、俺は伝えたはずだ……薬草に関して無知であると……。


 止まらないルーナ。

 俺とルーチェリアは協力し、これを無理やり制止する。


 そしてようやく、採取に関する手ほどきを受けることが出来た。






 「これをこうして、こうする。わかった?」


 「「……全然わからん(ない)」」


 俺とルーチェリア生徒の頭の中は、めくるめく疑問符はてな祭りだ。


 説明が簡素化され過ぎて、理解が追い付かない……。ルーナに先生はまだ早すぎた……とはいえ、頼んだ手前、文句ばかりも言っていられない。


 その後も続く、意図のない端折られた説明。

 言葉の断片をつなぎ合わせて、なんとか俺流に解釈した……。


 ◆*◆*◆ 薬草採取の基本 ◆*◆*◆


 ・治緑草ちりょくそうは回復薬、解紫草けしそうは解毒薬、混赤草こんせきそうは合成に使用するものである。


 ・草の根元まで同色に染まったものが成熟基準、例えば草の上部は緑だが、下部が黄色であれば未成熟といった具合である。


 ・一本あたりの精製に必要な目安は、治緑草及び解紫草が20本程は必要。混赤草は回復薬と解毒薬を合成するためのものであるため、必要本数はその半分となる。


 ・草上部に薬液が蓄積されるため、全体の上1/3程のみを摘む。


 ◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆


 我ながら、あの説明をここまでまとめることが出来たのは奇跡だと思う。


 「うんうん!」と首を縦に小刻みに振るルーチェリア。俺の説明に耳をファサファサとさせて聞いている。


 「とにかく、やるぞ! 俺はグリーン!」


 「私はレッド!」


 「ルーナはパーポー! ガゥウ!」


 要領よくやるには、担当決めが重要だ。

 そして、後はやり切るのみ。


 三人が横一列に並ぶと、俺の合図を待つように流眄りゅうべんがキラリと光る。


 「よっしゃ! いくぞ!」


 「おお──!」


 「ガゥウ!」


 手ほどきを終えた俺達。その勢いは凄まじく、まさにコンバインばりの採取能力で、次々と籠に摘まれていく。


 必要量を一時間もかからず採取したうえ、自然に配慮してエコロジー思考も完璧に実践した。余分な薬草の根元を残し、再び繁茂するための負担軽減にも貢献。自然に優しいことをするのは、こんなにも気持ちのいいことなのか。


 「一仕事終わったな」と背中で語り合い、吹き抜ける風に身を任せる俺達の表情は和んでいた。




 ……だが、まだだ。

 ここからが本番。出発地点スタートと言ってもいいくらいだ。


 薬草は薬液を生み出してこそ、それなりのお金になる。このまま売ること自体は可能だが、調合されたものと比べれば、価格に雲泥の差があったと記憶している。


 調合せずに高値で売れれば、一番手っ取り早いのだが……。


 「ハルセ、そろそろ準備しよう。まだまだやることが山積みだからね」


 「早く帰る。ごはん、ごはん! ガゥウ!」


 ルーチェリアもルーナもさっさと撤収の準備に入っている。

 もう少し休んでからでも……と思うところだが、ルーナはもうお腹がペコペコのようだ。


 (ま、俺も腹減ったし、準備をするか……)


 装備品や収集品の片付けに精を出す二人の元へ、俺は重たい腰をあげて走り寄る。


 「よし、もうひと頑張りだ。帰り着くまでが冒険、二人とも油断するなよ」


 採取作業を終えた俺達。

 次は調合……作戦再開は、ガルが寝静まる深夜。


 今日もまた、俺だけが眠れない夜を迎えそうだ。

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