第48話 ルーナの故郷 その2

 深緑の森を抜けると、そこには──


 陽光が差し込む明るい空間に、壁と見間違えるほどの【ダカール山脈】が天を突くように聳えていた。


 俺とルーチェリアは少し遅れて辿り着いた。

 ルーナは俺の手をギュッと握りしめると、意気揚々と山脈の方向へ俺を引っ張っていく。


 (──ダカール山脈……ルーナの故郷はここにあるのか?)


 俺達がルーナの故郷この場所だと分かるまでに、それほど時間はかからなかった。


 目の前の山脈が、口を開いているかのように見える大きな穴。その様は、ダンジョンの入口を彷彿とさせる。


 ……洞窟?


 奥へと続く石畳。

 入口の両側には竜のような石像。

 その台座には、何かを示す紋章のようなものが刻み込まれている。


 明らかに自然に出来た洞窟の雰囲気ではない。

 だが、人が利用しているような形跡も見られず、長い間放置された場所なのだろうと容易に推測できる。


 「ルーナ、ここか?」


 「うん、そうだよ。この奥にある。入口は暗いけど、奥に行けば明るくなるから大丈夫」


 ……明るくなる?

 光が差すような場所が、洞窟の奥にあるとでも言うのだろうか。


 山脈の地下へと続く石畳の道。

 躊躇なく進むルーナの後を、俺とルーチェリアは恐る恐るついて行く。


 この先、明るくなるとは俄には信じがたい。

 入口が遠ざかるにつれ、光はやがて届かなくなる。


 ルーチェリアが暗闇に備え、光の魔法石を取り出そうとすると、ルーナはすかさず「それ、要らない」と声を発する。どうやら、ルーナは暗闇の中でも目が効くらしく、自分についてくれば大丈夫……そう伝えているようだ。


 俺達が持参した魔法石の光力では、目と鼻の先くらいしか見えない。それに比べてルーナの目は、闇に順応し更に遠くまで見通すことが出来る。


 この状況での魔法石の使用は、逆に邪魔になるかも知れない。暗闇への順応性を打ち消すことにもなるし、それに……ここは彼女のフィールドだ。


 ルーナの指示に従うほうが賢明だろう。


 それから、俺達はひたすら歩いた。

 あれこれと考えているうちに、いつしか暗闇はその影を潜め始める。進めば進むほど、周囲の景色は鮮明さを取り戻していく。


 「──これって一体……」


 俺は驚きのあまり無意識に呟く。

 ルーナはジーっと俺を観察するかのように眺め、一際輝く石を指差す。


 「あれだよ。あの石が光るの」


 少し開けたフロアの中心。

 俺達は、ゆっくりとその光る石へと歩みを寄せる。


 近づけば近づくほど、石とは呼べないほどの巨大さだ。差し詰め、岩や石柱と言った方がしっくりくる。


 大地へと突き刺さる巨大な石柱。


 そのプリズムのような煌びやかな輝きは、この世のものとは思えないほどの美しさだ。


 橙色の優しい光。

 暖色系だからか、温かみすらも感じる。


 「ルーナ、これは?」


 「光る石だよ」


 「それは見れば分かるんだが……」


 「ハルセ、これって魔法石じゃないかな? それも高密度……ううん、ひょっとしたら【魔法源石】かも……」


 俺は魔法源石という言葉に、以前、ガルの話や街で聞いていた記憶がよみがえった。


 流通している魔法石は、自然界で取れる魔法石を希釈して量産したものだ。そのため、その品質や効果は低く、大量に必要になる。


 自然界で取れる魔法石は源石に限らず貴重なものだが、これだけの大きさだ。


 ……一体どれだけの量を生み出すことが出来るのか。


 「魔法源石って貴重なんだろ? この洞窟自体、複雑な構造でもなさそうだし、採掘者とかが来たりしないのか?」


 「ここは誰も来ないよ。ルーナじゃないと入口開かない」


 「ん? そうなのか……? じゃあ、入口は隠されているってこと?」


 「うん。声が教えてくれた。他の人には見えない。隠れるてるの」


 入口は周辺に溶け込むように擬装カムフラージュされているのだろうと推測した。ルーナが同行していない限り、ここの存在を他者に知られることはなさそうだ。


 「ここが行き止まりみたいだな。ルーナの家はここなのか?」


 「そうだよ。この石がお家」


 「「……えっ!?」」


 シンクロするかのように驚声をあげ、目を丸くする俺とルーチェリア。


 俺は「一体どうやって出てきたんだ?」とコツコツと石柱を叩きながら、ルーナへと問う。


 対するルーナの答えは、「う~ん……わかんない!」とあっけらかんとしたものだ。


 俺達はしばらく周囲を探索してみた。

 地球儀を半分に割ったかのような半球状のフロア。


 石柱以外に特に目ぼしいものはないが、一つだけ気掛かりなことはある。


 それは俺達を包むように存在している文字のようなもの……。何かの模様を描いているかのようにフロア全体に刻まれている。


 円周状に描かれた文字。

 幾何学的な模様は魔法陣のようにも見える。

 だが、一目で全体を確認できるわけでもなく断定は出来ない。


 俺はノートを取り出すとその文字や石柱のイメージを記していく。


 こんな時に複写の光魔法が使えればいいのに……見たものをデータとして水晶に書き込めるのだから。でも、残念ながら俺もルーチェリアも光属性じゃないんだ。



 ……いや、もう一人いた。



 「ルーナ、自分の属性は分かるか?」


 「属性? う~ん……何だっけ?」


 この世界に存在するもの全てに属性は宿る。

 そうであれば、竜種にだって勿論あるはずだ。


 「じゃあ、右目に集中して〝属性を示せ〟って念じてみてくれるか?」


 「集中?……うん、わかった! ガゥウ!」


 今の間は何だろうか?

 ルーナが集中の意味を理解したかは分からないが、しばらく様子を見てみることにした。



 「……」



 「……」



 「……」



 ……何も変化はない



 ルーナの表情からも「もういい?」って心の声が伝わってきそうだ。


 「ハルセ、どうしたの?」


 フロア内を見回っていたルーチェリア。

 額に汗を浮かべながら、こちらへと近づく。


 「ああ、ルーナの属性が何なのかなって思ってさ。見せてもらおうって思ったんだけど、何も変化がなかったんだよな」


 「う~ん、ルーナはまだ生まれたばっかりだしね。属性を見れるだけの力が備わってないのかも。帰ったらさ、ガルベルトさんにも聞いてみようよ」


 「そうだな。じゃあ、一先ず調査は終了だ、そろそろ目的地に行くとするか」


 「ハルセ! お腹空いたぁー! 早く薬草とって帰りたいの!! ガゥウ!」


 勢いよく俺に飛びついて来るルーナ。

 その頭を撫でていると、ルーチェリアは然も自分もして欲しいような目で、ジーっと俺を見る。


 視線に気づいた俺は直ぐさま、ルーチェリアへ目配せをしてみる。だが、時すでに遅し……プイッとそっぽを向かれたのは言うまでもない。


 ダンジョンを出るまでの帰路。

 少しばかりの気まずい空気と、それを打ち消すルーナの無邪気な声。


 絶妙な温度差……。

 俺の心は左右に揺れるメトロノーム……ではなく、サンドバックのように打ち抜かれている状況だ。


 ま、それはともかくとして……今回の寄り道にも収穫はあった。


 ルーナの誕生の秘密を知ること。

 それは、この世界への知識を大きく広げてくれるものになるはずだ。漠然とした期待だが、 この場所にはきっと何かがある……。


 (また、来よう……この場所に)


 遠くに見える石柱の光。

 俺達のこれからを見守るように、温かく照らしている。

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