第47話 ルーナの故郷 その1

 「ハルセとあった川の近くにね、薬草がたくさんあるの。そこに行く」


 昨日の作戦会議でのルーナの提案だ。

 翌朝、俺達はルーナの故郷とも言える【エルバの森】へと再び訪れていた。


 ガルにはルーナを連れて森に行くとだけ伝えた。

 その他の情報は遮断シャットダウンしたままだ。


 俺達のサプライズ作戦……それは、狩猟解禁日まで命を繋ぐ我が家の収入源であり、生活防衛のための最重要任務だ。


 事前調査や計画ラインを組み上げた俺達の初陣。

 俺は、ガルよりもずっと早く起きて準備を始めた。そして、全員分の朝食も作っておいた。


 朝食は一日の始まり。

 ガルは毎朝のルーティンを重んじている。

 それ故に、食事当番であるルーチェリアの準備が間に合わないともなれば、不機嫌になってしまう恐れがあり非常に危険だ……。


 当然飯抜きは、本作戦の要であるルーナのやる気を大きく削ぐことになる。そんな作戦失敗の光景など、俺が決してよぎらせはしない……。


 最近、特に朝の弱いルーチェリアのこと。

 早めにと伝えてもギリギリか、少し寝過ごすかのどちらかだろう。


 作戦遂行のために、先ず俺がすべきこと。

 それは、針の孔程の小さな歪であろうと確実に潰すことだ。


 まあ、ルーチェリアの寝坊確率は、針の孔みたいに小さいわけじゃないけど……。

 

 とにかく下らないことで、作戦を阻害するようなことがあってはならないのだ。


 目の下には大きなクマ……。

 責任感の強さとでもいうべきか……俺だけが、昨晩から一睡もしていない。


 不慣れなことで大分疲れていたにもかかわらず、羊を数えていたら朝を迎えていた。対して、他二人が熟睡だったことは、語らずともその寝ぐせが教えてくれている。


 ……と、朝から準備に追われていたわけだが、ここで気を抜いては元も子もない。

 安全第一! 俺は、彼女達を守る責任まで負っているのだ。


 「二人とも、周囲を警戒しながら進めよ」


 「うん、分かってる。それにしても、ハルセこそ大丈夫?」


 心配そうに、俺の顔を覗き込むルーチェリア。


 「ん? 俺の顔に何かついてるか?」


 「ついてるというより、目に光はついてないかな。死にかけのフィンみたいな……」


 (ルーチェリアさん……それはちょっと、例えが酷くないですか?) 


 取り敢えず、今一度気合を入れ直そう。

 俺は自分の顔をパンパンと叩く。


 「よし、大丈夫! 頑張っていこう!」


 「う、うん……あんまりは無理はしないでね」


 「ハルセの警戒! 警戒! ガゥウ!」 


 何やら、俺のいう警戒とは少し違うが、まぁいい。俺達は迷い防止の目印をつけながら慎重に奥へと進む。


 流石にこの道も三回目ともなれば、予想よりも早く目的地へと到達できそうだが、油断は禁物。どんなに慣れた道であったとしても、思わぬ危険を呼び寄せる可能性はいつだってあるからだ。


 それに、この森に至っては注意すべきことは他にもある。


 鬱蒼と生い茂る木々によって、目が薄暗い空間に徐々に順応していく。それによって引き起こされるのは、時折降り注ぐ強い光による目の眩みだ。


 当然、視界が戻るまでには時間差タイムラグが生じる……モンスターの急襲を受けてしまえば、無傷では済まないだろう。


 こうした厄介な現象への対処も考えつつ進む必要があるが、幸い、草木の動きを意識して進めば、多少なりとも対応は出来る。


 迷わないように目印を辿りながら、草木の揺らぎやモンスターにも注意しながら進む。色々と考えながら進んでいると、意外にも時間の経過は早いものだ。


 俺達が初めて出会った川。そこを渡り、少し進んだ先にあるのは、二手に分かれた道だ。


 「あっちに行くとね、ルーナのお家」


 目的である薬草の採取場所へはここを左。

 右手に進むと、ルーナが生まれたという場所があるようだ。


 「なぁ、ルーチェリア。ルーナの故郷に少し寄ってみないか? 時間もまだ十分にあるし」


 「う~ん、そうだね。一度、どんな状態かくらいは、見ておいたほうがいいかも」


 どうやら、ルーチェリアも気になっている様子。

 俺達二人の意見は合致した。


 「ルーナのお家? 行っても何もないよ?」


 俺とルーチェリアの会話に首を傾げるルーナ。


 「ああ、それでもいいんだ。ルーナの生まれた場所を知りたいだけだよ」


 「うん、私もハルセと同じ。どんなところか見てみたい」


 俺達がそう伝えるとニッコリと笑みを返し、走り出すルーナ。自分のことを知りたいと言ってもらえたのが、よほど嬉しかったのだろうか。


 「こっち! こっち! ガゥウ!」と足取りは軽く、どんどん俺達を置き去りのままに先走る……。


 「危ないから、ゆっくり行こう!」と声をかけるもどこ吹く風……。俺達は、ルーナの姿を見失わないように急いで後を追う。


 思い返せば、この森で初めてルーナに出会った時、俺達は彼女の正体がわからず必死に逃げていた。


 (──あの時とはまるで立場が逆転したみたいだな……)


 つい最近のことなのに、妙に懐かしい気分……なんて、悠長に考えている余裕はない。どんどんと小さくなっていくルーナの背中。既に案内という意識すらも、どこかに置き忘れてしまっているかのようだ。


 不慣れな森とはいえ、見失わないように着いていくのが精一杯だ。結構な修練を重ねてきた自負はあったが、まだまだ足りてないということか……。これだけのスピード差。然しもの俺も、若干の自信喪失を感じずにはいられない。


 (竜種と俺達の基礎能力の違いだろうか……?)


 俺が嘆いている間にも、目的地に到達したルーナ。兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねながら、ゴールを示すかのように大きく手を振っている。 


 「ついた! 早く早く! ここ、ここだよハルセ! ガゥウ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る