第44話 我が家の家計

 ある日の午後。


 「う~む。どうしたものか……」とガルベルトは頭を悩ませていた。


 倉庫や保存庫、書棚などをあちこち見回しながら首をかしげる。


 「一人増えただけで、ここまで減りが早いとはな……」


 異常なまでの食料消費。

 捕虜身請け人としての援助金もごく僅か……生活資金も残り少なく心許ない。


 うちの主な収入源はモンスター狩りだ。


 でも今は禁猟期間……。

 被害を齎すモンスターへの対処や王国が認める食料調達といった一部例外はあるものの、個人での食料調達や素材を売る目的での狩猟は当然不可なのだ。


 モンスター狩りを生業とする以上は、狩猟期間内に食糧備蓄と資金の貯えを行い、禁猟期間を耐え凌ぐ必要がある。


 こういった諸事情が絡みあい、四人の生活を維持するには限界を感じていた。


 とはいえ、四人での生活は始まってまだ数日ではあるのだが……。


 ガルベルトの心の内。

 一人で生活するのであれば、どんなに我慢し節制に努めてもいいが、三人に苦しい生活を強いるようなことは避けたかった。


 伸び伸びと自由に。

 そして、強く成長していって欲しい。


 彼らを守ると決め、受け入れたあの日……心に決めた自身の願い。


 「何か、策を考えねばならぬな……」


 自分以外、外出していると思っていたガルベルト。

 普段見せることのない一面を知らず知らずのうちに目撃されてしまっていた。


 物陰からこっそりとガルベルトを見つめていたのは、聞き耳を立てるかの如く、耳をヒクヒクとさせているルーチェリアだ。



 (ガルベルトさん、やっぱり生活が厳しいのかなぁ……)



 「ルーチェリア、何してる?」


 そんな状況に気づかない……というか気にしないルーナが後ろから声をかけてきた。


 ルーチェリアは急いで、ルーナの口を塞ぐと抱えるように外へと出る。



 (あっちゃ~……やっちゃったかなぁ……気づいたよね、ガルベルトさん……)



 口を塞がれてモゴモゴするルーナを放して、ハルセのところへ歩いていく。


 「ハルセ、ちょっと話があるんだけど……いいかな?」


 「ん? ああ、どうしたんだ?」


 「ルーチェリア、ガルベルト覗いてた!」


 「もう、ルーナ! あれは違うの!……いえ、違わなくもないけど、違うの」


 イーッといがみ合う二人を宥めると、俺達は家から少し離れた湖の畔で本件についての会議を始める。


 「それで、二人ともどうしたんだ?」


 「う、うん。今って狩りも出来ないじゃない? 食料保存庫も残り少なくなってきてるというか……」


 「ご飯、なくなるの?」


 「ご飯は大丈夫。心配すんなよ、ルーナ。う~ん……ガルベルトさんは、その辺の事情は俺達には話してくれないからな。不安にさせたくないって、気遣ってくれてるんだろうけど。確かに今は狩猟期間外だし、この近辺での危険なモンスターなんて、然程多くはないからな。肉も素材も減る一方だよな」


 「そうだよね。さっき部屋に忘れ物取りに帰ったときに、偶然、ガルベルトさんの悩んでる姿を見てしまって…」


 「うん、ルーチェリア覗いてた。ガゥウ!」


 「覗きじゃありません!!」


 食料もお金も自然と増えるわけではないが、前回の狩猟期間最終日には保存庫も満杯だったし、素材も多く採れたから次の解禁日までは余裕だと思っていた。


 でも、想定と現実はかけ離れてしまうのは世の常。

 ここ数日は特に減りが早いことだろう。



 (爆食い少女も加わったからな……)



 って、ルーナだけが原因ってわけではないのだが。


 「二人とも相談なんだけど……ガルベルトさんは俺達に心配をかけるような話はしたくないと思うんだ。いつも俺達が楽しく過ごせるように基本前向きだろ? それに男のプライドってものもあるだろうし。そこでだ、俺達でサプライズ作戦をやらないか?」


 「サプライズ?」


 「男のプライド?」


 男のプライドって何だろうと興味津々なのか……ルーナは目をキラキラさせている。


 「あ、まぁ、男のプライドは置いといて……サプライズだ。考えたんだけど、俺達で秘密裏に資金調達をするってのはどうだ? 禁猟期間は金がないと肉も手に入らないし、それに値も張る。危険な真似は出来ないけど、何か方法があるんじゃないかな?」


 「そうね……資金調達かぁ。次の狩猟可能期間まで繋げればいいんだもんね」


 「むむ、肉高い……」


 俺達は思案する。

 狩猟以外で何かお金を稼ぐ方法を……。



 (異世界でもやっぱ、労働は必須か……)



 「思ったんだけど、フィン料理の出店を開くとかどうだろう?」


 「ハルセが作ったフィン美味しい! ガゥウ!」


 食べ物に興奮気味のルーナ。

 それとは正反対に顔が固まっているルーチェリアが、どうしても言わなければならないという感じで言葉を出す。


 「あ~この間は言いそびれたんだけど……フィンも狩猟禁止なんだよね……一応、モンスターだし……」



 (……)



 「あ……そっか、そうだよな。この世界の動物って、モンスターとしての分類カテゴリーだったな。魚だからって気が抜けてたよ……」


 「まぁ、ほら、街の人はフィンを食料とする考えはないし、私達が少量ならとやかく言われるようなことはないかもだけど、流石におおっぴらには……ねぇ」


 狩猟期間の違反は罰金が科せられる。


 資金調達のために動いて罰金では本末転倒。

 場合によっては、牢獄にぶち込まれる可能性もあるくらいの重罪だ。


 でも、もう手遅れだ。

 俺は知らず知らずのうちに、罪を犯していた……ということか。


 それにしてもガルも何も言わず、料理を堪能していた。



 (ふっ、共犯だな……)



 さて、そんなことはこの際どうでもいい。

 もう過ぎ去りし日のことだ。


 俺達が考えるべきはこれからのこと。

 生きるためのお金のことだ。


 「ハルセ、どのくらい稼げば、次の解禁日まで持つかなぁ?」


 「そうだなぁ、この世界でのお金管理はガルベルトさんがしてるから、毎月どのくらい掛かっているのかなんて、気にしたことがなかったな」


 「じゃあまずは、食料品の値段とか、生活に必要な物の調査に行かない?」


 「調査? 調査って何? どこ行くの?」


 ルーチェリアの言う通り、この世界の物価というのを俺は把握しきれてはいない。


 せいぜい覚えているのは、ラックルの串焼きが銅貨5枚(初回値引き価格)だったってことくらいか。


 「そうだな。まずは物価の把握だ。行ってみようぜ、ルーチェリア」


 「ハルセ、ルーナもルーナも!」


 「勿論、ルーナもだよ」


 俺達は一旦家に戻って、ガルに街へ行くと伝えてから出発した。


 久々の街。

 今回初めて、城門から堂々と街へ侵入……ではなく、普通に行くことになる。



 (国民章を忘れないようにしないと……)



 まぁ、ルーチェリアがいれば顔パスで通れるかも知れないけどね……。

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