第44話 お金がない

 ある日の午後──。


 「う~む。どうしたものか……」


 ガルベルトは頭を悩ませていた。

 台所の棚、床下、冷凍庫などの食料庫をあちこちと見まわり、一周回ってまた台所。深々と首を傾げていた。


 「ここまで減りが早いとはな……何か手だてを考えねば」


 彼の目下もっかの悩みの種──それは異常なまでの食糧消費であった。


 通常であれば、いつものように狩りに出れば済むだけの話なのだが、今は年に一度の禁猟期間。動物はもちろん、たとえモンスターといえども、人々に被害を齎す場合や王国の認可が下りた商会といった一部例外を除き、固く禁じられている。


 モンスターの肉を得る、その素材を売る──主な収入源が狩りに依存する我が家にとっては、この禁猟期間が多大な影響を及ぼすことは言うまでもない。


 それに今年だって、食糧備蓄と資金の貯えは例年どおりに行っていた。そう例年どおりに──この考えが大きな間違いであった。


 これまではガルベルト自身、独り身の生活を支えるだけの蓄えさえあればよかった。がしかし、今は一人ではない。ハルセにルーチェリア、そのうえ爆食のルーナまでもが加わった。こんな状況で、彼一人が節制に努めたところで、到底足りない。考えても考えても妙案は浮かんでこなかった。


 「今月の手当も、さほど出ておらんかったな……」


 ガルベルトは食器棚にある引き出しを開け、中に合った布袋を取り出すと、中を見て「ふう~」と重たい息を漏らした。


 心のどこかでほんの少しは期待していた手当。未だ奴隷の地位であるルーチェリアを養うためのお金が、捕虜身請け人には手当として支給されていたが、思ったほどの額には至らなかった。


 「まあ、仕方あるまい。別に金のために受けたものでもない。だが、私一人であれば苦しくとも何とかなろうが、彼らにその生活を強いることだけは避けねば」


 彼の思いは一つ。伸び伸びと自由に、そして、強く成長していって欲しい。


 彼らを守ると決めて受け入れたあの日、心に決めた自らの願いと誓い。


 ガルベルトが布袋の紐を固く結び、奥歯を噛みしめ、引き出しの奥へと袋を戻して閉じていた頃、物陰からこっそりと見つめる人影があった。ルーチェリアだ。彼女は耳をヒクヒクと揺らし、眉尻を下げていた。


 (ガルベルトさん、お金、数えてる……やっぱり、生活が厳しいのかなぁ……)


 眉を顰めるルーチェリア。彼女の頭にそんな思いがよぎったそのとき、「ルーチェリア、何してる?」と、背後から、ルーナの声が耳を刺した。


 「!?」


 まるで電気が走ったかのように、体をブルルルっと震わせたルーチェリアだったが、急いでルーナの口を手のひらで塞ぐと、体を抱き上げ家の外へと飛び出した。


 (あっちゃあ~。私が見てたの、バレたよね? )


 下唇をグッとひと噛み、手元で口を塞がれモゴモゴと動くルーナに向かって「もう、タイミング悪いよお」と一言だけ苦言を落とす。そしてそのまま、外で作業するハルセのところまで歩いていった。


 「ねえ、ハルセ。少し話があるんだけど、大丈夫かな?」


 「ん? ああ、ルーチェリアか──って、ルーナを抱えてどうしたんだ?」


 俺の問いに、ルーチェリアは「あ、もういっか」と答えにならない言葉を残して、ルーナを開放、その直後、「ハルセ! ルーチェリアは悪いんだぞ! ガルベルト覗いてた!」とこれまた意味不明な申告をした。


 ルーチェリアは首を傾げた俺に、「違うの違うの」と両手を振って、話を続けた。


 「えと、あのね。なんて言えばいいかな……今ってさ、狩りに出れないじゃない? その、食糧庫もだいぶ残りが少なくなってきてるというか、ね」


 「え? そうなのか?」


 彼女の声に目を丸くしたのは、俺が食事当番の際はその日の食材がすでに台所に準備されていて、食糧庫まで取りに行くということがここ最近なかったからだ。とはいっても、禁猟開始日前日までには、食糧庫内は一杯だったはずだ。あれだけの量が、ここ半期程度で底が見えるとでもいうのか?


 眉間に皺を寄せて難しい顔をする俺の隣で、ルーナは「ご飯、なくなるの?」とそのまん丸の瞳を潤ませていた。俺は「大丈夫」と彼女の頭を優しく撫で、「ところで」と切り出す。


 「急にそんな話、どうしたんだ? まあ食糧庫はガルベルトさんやルーチェリアが管理してるようなものだしあれだけどさ」


 「それがね、ついさっき見ちゃったの。台所でガルベルトさんがお金を数えたりしてて、独り言も聞こえちゃって。なんか悩んでるみたいだった……」


 「うん、ルーチェリア覗いてた。ガゥウ!」


 「だから覗きじゃありません!」


 イ~ッといがみ合う彼女たちはさておき、食糧もお金も自然と増えるわけではないし、禁猟で補充すらできなければただただ減っていくだけ。とはいえ、あれだけあれば次の解禁日までは余裕だと思っていた、そう過信していたのもまた事実だ。


 想定は現実とかけ離れるのが世の常。ガルは独り身であった頃の感覚が抜け切れていなかったんだろうし、ここは俺たちが気をつけるべきだった。


 考えてもみれば、特にここ数日は減りも早かったことだろう。隣の爆食い少女も加わったことだし──って、ルーナがそもそもの原因ということではなく、あくまで俺たちの連帯責任といったところだ。


 「う~ん、そうか……。ガルベルトさんは、あんまり懐事情なんて、俺たちには話してくれないからな。まあ、子供にお金の話をするのもって感じなんだろうけど」


 「だよねえ。私がもう少し注意してれば……」


 「まあ、俺も任せっきりで悪かったし……ところで、二人とも相談なんだけどさ」


 「相談?」「ガゥウ?」


 「ああ。ガルベルトさんも俺たちに心配をかけたくないと思うんだ。男のプライドとでもいうのかな。そこでなんだが、俺たちだけでサプライズ作戦をやらないか?」


 「サプライズ?」「男のプライド?」


 ルーチェリアは正常な反応、ルーナは男のプライドに興味深々に目を輝かせている。

 

 俺は「まあ、男のプライドは置いといて」とその期待を切り、サプライズの内容だけを告げた。


 「要するに俺たちには金が要る。禁猟期間は備蓄と金が全てだ。とはいえ備蓄は無理だろ。であれば、金を稼いで買うしかない。内緒で資金の調達をしよう。三人で考えれば何かいい方法があるはずだ」


 「資金調達、ねえ~。そうね、禁猟期間が終わるまでの分だけでいいんだもんね!」


 「ガルベルト、プライドも金もない……」



 俺たちは三人で話し合った。この禁猟期間を乗り切る術を、効率的にお金を稼ぐ方法を──しかしながら出てくる案はどれもが労働。やはり異世界といえども、労働は美徳であり必須といったところだろうか。


 「そうだ! 魚料理の出店を開くとかどうだろう?」


 「魚? あっ、フィン料理のことね、でも……」


 「ハルセが作った料理、ウマウマ!」


 俺の料理を妄想し興奮するルーナとは正反対に、頬をヒクヒクと苦虫でも噛んだような顔のルーチェリアが、言うべきか言わざるべきかの狭間から声を絞り出した。


 「あ~、えっとお、そのね、この間は言いそびれていたんだけど……」


 「言いそびれ?」


 「う、うん。フィンも当然、獲っちゃダメだったんだよね……」


 禁猟違反は多額の罰金刑が科せられる。場合によっては牢獄にぶち込まれる可能性すらあるほどの重罪だ。けれども、もう手遅れだ。過去は変えようがない。俺は知らず知らずのうちに罪を犯してしまっていた……。


 「……あ、ははは、そ、そうだよな。魚も動物、だよな」


 「まあ、ほら、街の人にはフィンを食料とする考えはないし、私たちだけで食べる分にはとやかく言われるようなことはないかもだけど、流石におおっぴらには、ねえ……」


 額に皺を寄せ、唇を薄く、ルーチェリアも「あははは」と苦笑いを添えた。それにしても、ガルも何も言わずに料理を堪能していた。『上手いぞ、ハルセ殿!』とさも当たり前のように頬張っていた。あれは明らかな共同正犯成立といっても差し支えないだろう。


 さて、過ぎ去りし日の出来事など、この際どうでもいいのだ。初回の失敗くらい、神様だってうだうだ言わずに許してくれる。俺たちが考えるべきは、過去ではなくこれから。生きるためのお金を得ることだ。


 「それにしても、生活費ってどのくらい必要だろうか?」


 「そうだね、ガルベルトさんがお金管理はしてるから、私もあんまり気にしたことがなかったんだよね。とりあえず食料品とか、生活必需品の値段を調べに行かない?」


 「値段かあ、時期によって値段も変わるっていうし、今はまた違うだろうしな」


 「ハルセ、どこ行くの? 肉買うの? ガゥウ」


 ルーチェリアの提案どおり、まずは現在の物価というものを把握する必要はある。お金を稼ぐにしたって、いくらあればどれだけの食材が買えるかどうかが分からなければ、天井が見えないからな。俺は、「そうだな、行ってみるか」と二人に対して目配せをした。



 その後、俺たちはガルに「街に行ってくる」と伝え、軽く準備をしてから家を出た。


 久しぶりの街だが今回は初めて、城門から入ろうと思う。せっかくの国民章を使わない手はない。

 

 まあ、ルーチェリアがいれば顔パスで許されるかもしれないけどね。

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