第42話 ハルセとルーナ。時々ルーチェリア

 名づけを無事に終えた俺はルーチェリア&ルーナと一緒に、南東にある【ルーゼルの丘】まで散歩に来ていた。


 この場所から見える景色は格別だ。

 王都リゼリアを囲む白壁や監視塔が太陽の光を反射して輝く。


 そして、その周りを囲むように広がるジーニア湖の水面が青く揺らめく。


 その壮大な全景を一望出来るし、丘を駆け昇る風も心地いい。


 俺とルーチェリアのお気に入りの場所である。


 ルーナに関する話し合いはまだ終わってはいないが、『貴殿らだけの方が話やすかろう?』とのガルの配慮もあって、こうして出てきたわけだ。


 「うわぁー綺麗。ハルセ、何か飛んでるよ」


 俺の腕にしがみついたまま離れないルーナ。


 銀色に靡く長髪ロングヘア

 朱色の中に、星が散りばめられたかのように輝く瞳。


 背中には竜種ドラゴンの証とも言うべき小さな翼があり、ハルセの腕に触れるたびにパタパタと音を立てる。


 一言で言えば、可愛い……。


 そんな俺の様子にご立腹なのか……プク顔のルーチェリア。


 「ルーナ、少し離れてくれないか? ちょっと暑くなってきたな」


 「えーやだよぉ。ハルセ、ルーナのこと嫌いなの?」


 「違う違う、大好きさ!」


 「ほんとにぃ!? ルーナも大好きー! ガゥウ!」


 距離を取ろうと試みるも、こんな感じ……。

 背後から突き刺さる視線は、鋭利さを増したようにも感じられる。


 ……俺の気のせいだろうか。


 「いつ来ても綺麗だね。ねぇ、


 空いていた俺の左手。

 ルーチェリアがぎゅっと抱きついてくる。


 (お、おお…ルーチェリアさん、当たってる…当たってるよ…)


 俺は今、天国と地獄の狭間で揺れている。

 腕に押し寄せる渓谷は俺を優しく包み込み、崇め奉っているかのようだ。


 そして、静かに始まる女同士の争い……。


 「ルーチェリア、ハルセから離れてよ」


 「ルーナこそ、ずっとベッタリじゃない。そろそろ離れてあげなきゃ、ハルセに嫌われちゃうよ?」


 「ハルセ! ルーナを嫌いになっちゃうの? 傍に居ちゃダメなの?」


 「あ、いや、そんなことあるわけないじゃないか。ア、アハ、アハハハハ…」


 「笑ってごまかさない! ハルセ、これも躾だよ。甘やかしちゃダメ!」


 ガルは俺達だけの方が話やすいだろうと送り出してくれたが、今のところは話しづらい……。


 俺は二人に挟まれ、被弾しまくり。

 和気藹々な雰囲気からは程遠すぎる……。


 「ハルセ、ルーチェリアが意地悪するぅ~。ほら見て! ホッペをぎゅうってしたぁ~!」


 (──駄目だ……被弾が収まらない。さすれば……ここは秘密兵器を出させてもらおう)


 俺は鞄の中から、二人の気を引くブツを取り出す。


 「よし、二人ともお茶にしよう。ほぉら! 甘~いおやつもあるぞ」


 ガルが用意してくれたお茶菓子。

 これ見よがしに、二人へ向けて印籠の如く翳す。


 「わぁい! おやつだ、おやつ! 食べ物! ガゥウ!」


 「仕方がないなぁ…お茶の準備をしましょうね」


 それは、効果覿面だった…。


 俺の両腕は、おやつを条件に即時釈放される。

 火照った肌を風がなぞるように吹き抜けていく。


 山脈のように雄大な頂は名残惜しい。

 だが、ようやく落ち着いて話が出来そうだ。


 持ってきた布を丘の上に広げて、その上にお菓子を並べる。

 エルリンド茶を沸かし、木製取手がついた小さな洋杯コップへと注ぐ。


 「「「いただきま──す!」」」


 三人の揃った元気な声。

 お茶会の開始スタートを告げるように辺りへ響く。


 今日は単なる散歩だけではなく、もう一つの目的がある。

 ルーナとの親睦を深めることだ。


 でも、その前に彼女のことを俺達は知らない。

 共に暮らしていく仲間になるのであれば、互いを知ることが最も肝要だ。


 「なぁ、ルーナは竜種なんだよな? ずっとあの森で暮らしてたのか?」


 「うん。森というか、暗いとこ……ルーナ、嘘ついてないよ。殻から出たのは、う~んとね……3日くらい前かな」


 「殻から出た? 3日前? ……ということは、生後3日!? 俺達が森に入ったあの日のことか?」


 「ハルセ、ルーナはまだ赤ちゃんってこと? 赤ちゃんの割には結構しっかりしてるけど…」


 「赤ちゃん?」


 「ああ、生まれたばかりってことだよ」


 それにしても竜種ってのは、生まれた直後であのデカさなのか? もっと子供らしい、小さな姿を想像していたが……。


 「ルーナ、言葉はどうして分かるんだ?」


 「それはね、殻の中に居た時に教えてもらったの。ずっと声だけだけど、教えてくれる誰かがいたの」


 ルーナの話によると、竜種は卵で子どもを産む種族らしい。


 それに殻の中では既に意識があり、生まれるまでに言葉まで学べるほどの知能の高さを持っている。 


 「人の姿に変身出来るのはどうしてなんだ? 人間なんて見たこともなかっただろう?」


 「うん。殻の中で長ーい時間を過ごしてきたの。どれくらいか分かんない。その間にね、外の声が色んな事を教えてくれて、変身もその一つ。外は人の世界だから人の姿になれるようにって。それでね、送ってくれたのが、今のルーナ」


 「送るって何を?」


 「外の声が送るから目を閉じなさいって。目を閉じるとね、真っ暗な中に今の姿が見えたの。後はルーナ、言われたとおりにしただけだよ」


 竜種が持つ精神感応テレパシーみたいなもの?

 聞いても聞いても謎だらけで……疑問が尽きない。


 「ルーナ、聞いてもいい? 私もそんなに竜種に詳しいわけじゃないんだけど、昔、本で少しだけ読んだことがあるの。竜種には火竜ファイアードラゴン水竜ウォータードラゴンといった感じで種族があるんだけど、ルーナの種族名とか聞いてないかな? それが分かれば、故郷を探すことが出来るかも知れないし」


 「ルーチェリア、種族ってなぁに?」


 「そうだなぁ……ルーナと同じ姿をした仲間、皆に共通してる名前みたいなものかな」


 ルーチェリアの質問に少し困惑した表情のルーナ。話せるとはいえ、まだまだ難しい言葉は分からない様子。


 「う~ん……ルーチェリア、何言ってるか分かんない」


 「いいのいいの、ごめんね。殻の中だったんだし分からないよね。大丈夫! 私も調べてみるね」


 「ルーチェリアはルーナに居なくなって欲しいの? 一緒に居たくないの?」


 「そんなことないよ、私もルーナと一緒。もう故郷には誰もいないの。でもね、こうしてハルセと一緒に暮らせて幸せだし、ルーナもそうなれたらなって思ってる。ただ、いつか私も故郷に行くことが出来たら、町の皆にお花くらいお供えしたくて……」


 「ルーチェリアもルーナと同じ? 一人?」


 虚ろな瞳で、ルーチェリアを静かに見上げるルーナ。その目を見て、何か感じるものがあったんだろう。


 ルーチェリアもまた、そっとルーナを抱きしめる。


 「うん、ルーナと同じ。一緒に頑張ろう」


 「ルーチェリア温かい。ルーナも温かい?」


 「うん。ルーナも温かい……温かいよ」


 互いに腕を一杯に回し、離さないように抱き寄せる。


 「ルーナは一人じゃない。ハルセも私もいる。大丈夫! 一緒にいよう」


 「うん。一緒にいる! 二人とも大好き! ガゥウ!」


 「あ、あのさ……盛り上がっているところ悪いだけど、ガルベルトさんを忘れてない? ここには居ないけど地獄耳だからな。今頃、咳き込んでるかも知れないぞ?」


 「──あ、そうだった…」


 「??」


 俺達三人。

 リゼリアの街に届くんじゃないかと思うくらいに、大声で笑った。


 これだけ話せれば、もういいよな……。

 ルーナは竜種で一人ぼっちで生まれた。帰る場所もない。


 それに何より、悪い竜種ではない。


 これから一緒に生きる。

 そして、知りたいことを一緒に知っていけばいい。


 俺達は元々一人ぼっちでも、お互いを大切に思い合える心がある。


 俺はルーチェリアと目を合わせる。

 言葉を介さずとも、その意志が共通のものとなったことを認識する。


 そうだ、俺達はこの世界での家族。

 守り合うものだ。


 「よし、ルーナ! もう夕方だし家へ帰ろう。夜になると怖いモンスターが出るぞぉー。それに家のモンスターも遅いって、怒りだすかも知れないしな」


 「お家にモンスター出るの?」


 「ルーナ、ハルセの冗談。フフッ」


 そんな他愛もない言葉を掛け合いながら、ゆっくりと丘を降りる。


 今日から、俺達に新しい家族が増えることになる。


 ルーナ=ガーヴァ。


 種族名は分からないが竜種。

 そして、俺達の可愛い妹分だ。


 勿論、お父さん役はガルだ。


 夕陽に照らされる王都。

 その城壁に火が灯り始める。


 「また、来ような」


 「うん!」


 「ガゥウ!」


 ルーナとの出会い。

 これからの俺達。

 夕陽が温かく見守ってくれるかのように、その背を温かく照らしていた。

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